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第13巻「海の王の戦い」

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30.敵襲

 軍勢が海の深い場所へ潜った翌日、偵察の魚がゼンの元へやって来ました。

「報告します、我々は敵が警戒する海域を抜けました。海流にもうシャチは見当たりません。ずっと後方に遠ざかりました」

「よし、やっとか」

 とゼンはほっとしました。海流に乗らずに自力で進んでいたので、軍勢の速度は大幅に落ちていました。その間、ずっと水圧の高い場所を泳ぎ続けていたので、さすがの海の戦士たちにも疲れの色が見えていたのです。さっそく海流に戻るために浮上を始めます。

 やがて海の中がまた明るくなってくると、彼らを取り巻く重圧が減りました。呼吸が楽になって、ふう、とメールが大きく息をします。まだ少し青い顔をしているのを見て、ゼンが言いました。

「海流に乗ったら少し休めよ。昨夜は寝てねえんだろ」

「寝たよ。ただ、息苦しくて、すぐ目が覚めちゃったけどさ……。兵士や戦車を引く魚たちだって、昨夜は徹夜で進んでいたんだ。みんなを休ませなくちゃいけないよ」

「わかってる」

 とゼンは答え、ふとメールをまじまじと見直しました。そのまま笑う顔になったので、メールは口を尖らせました。

「なにさ? 感じ悪いよ、ゼン」

「いや。おまえが軍勢の心配をしたのが、ちょっとな――。覚えてるか? 二年半前の謎の海の戦いでも、おまえは渦王の軍勢にくっついてきたけど、あの時、おまえは前進する軍隊に逆らって、反対向きに戦車を走らせたんだぞ。俺に腹を立ててよ。味方に怪我人が出そうだったから、俺が力ずくでとっつかまえたんだ」

「覚えてるよ」

 ますます口を尖らせながら、メールが答えました。顔が赤くなっています。

「あの時、ゼンは言ったよね。王の娘だと豪語するんなら、家臣にもちゃんと配慮しろ、勇敢なのと身勝手なのは違うんだぞ、って……。今じゃあたいにもちゃんとわかるさ」

「上等だ」

 とゼンは笑いながら言って、いっそうむくれたメールに背中をたたかれました。

 

 すると、そこへまた別の魚が泳ぎ寄ってきました。

「ゼン様、海上を警戒している海鳥たちから報告がありました。空中からも、この海域に敵の姿は見当たらないそうです。このまま浮上を続けて大丈夫だろうということです」

 報告を伝えたのは、トビウオでした。翼のようなひれを広げて海上を飛び、その途中で海鳥からの報告を聞いて、海中に潜ってきたのです。

「よし、ご苦労。これで安心して海流で休めるな」

 とゼンは言いましたが、トビウオがなかなか離れていこうとしないので尋ねました。

「どうした?」

「あ、いえ、大したことではありません。ただちょっと……いえ、心配性の海鳥がいただけのことです」

 ゼンは顔つきを変えました。戦車と並んで泳ぐトビウオにまっすぐ向き直ります。

「気になることがあればどんなことでも報告に来いと言ったはずだぞ。大したことなのかそうじゃないのかは、俺たちが決めらぁ。何があった?」

 それでもトビウオはまだ口ごもっていましたが、ゼンにもう一度促されて話し出しました。

「報告と言うほどのことでもないのです……。海鳥部隊の中にまだ若いアホウドリがいまして、いつも群れから遅れては他の者に迷惑をかけているんですが、部隊に追いつこうと飛んでいるときに、頭上に大きな鳥を見かけたと言っているのです……。何の鳥なのか、どのくらいの大きさなのか、なにぶん新参者で見当もつけられませんし、ただ海上をはぐれた鳥が飛んでいただけのことだろうと思うのですが」

「大きな鳥か」

 とゼンは考え込みました。確かにそれだけではどう考えていいのかわかりません。重ねて尋ねます。

「そのアホウドリは他にも何か言ってたのか?」

「いえ、特には。その鳥を見かけたのはそのアホウドリだけで、本隊の海鳥たちはまったく見なかったそうです。やはり、はぐれ鳥が通りかかっただけではないかと――」

 

 けれども、ゼンはその報告をフルートに伝えました。

 フルートはホオジロザメの戦車の中でじっと考え込んでいましたが、やがてつぶやくように言いました。

「それって、まずいかもしれないな」

「やっぱり追っ手か?」

 とゼンは聞き返しました。本隊から遅れた兵士が見かけた、というのが気になっていたのです。

「うん……。ぼくらが海流の本流を離れて丸二日が過ぎているし、その間に、いくつも魔王の警戒網をくぐり抜けている。魔王のほうでも、ぼくたちを見つけようとやっきになっているはずだ。空からぼくたちを探していたのかもしれない」

