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第13巻「海の王の戦い」

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第11章 深海

31.乱戦

 渦王の軍勢は、いくつもの部隊に別れて、シャチの群れと戦っていました。

 まず大小さまざまな魚たちの部隊。歯の鋭い魚は敵をかみ裂き、毒牙や毒の棘(とげ)を持つ魚は敵に毒を送り込みます。泳ぎの速い魚は堅い防具を着たまま弾丸のように体当たりします。体の色と形を変え、海草のふりで近寄って敵に襲いかかる魚。イワシたちのように大群で敵を攪乱(かくらん)する魚。それぞれが特徴に合わせた戦い方をしています。

 その後ろに続くのは海の民と半魚人の部隊でした。どちらも自力で海を泳ぎ、矛や銛で敵を攻撃します。自分の何倍もある巨大なシャチへ、恐れる様子もなく立ち向かう姿は、勇猛の一言に尽きます。 さらにそれに続いて軍隊の最後尾を行くのは戦車部隊でした。力の強い魚たちが引く戦車に、数人の戦士たちが乗り込んで、敵へ突進していきます。戦車部隊の兵士は海の民ばかりではありません。巨大なカニやエビ、ヒトデやタコといった海の生き物たちも大勢乗り込んでいます。彼らもれっきとした海の戦士たちでした。魚や半魚人たちほど泳ぎが得意ではないので、戦車に乗って同行しているのです。

 海中で戦士たちが戦車から飛び出しました。カニやエビがシャチに襲いかかり、ヒトデやタコがシャチに絡みつきます。人より大きな海の生き物たちに、さすがのシャチもたじろぎます。

 その間を戦車に乗ったまま駆けめぐっていく戦士がいました。一匹の巨大なイソギンチャクです。海の民が操る戦車に小山のように鎮座して、ぶつぶつと何かをつぶやいています。色鮮やかな触手が海中で開いたとたん、近くにいたシャチが大きく体を震わせて動かなくなりました。そのまま海面のほうへ浮き上がっていきます。イソギンチャクは魔法戦士でした。魔法でシャチの心臓を停めて即死させたのです。

 イソギンチャクと同じように戦車で戦場を駆けめぐりながら、ゼンは叫び続けていました。

「集団でかかれ! 敵を全滅させるんだ! ぐずぐずするな、急げ――!」

 フルートもアルバが操る戦車の上で剣をふるい続けていました。炎の剣は海中で火を吹くことはできませんが、切り裂いた敵に致命傷を与えます。シャチを次々倒しながら、真剣な目で戦場を見回します。

「早く全滅させてここを離れないと……。もっと強力な敵が送り込まれてくるぞ」

 戦闘は海の戦士たちのほうが優勢ですが、長引けば、魔王がまた新たな敵を送り込んでくるに違いないのです。

 すると、アルバが手綱から片手を離して海中へ向けました。

「こちらも切り札を呼ぼう。――出てこい、アクア!」

 

 すると、戦車のかたわらで海水が大きく渦を巻き始めました。巻き込まれそうになった海の戦士やシャチたちが、あわてて離れていきます。

 渦巻く水はやがて水色に染まり、一匹の巨大な蛇に姿を変えました。何十メートルもある体でとぐろを巻き、鎌首をもたげます。

「ワン、水蛇(みずへび)だ!」

 とポチが言いました。渦王や海王もハイドラ、ネレウスという名の巨大な水蛇を従えていました。今姿を現した水色の水蛇は、アルバに従うアクアでした。普段は水の姿で従っていて、アルバの呼びかけで蛇に変わるのです。

 アクアがとぐろをほどいて海中を飛ぶように泳ぎ出しました。あっというまに四、五頭のシャチをかみ殺します。

 シャチの群れはアクアに襲いかかりました。ところが、いくらかみついても、牙は蛇の体を素通りしてしまいます。アクアの体は水でできているので、攻撃を受けても傷つかないのです。そのくせ、水蛇の攻撃は敵に当たります。また十数頭のシャチがかみ殺されて沈んでいきます――。

 

 ゼンたちの戦車がフルートたちの戦車に並びました。ゼンが言います。

「水蛇かよ。やるな、アルバ!」

 未来の海王は肩をすくめました。

「君もハイドラを呼べるはずだぞ、ゼン。君は渦王なんだから」

 たちまちゼンは渋い顔に変わりました。

「だから、俺は違うって言ってんだろうが。無茶言うな。渦王の魔法なんか、何一つ使えねえんだよ!」

「そんなはずはないんだがな――」

 とアルバはまた肩をすくめ、自分の乗る戦車の中を顎で示しました。

「ゼン、そこに渦王の剣がある。海の魔力がなくても使える武器だ。せめてそれくらいは持っていたらどうだ?」

「ワン、これですか?」

 戦車の内側に留めつけてあった筒のようなものを、ポチがくわえて外しました。ゼンに渡します。

「ああ、海の剣か……。そういやギルマンがこれを使えとか言ってたな」

 渦王の武器を使うように言われても、自分の武器を使い続けてきたゼンです。苦笑するような顔で剣を腰のベルトに差し込んでしまいました。

 

