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第13巻「海の王の戦い」

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32.海の剣(つるぎ)

 海の中をメールは戦車で潜り続けました。巨大なフウセンウナギは、ゼンを呑み込んだままどんどん潜っていきます。金の石の光で溶けかけた体は、もう元に戻っていました。

 やがてあたりが薄暗くなり、水が濃い緑色に見えるようになってくると、ぎしり、と戦車が音をたてました。戦車を引く魚たちが身震いしながら泳ぎ続けます。メールも全身が鉛のように重くなり、呼吸がつらくなってきました。海の深い場所まで来たので、水圧が高くなってきたのです。

 メールは手綱を強く握りながら言いました。

「頑張りな……マグロ、カジキたち。絶対にゼンに追いつくんだよ……!」

 けれども海の深い場所へ潜れば潜るほど息苦しさは増します。言いようのない重圧に、魚たちの泳ぎがいっそう遅くなります。

 

 すると、そこへ水蛇に乗ったフルートが追いついてきました。ペルラと二匹の犬たち、シードッグに乗ったクリスとザフもいます。

「メール、戻れ! これ以上は君たちには無理だ! ぼくたちでゼンを助けてくる!」

 とフルートに言われて、メールは言い返しました。

「あたいも行くよ! ゼンが食われちゃったんだよ! あたいが行かなくてどうするってのさ――!」

 メールの声は半泣きでした。唇をかんで、潜っていくフウセンウナギをにらみつけます。

 フルートは自分の前に乗っているペルラに尋ねました。

「君たちは水圧を下げる魔法がかけられる?」

 ううん、とペルラは首を振りました。

「あれは兄上や父上くらいの魔力がないと無理……。このまま無理に潜ったら、メールたちは死んじゃうわよ」

「あたいは渦王の鬼姫だよ! これくらいどうってこと――!」

「メール、気合いだけじゃどうにもならないことはあるよ」

 とフルートは言い、突然口調を変えました。戦車を引いている魚たちへ強く言います。

「ぼくはこの戦いではゼンの副官だ! 今すぐメールと浮上しろ! これは命令だ!」

 とたんに魚たちが海中で停まりました。すくんだように、それ以上潜れなくなったのです。

 メールは、かっと赤くなると、かたわらを通り過ぎるザフのシードッグに飛び移りました。なんとしても後を追っていこうというのです。

 フルートはまた言いました。

「ザフ、メールと一緒にアルバのところへ戻れ! 早く!」

 もとよりメールに片想いしているザフです。喜んで引き返し始めました。メールがいくら怒ってもわめいても、おかまいなしです。マグロとカジキたちも、戦車を引いて浮上していきます。

 

 頭上へ遠ざかっていくザフやメールたちを見送りながら、フルートは水蛇のアクアに言いました。

「行くぞ。フウセンウナギに追いついて、ゼンを取り戻すんだ」

「食われたんだろう? もう助からないんじゃないのか?」

 とクリスがシードッグの上から尋ねてきました。もうっ、とペルラが怒ってにらみましたが、フルートは言いました。

「ゼンは生きてるよ。いつだって、あれくらいのことでは、ゼンは死なないんだ――」

 兜からのぞくフルートの顔は少女のような優しさなのに、その声には揺らぐことのない強さがありました。まっすぐなまなざしも厳しいほど真剣です。ペルラがびっくりしてそれを見つめます。

「行け、アクア!」

 フルートの命令に水蛇がまた海を潜り始めました。さっきより速度を増しています。

 クリスは、少しの間ぽかんとそれを見送ってから、我に返りました。いまいましそうに、ふん、と鼻を鳴らします。

「一応、勇者らしいことも言えるってわけか……。でも、口だけなら、いくらでも勇敢になれるんだからな。正体をこの目で確かめてやる!」

 こちらはいつまでもフルートが勇者だということを納得できずにいるクリスです。シードッグで水蛇の後を追いかけます。

 海は次第に暗くなっていました。先に潜っていったフウセンウナギは、すでに闇に溶けて、彼らの目には見えなくなっていました……。

 

 

 海底まで潜ったフウセンウナギは、巨大な口を閉じたまま、ゆったりと泳ぎ始めました。大きな丸い頭に細長い尾。夜のように暗い海底で、尾の先がぼんやり黄色く光っています。

 すると、突然フウセンウナギが身もだえを始めました。大きな頭を振り回し、尾をくねらせて、闇雲にあたりを泳ぎ出します。暗闇を照らすのは魚の尾の光。光を受けて、ウナギの頭の横で、何かがきらりと輝きました。輝きが横へ大きく動き、次の瞬間、白い霧のようなものが海中に広がります――。

