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第13巻「海の王の戦い」

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29.海鳥部隊

 魔王は今日はまた岩屋のテーブルに向かって、白と黒の駒が並ぶチェスの盤を眺めていました。顎を指先でつまんで考え込み、ふぅむ、とうなってつぶやきます。

「どうやら彼らは海流から離れて進んでいるようだな……。これだけ時間が過ぎているのに、ぼくの警戒網にひとつも引っかからないということは、それしか考えられない」

 シュアナは今日は大理石の床の上に座って、長い銀髪を金の櫛(くし)でとかしていました。そうしながら、魔王の青年に尋ねます。

「なぁに、アムダ様? 敵がどこか行っちゃったの?」

「向こうは大軍だ。消えるわけはない」

 と魔王は答えました。

「この状況で引き返すというのも考えられない。ぼくが海流に置いた伏兵に気がついて、進路を変えているのに違いないんだ」

「それじゃ見つけるのは大変だよね、アムダ様。海は広いもん」

 と人魚が言います。単純な言い方ですが真理です。

 

 魔王の青年は、じっとチェス盤を見つめ続けました。ます目になった盤は、そのまま戦場を表しているわけではありませんが、彼が敵の動きを読んでいく助けになります。多くの駒を率いて進む白のキングとクイーンを見ながら、ひとりごとのように言い続けます。

「どこをどう通ってきても、彼らの最終的な目的地は、ぼくと渦王がいるこの場所だ。焦る必要はない。待てば必ず彼らはここに来る。ただ、その勢力を少しでも削いでおきたいんだ。彼らの持ち駒を減らさなくてはね……。彼らがまたぼくに見える場所に姿を現すときがあるはずだ。それを見つけ出さなくては」

「どうやって? 海はすごく広いよ」

 とシュアナがまた繰り返します。

「彼らだって、何も飲み食いせずに進軍することはできないさ。補給のために立ち寄る場所がきっと――」

「アムダ様ぁ、それって人間の考え方だよ」

 と人魚がおかしそうにさえぎりました。

「海の戦士たちは海の中を進んでくるんだもん、飲み水なんかいらないよ。食べ物だって、海の戦士は特別の食料を持ち歩いてるんだ。すごく長持ちする食べ物だから、途中で食料に困ることもないんだって、おばあちゃんが言ってた。あたしのおばあちゃんは、若い頃に本物の海の軍勢を見たことがあるんだよ」

「実物を――?」

 と魔王はシュアナを見ました。昔のことでも、実物を見た話は参考になります。

「シュアナのおばあさんは、海の軍勢について他にどんなことを言っていた? それは渦王の軍勢だったのか?」

「その頃はまだ渦王はいなかったよ。五十年も昔の話だもん。海の王は海王一人だけ。大きな魚が引く戦車で海の中を進んでいく海王の後に、ものすごくたくさんの海の戦士たちが続いていたって。戦士も、海の民だけじゃなく、魚や他の海の生き物たちも大勢いたらしいよ。軍勢のいる海の上空には、海鳥の戦士もたくさん飛んでいて、空が真っ暗になるくらいだったって」

「海鳥の戦士」

 と魔王の青年は驚いたように繰り返しました。海の王の軍勢なので、兵士は海中の生き物だけだと思いこんでいたのです。

「なるほど……海鳥の戦士は空から海を偵察しているわけか。それでフクロモの防衛線に気がついたんだな……。だが、本隊は海中を進んでいるわけだから、どこかで必ず海鳥と本隊が会って報告をしているはずだ。とすれば――海鳥の部隊を見つければいい、ということだな」

 そこまでを素早く分析して、魔王は空中へ目を向けました。大声で呼びます。

「ロック鳥! 来い!」

 

 たちまち巨大な鳥が姿を現しました。部屋の中が翼と羽ばたきの音でいっぱいになります。大きな象を空高く持ち上げ、地上にたたき落として餌にするというロック鳥です。シュアナは迷惑そうな顔になって、部屋の隅の水場に飛び込みました。