 すると、ふいにフルートの鎧の隙間から金の光が漏れ出しました。海水を淡い金色に染めます。フルートは、はっとして首の鎖を引っ張りました。ペンダントの先で魔石が明滅しています――。

「闇の敵だ!」

 フルートが叫んだとき、下の方から突然敵が姿を現しました。信じられないほど巨大な黒い魚です。全長数十メートル――水蛇のアクアと同じくらいの長さがあって、体の半分くらいまでが大きな頭になっています。頭の先端に鼻の穴のようについているのが目玉でした。

「フウセンウナギだ! だが、なんだこの大きさは!?」

 とアルバが叫びました。深海魚の一種ですが、桁外れの大きさです。ゼンが戦車で飛び出しながら叫びました。

「もちろん、闇の怪物だからに決まってんだろうが! 魔王が送り込んできたんだよ!」

 フルートも即座にペンダントをつかんでかざしました。

「光れ!」

 金の輝きが海中に広がり、フウセンウナギを照らします。黒い体が溶けるように崩れていきます――。

 ところが、溶けるそばから怪物が復活していきました。崩れた体がたちまち元に戻ります。魚が巨大すぎて金の石にも溶かし切れないのです。

「アクア!」

 アルバが水蛇を差し向けました。蛇が水の体で怪物に絡みついていきます。怪物も長い体を蛇に絡めます。と、その口が突然大きく開きました。体の半分もある頭が、そのままぱっくり上下に分かれて巨大な口に変わったので、ゼンたちは思わずぎょっとしました。口の中に並ぶ牙がアクアにかみつくと、水蛇が身をくねらせて離れます。攻撃を食らったのです。

 メールが歯ぎしりしました。

「水蛇は魔法の生き物だからさ、魔法攻撃は食らっちゃうんだよ。あの魚、きっと闇の魔力を持ってるんだ」

 フウセンウナギが再び口を大きく開けました。逃げていくアクアに追いすがり、後ろからまたばっくりと食いつきます。牙の間で水蛇がちぎれて、水に戻ってしまいます。

 

 フウセンウナギが身をひるがえしました。海域で入り乱れて戦っている海の戦士とシャチに向かって泳ぎ出します。

「まずい!」

 フルートは叫びました。怪物が戦士たちに向かってまた口を開けたのです。何百人もをひと呑みにしそうな巨大さです。アルバが手綱を放して両手をかざしました。水色に輝く壁が海中に現れて、フウセンウナギの行く手をさえぎります。

 すると、フウセンウナギが障壁にかみつきました。魔法の障壁がガラスのように粉々になって消えていきます。

「こんちくしょう!」

 ゼンが戦車で後ろから追いかけ、エルフの矢を撃ち込みました。大きな魚にはあまりに小さく見える矢ですが、うろこのない体に深々と突き刺さり、黒い魚が怒ったように身震いします。

 と、その長い尾が予想もしない方向から飛んできました。手綱を握るメールがとっさに避けようとしましたが、間に合いません。戦車は尾の直撃を食らって大揺れに揺れました。矢を撃っていてどこにも捕まっていなかったゼンが、戦車の外に放り出されます。

 すると、フウセンウナギが再び身をひるがえしました。巨大な口で海中のゼンをばっくり呑み込みます――。

 

「ゼン!!!」

 メールは悲鳴を上げました。

 フルートがまたペンダントをかざします。

「金の石!!!」

 ペンダントが再び光りました。先刻よりもっとまばゆい光が海中を照らします。フウセンウナギはまぶしそうに頭を振ると、溶け始めた体で潜り出しました。

「ワン、逃げる――!」

「アルバ、追って!」

 ポチとフルートが叫び、アルバが戦車で追いかけようとします。メールはすでに戦車でフウセンウナギへ向かっています。

 すると、そこへ三つ子の声が響きました。

「新しい敵だ!」

「クジラの怪物だよ!!」

 醜い姿の黒いクジラが戦場に突然現れて、海の戦士たちに襲いかかったのです。

 ゼンを呑み込んだ魚へ魔法を繰り出そうとしていたアルバは、とっさに手を返して魔法の障壁を張りました。クジラの攻撃をさえぎりますが、次の瞬間には障壁が破られてしまいます。

 フルートは言いました。

「アルバ、もう一度アクアを呼んで! ぼくがゼンを助けてくる! アルバはここを――!」

「よし!」

 アルバがかざした手の先に、再び水蛇が現れました。

 ところが、フルートが戦車から蛇に飛び移ろうとすると、それより早くポチが飛びついてきました。

「ワン、ぼくも行きます!」

「私も行くわ!」

 と声を上げたのはペルラでした。もうクリスのシードッグから水蛇のアクアに乗り移っています。ぶち犬のシィも一緒です。

「ちょっと待て! ぼくらも行くぞ!」

「メールが追いかけてるんだ! 行かなくちゃ!」

 とクリスとザフも口々に言います。

 水蛇に乗ったフルートとポチ、ペルラとシィ、シードッグに乗ったクリスとザフ。四人の少年少女と二匹の犬たちは、ゼンを呑み込んだフウセンウナギやメールの戦車を追って、海を潜り始めました――。

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