 袋状になった魚の口を切り裂いて、外へ飛び出してきたのは、ゼンでした。手には青く輝く長い刃の剣を握っています。怒って襲いかかってきたフウセンウナギへ大きく切りつけると、フウセンウナギの尾が切れて、また血のような霧が吹き出します。

 青い剣を構えながら、ゼンはひとりごとを言いました。

「ちぇ、さっそく海の剣が役に立っちまったぜ……。でも、あいつは闇の怪物なんだよな。これでも死なねえってのが厄介だ」

 闇の怪物の回復力は驚異的です。見る間に傷がふさがり、失われた尾がまた伸びてくるだろう、とゼンは考えました。

 ところが、いくら待っても魚の傷は治りませんでした。尾を失って思うように泳げなくなった魚が、怒ったように身をくねらせ続けています。目を丸くしたゼンは、やがて、そうか、と剣を見ました。

「そういや、海の剣には海のきらめきが含まれているから、光の力が少しあるって、昔メールが言っていたな……。だから闇の怪物に効いたんだ」

 たとえ聞く相手がいなくても、一人でしゃべり続けるのがゼンです。そんなふうに納得して、にやりと笑いました。

「光の武器があるならこっちのもんだ――。行くぞ、黒いデカブツ!」

 声と共に青い刀身が長く伸び始めました。先端まで十メートル以上もの長さになります。海の剣は周囲の海水を刀身に変えます。使い手の気持ち次第で、いくらでも長くなることができるのです。

 とはいえ、それを実際に振り回せるのは、怪力のゼンだからこそでした。勢いをつけてフウセンウナギの頭に振り下ろすと、黒い頭が真ん中から真っ二つになり、そのまま崩れて消えていきます……。

 

 そこへ声がして、頭上から淡い光が近づいてきました。水蛇に乗ったフルートたちと、シードッグに乗ったクリスです。光はフルートの胸元で輝く金の石でした。

 剣を持って海底に立つゼンを見て、フルートは歓声を上げました。水蛇を急降下させ、ゼンに向かって飛び下ります。

「なんだ、自分で倒していたんだ! やっぱりゼンだな!」

「おう、あったり前だ! わざわざ助けに来ることなんかなかったんだよ」

 得意そうにゼンが言います。

 すると、そこへポチも飛び下りてきました。海底に着地して、あきれたようにゼンを見上げます。

「ワン、そんなこと言っちゃって。一人でどうやってここから上がるつもりだったんですか? ここ、海面から二千メートルもある深い場所ですよ。泳いで上がろうとしたら何十時間もかかるし、その前に疲れて動けなくなっちゃいますよ。ぼくたちが迎えに来たことに感謝しなくちゃ」

「うるせえな、この生意気犬! 恩着せがましく言われたら、感謝するものもしたくなくなるじゃねえか!」

 いつもと変わらない調子で言い合いを始めたゼンとポチに、フルートはほっとしました。ゼンは本当に元気です。どこにも怪我はしていないので、金の石を使う必要もなさそうです。

「さあ、戻ろう。メールが心配して――」

 

 フルートがそう言いかけたときです。どん、と胸に何かがぶつかりました。

 フルートは鎧を着ていたので怪我はありませんでしたが、まるで大きな弾丸でも食らったような勢いに、思わずその場でひっくり返りました。海底に倒れると、砂と泥が白い煙のように湧き上がります

 「な……なんだ!?」

 ゼンとポチは驚きました。水蛇やシードッグにのったペルラとクリスも、あわててあたりを見回します。夜のように暗い海底に、何か動き回るものの気配があります。大きくはありませんが、高圧の深海をものすごい勢いで泳ぎ回り、フルートに次々体当たりしてきます。

 と今度はゼンが右手に衝撃をくらいました。思わず海の剣を取り落とします。

 すると、光り輝く刀身めがけて泳ぎ寄る魚の姿が見えました。目が大きく突き出したグロテスクな姿をしています。鎧におおわれたような銀の体で、次から次と海の剣に体当たりしていきます。フルートに勢いよくぶつかってくるのも同じ魚でした。体長は十センチほどですが、すさまじい勢いです。

 気がつくと、海底は目玉の魚でいっぱいになっていました。猛スピードで泳ぎ回るので、体当たりを食らってシードッグがキャン、と鳴き、アクアも水の体を突き破られて身をくねらせました。

「深海魚の群れだ! 光に呼び寄せられているぞ!」

 シードッグと一緒に弾丸の魚をかわしながら、クリスが声を上げました――。

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