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第13巻「海の王の戦い」

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26.夜光虫

 海の上では日が落ちて、夜が訪れていました。

 暗くなった空に星が光ります。

 海面に浮上したフルートは、戦車を海流に任せて座り込んでいました。片膝を抱えた格好で空を見上げています。もうずいぶん長いこと、ずっとそうしているのです。

 かたわらで丸くなっていたポチが、頭を上げて話しかけてきました。

「ワン、フルート、ポポロを呼んだらどうですか? もうそろそろいいと思うんだけど」

 フルートは首を振りました。

「まだだよ……。ぼくたちはまだ敵に追い詰められているわけじゃないもの。ポポロだって、まだ天空王の用事が終わってないからね」

「ワン、どうしてそうだとわかるんですか?」

「用事がすんだら、ポポロはすぐに戻ってくるはずだからだよ。渦王の島にぼくたちがいないことに気がついて、ルルと一緒に追いかけてくるさ」

 それは確かにその通りでしたが、ポチは溜息をつきました。

 人の感情が匂いでわかる小犬は、フルートからひどく悲しい匂いをかぎとっていました。ペルラに、死ぬなんてとんでもない! と手を上げた時から、ずっとです。優しすぎる少年は、いつだって傷つけた相手以上に、自分自身が傷ついてしまうのです。

 ポポロがここにいれば、きっとフルートを抱きしめてくれたでしょう。ひどく恥ずかしがり屋の彼女ですが、こんな時には、いつもとても積極的です。そして、とても優しいのです。フルートの心の痛みに寄り添って、ただそれを暖かく受け止めます。

 ポチは前足に頭を載せて上を見ました。星のまたたく空に、ポポロがいる天空の国は見当たりません。それでも、どこかに見えないかと期待して、空を隅々まで探してしまいます……。

 

 すると、彼らの戦車のかたわらに、別の戦車が浮き上がってきました。

 ゼンたちの戦車ではありません。上に乗って手綱を握っていたのは、青い長い髪のペルラでした。足下には小犬のシィもいます。

 フルートはそちらを見て、ちょっと眉をひそめ、また空を見上げました。何も言いません。代わりにポチが立ち上がって、近づいてくる戦車を眺めました。ペルラやシィが乗った戦車は、体に黒い横縞のある魚が引いていました。フルートたちは名前を知りませんでしたが、シイラという魚でした。

 戦車をフルートの戦車のすぐ脇で停めて、ペルラが話しかけてきました。

「ねえ、そっちに行ってもいい……?」

 さっきまであれほど怒っていた彼女が、妙に神妙な声になっていました。フルートはまたそちらを見て、黙ったまま横に移動しました。ペルラがシィを抱いて乗り移ってきます。今まで飛び込むように乗り込んできたのに、今回はとても静かです。フルートが空けてくれた場所に座り込み、しばらくためらってから言います。

「あの……ごめんなさい、フルート……」

 フルートはやっぱり何も言いませんでした。片膝を抱いたまま夜空を見ています。

 ペルラはかまわず言い続けました。

「ポチも、ごめんなさい。シィから聞いたの。シィを助けようとして、ポチが死にそうになったって。それなのに、あたし、あんなこと言ってしまって……」

 フルートはやはりすぐには返事をしませんでした。答えを考えるような沈黙の後で口を開きます。

「ポチのことで怒ったわけじゃないよ……。君たちに、死ぬために戦ってほしくなかっただけなんだ」

 うん、とペルラはうなずきました。本当に、気味が悪いくらい素直になっています。

「それもメールたちに聞かされたわ。フルートは誰のことも死なせたくないから、自分は傷だらけになっても、みんなを守ろうとするんだ、って。そういう勇者なんだ、って――」

 ごめんなさい、とペルラはまた頭を下げました。

 

 フルートはようやくペルラを見ました。

 気の強い海の王女が、しょんぼりとうなだれていました。本気で反省しているのです。もともとペルラは素直な少女でした。自分のほうが悪かったと思えば、きちんと謝ろうと考えます。

 微笑して、フルートは言いました。

「もういいよ。命を大切にしてくれたら、それでいいんだから……。ぼくのほうこそ、ごめんね。ぶったりして。それに、君の髪の毛を切ってしまったし――」

 ペルラは驚きました。髪を切ったといっても、バラクーダにかまれていた毛先を数センチ切り落とした程度のことです。髪型にはほとんど影響ありません。

「フルート、あなたって本当に優しいのね!」

 驚きあきれたように言われて、フルートは今度は苦笑しました。正直で明け透けなもの言いは、従姉妹のメールとよく似ています。なんとなく、また空を見上げてしまいます。

 ぶち犬のシィはポチのそばに行って、しきりにその顔をなめていました。

「本当にごめんなさい、ポチさん……あたしのせいで、ひどい目にあわせちゃって。もうなんともない?」

「ワン、本当に大丈夫だったら。金の石の力はすごいんだよ」

 とポチが笑ってシィの顔をなめ返すと、シィは嬉しそうに尻尾を振りました。天空の国に行っている雌犬がその光景を見たら、心穏やかではいられなかったことでしょう。けれども、天空の国の魔法使いと犬の少女は、やっぱり夜空から現れませんでした――。

 

 すると、ペルラが急に声を上げました。

「フルート、ほら、見て!」

 少女が指さす海面が、青く輝いていました。海流が流れている場所の外側です。波に揺られて、驚くほど明るく光っています。

「あれは?」

 と尋ねたフルートに、ペルラが答えました。

「夜光虫よ。とても小さな生き物の群れが浮いていて、夜になるとあんなふうに青く光るの。大きな群れになると、海一面が夜光虫でいっぱいになることもあるわ」

「青い光の波になって、岸辺に押し寄せることもあるんですよ」

 とシィもポチに話します。ポチが珍しそうに夜光虫を見ていたからです。

 フルートは立ち上がって光る海を眺めました。こんなものを見るのはフルートも生まれて初めてです。光の魔法が海に降ってきて、波間を漂っているように見えます。

「綺麗だね」

 と思ったままを口にすると、隣に立っていたペルラが、にっこりしました。

「ええ、海はとても綺麗なのよ」

 まるで自分を誉められたように嬉しそうな顔をしています。

 フルートはふとまた目を上げました。海と同じ黒一色の夜空。そのどこかにいる少女にもこの光景を見せてあげたい、と考えます。空には白く星がまたたいています――。

 

 海流に乗って流れていく戦車に立って、少年と少女と二匹の小犬は、夜光虫の海を眺め続けました。

 青く光る海面は、彼らのかたわらを通り過ぎ、やがて遠ざかっていきました。

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