「お呼びですか、魔王様」

 と怪鳥が人のことばで言いました。翼をたたんでも部屋中を塞ぐほど巨大な鳥ですが、眼鏡の青年には非常に丁寧に話します。

「探してもらいたいものがある」

 と青年は言いました。

「海鳥の大群だ。普通の海鳥たちと違って、餌の魚を追うこともせずに、まっすぐこの冷たい海を目ざしているはずだ……。連中は渦王の兵なんだ。見つけたら気づかれないように跡をつけて、海中を行く渦王の軍勢と出会っている場所を見つけるんだ」

「攻撃するのではないのですか? 海鳥の群れくらい、我々ロック鳥がたちまち食い尽くしてみせますよ」

 とロック鳥が言って、キィィ、と鳴き声を上げました。くちばしの奥に血のように赤い舌と咽がのぞきます。

「金の石の勇者が渦王の軍勢と共にいる。おまえたちロック鳥は闇の鳥だから、聖守護石に光を浴びせられたら全滅する。跡をつけるだけでいい。翼の強いおまえたちのことだ。海がどんなに広くても、海鳥の軍勢を見つけ出して追跡できるだろう」

「それは無論です」

 魔王から持ち上げられてロック鳥は気をよくしました。得意そうに羽ばたきを始めると、すぐ岩屋から消えていきました。海鳥の部隊を捜し出すために、仲間のロック鳥のところへ向かったのです。

 

「海は海の王の領分だ」

 と魔王の青年は言いました。またひとりごとのような口調です。

「いくらぼくが魔王でも、海の王の魔力を手に入れなくては、海の様子を知ることはできない。彼らが海上に姿を現すときだってあるはずだが、それもぼくの闇の目には映らない。守りの魔法を使っているんだ……。だが、本来、戦いというのはこういうものだからな。さまざまな手段で敵の動きと状況をつかんで、最大限有効な手段で敵をたたく。それで金の石の勇者を倒し、渦王の力を得ることができるならば、やりがいもあるというものだ」

 自分の水場の中で、人魚は首をかしげて青年を見ました。

「なんだかすごく楽しそうだよ、アムダ様」

 青年は本当に笑い声をたてました。

「楽しいとも、シュアナ……。海の力さえ手に入れば、陸地の国々とそこに住む奴らを征服するのは簡単だ。世界はぼくのものになる。ぼくの――この知恵と力でな」

 眼鏡の奥の顔を彩っているのは、暗い笑いの炎でした。獲物を前に舌なめずりする蛇にも似て見えます。

 それをうっとりと眺めて、シュアナがまた言いました。

「アムダ様、あたしは最後までアムダ様についていくよ。アムダ様のために、あたしも役に立つんだ。ねえ、そうしたら、あたしに何をくれる?」

「金の石の勇者たちの死体の他にか?」

「それは今回の戦いのごほうびだよ。最後の最後までアムダ様についていったら、その時には何をごほうびにもらえるの?」

「そうだな。おまえがほしいものを何でもやるさ。シュアナが海の女王になったっていい」

「ホント!? あたしが海の女王になってもいいの!? アムダ様は?」

「ぼくはもっと大きな、この世界中の王になるからな。陸も空も海も、すべてぼくの支配下だ。それが魔王というものだ」

 シュアナは魚の尻尾で水面を何度もたたきました。しぶきが薄暗い岩屋の中で鈍く光ります。

「つまり、海はあたしとアムダ様の二人で治める、ってことだね? うん、それいいなぁ。あたし、がんばっちゃうよ、アムダ様」

「時期が来たら、シュアナにもまた活躍してもらうさ」

 と青年は言い、チェス盤から白のポーンを取り上げました。白のキングとクイーンの前にそれを置いて言います。

「彼らの前には海鳥の偵察部隊。それを見つければ、必ず彼らの居場所もわかる。そこへ――」

 チェス盤をまた黒いポーンが滑ってきました。白い駒の軍勢に襲いかかっていきます。と、その駒の真ん中に、黒いナイトが姿を現しました。盤の下から魔法で出てきたのです。

「さあ、これで彼らにどのくらいの打撃を与えることができるかな?」

 くすくすと楽しそうな魔王の笑い声は、岩屋の中にいつまでも続いていました――。

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