「でも、あたいたちは海の中にいるよ。空からは見つからないさ」

 とメールが言いました。水面近くを泳いでいれば、空から海中の軍勢が見えることもありますが、彼らはかなり深い場所を泳いできたのです。

 フルートは首を振りました。

「偵察部隊の魚たちは海面に出て、海鳥部隊と接触している。そこを見られていたら、ぼくらがこの海域にいることはばれてしまうよ」

「ってことは――来るか?」

「多分」

 フルートは答え、鋭くあたりへ目を配りました。ゼンが全軍へ迎撃準備の命令を出そうとします。

 

 その時、軍勢の後方から兵士たちの声が上がりました。

「敵だ!」

「敵襲だぞ――!!」

 ぎょっとしたゼンたちの元へ、後方からシードッグに乗った三つ子たちが飛んできました。口々に言います。

「シャチの群れだ!」

「真っ黒い大きなヤツよ!」

「何もいなかったはずの海に、突然現れたんだ――!」

「魔王の襲撃だ!! 全員戦闘態勢につけ!!」

 ゼンがどなって、混乱が起きている場所へ戦車を走らせました。アルバもホオジロザメの戦車で後を追います。フルートやポチも一緒です。三つ子たちがその後を追いかけます。

 シャチはイルカの仲間ですが、はるかに大きく、クジラやホオジロザメさえ襲って食うことがあります。勇敢な海の戦士たちにとっても強敵でした。

 半魚人部隊の先頭でギルマンが叫んでいました。

「集団でかかれ! シャチの動きを止めるんだ!」

 その手には黒い海の矛が握られています。襲いかかってきたシャチに自分から向かっていって、三つ叉の矛先を突き刺すと、巨大なシャチが海中でのけぞり、転げ回ります。矛の毒にしびれて動けなくなったシャチに、他の半魚人たちが襲いかかります。

 

 半魚人部隊の後ろには海の民の戦士部隊が続いていました。全員青い衣の上にうろこをつづり合わせたような鎧兜を身につけています。手にしているのは、槍や矛、銛といった、水中で有利な武器です。自分の何倍もある巨大なシャチに自分から挑みかかり、武器を突き刺します。

 すると、シャチが猛反撃に出ました。たちまち数人の海の民が手足をかまれます。さらに多くの海の民へ襲いかかろうとすると、そこへ銀の魚の集団がやってきて、シャチを取り囲みました。ちっぽけなイワシたちです。シャチが歯を閃かせれば、あっという間に食い殺されてしまいますが、数が多く動きも素早いのでなかなか追い払えません。

 魚に視界をさえぎられて動きが止まったシャチに、突然矢が突き刺さりました。魚たちの中から飛んできたのです。シャチが悲鳴を上げてのけぞると、今度は魚の群れの中から戦車が飛び出してきました。操っているのはアルバです。戦車の先頭でフルートが炎の剣を構えていました。シャチのかたわらを駆け抜けざま、剣でシャチの体を切り裂きます。猛烈な泡と共にシャチが海底へ沈んでいきます……。

 アルバの戦車に続いて、ゼンの戦車が現れました。手綱を握っているのはメールで、ゼンはエルフの弓を構えています。その格好で、ゼンはイワシたちへどなりました。

「無茶な戦い方をするんじゃねえ! おまえらが殺されるじゃねえか!」

 すると、イワシたちが口々に答えました。

「ゼン様、これが我々イワシ部隊の戦い方です」

「我々には敵を倒す丈夫な歯はありません」

「マグロたちのように防具を着けて体当たりすることもできません」

「だから、我々にできるやり方で、敵を倒す協力をするのです」

「心配は御無用」

 イワシたちは群れのまま遠ざかっていきました。別のシャチを見つけて集団で襲いかかりますが、またたくさんのイワシがかみ殺されます。

「ったく! 本当になんて奴らだよ、海の戦士ってのは!」

 とゼンがわめくと、アルバが言いました。

「そのためにイワシたちは数多く生まれてきて、ああして群れを作るんだ。あれが、海から与えられたイワシたちの戦い方なんだ」

 銀の体を光らせて、何千何万というイワシの大群が泳ぎ回ります。それは、まるで海の中で渦を巻く竜巻のようでした。大きなシャチをその中に巻き込み、動きを封じ込めます――。

 日の光が差し込む明るい海。魔王が送り込んできたシャチと海の戦士たちの戦いは、始まったばかりでした。

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