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第13巻「海の王の戦い」

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第9章 夜光虫

25.怒り

 「ゼン、この海域のバラクーダが全滅したぞ」

 半魚人のギルマンから報告を受けて、ゼンは聞き返しました。

「逃げたヤツはいなかっただろうな? 魔王のところへ知らせに行かれたらやっかいだぞ」

「それは大丈夫だ。逃げようとしたバラクーダは泳ぎの速い魚たちが追いかけて倒したし、海上に出て逃げようとした奴は海鳥部隊が攻撃した。深海へ逃げた連中は戦車部隊が壊滅させた。生き延びたバラクーダは一匹もいない」

「よし、上出来だ。兵士たちの怪我は?」

「バラクーダの牙にやられた兵はいるが、いずれも軽傷だ。勇者の魔石で癒してもらうほどの怪我では――」

 

 ギルマンがそこまで報告したときです。背後でいきなり声が上がりました。フルートです。

「ポチ! ポチ――!!」

 フルートが抱き上げた腕の中で、白い小犬が激しく震えていました。のけぞりながら海水を蹴っています。

 ゼンとメールは仰天して戦車で駆けつけました。

「どうした!?」

「わからない! 今まで普通だったのに、急に倒れて震え出したんだ――!」

 ポチは激しく震え続けていました。白目をむき、四本の脚を突っ張らせて、ゲウ、ゲウゥ……と喉の奥でうなっています。呼吸ができなくなっているのです。ゼンは顔色を変えました。

「毒にやられてるぞ! フルート、金の石を使え!」

 フルートは我に返りました。あまり突然のことで忘れていたのです。急いで鎖をつかんでペンダントを引き出し、金の石を押し当てます。

 魔石の癒しの力は絶大でした。痙攣とうなり声が停まり、すぐに白い尻尾がぱたぱたと左右に動き出します。

「ワン、もう大丈夫ですよ。ありがとう」

 しっかりした声と顔に戻ったポチを、フルートは抱きしめました。ゼンとメールも安堵の息をつきます。

「ったく。本当にどうしたんだよ、いきなり」

「ホントだよ。びっくりしたじゃないのさ」

「ワン。ぼくにもよくわからないんです。急に体がしびれて息ができなくなっちゃったんだけど――」

 とポチが答えると、フルートの足下でおろおろしていたシィが言いました。

「バラクーダの毒に当たったんだわ! ポチさん、さっきバラクーダにかみついたから!」

「ワン。バラクーダって毒があったの?」

「ええ、体にフグと同じくらい強い毒を持っているの! ごめんなさい、ポチさん。あたしを助けようとしたせいで……」

「ワン、大丈夫だよ。フルートがちゃんと治してくれたから」

 ポチがぶちの小犬へ尻尾を振って見せます。

 

 すると、そこへ今度はアルバのどなり声が聞こえてきました。海の王子は三つ子の弟妹たちを叱りつけていました。

「おまえたちは本当に何を考えているんだ! 一度ならず二度までも――! 今度こんな勝手な真似をしたら、すぐに城へ送り返すぞ!」

 温厚な兄がこれだけ大声を出すのは、そうとう怒っている証拠なのですが、三つ子たちは負けませんでした。ふてくされた顔でそっぽを向きます。

「結果的には勝ってバラクーダを全滅させられたんだから、いいじゃないか」

「そうだよ。こっちには被害は出なかったんだから」

「金の石の勇者たちのおかげでな。おまえたちがついてこないことにフルートが気づいたから、助けが間に合ったんだ。そうでなければ、おまえたちは闇のバラクーダに殺されていたぞ!」

 厳しい兄の声にクリスとザフは言い返せなくなりましたが、ペルラだけがまだ逆らっていました。

「なによ。勇者たちが助けに来なくたって、あたしたちだけで敵を倒せたわよ。だいたい慎重すぎるのよ。敵と戦わないように回避、回避って。海の戦士たちはそんな臆病者じゃないわ」

 言いながらペルラはクリスのシードッグから離れて泳ぎ出しました。飛び込んだのはフルートがいる戦車です。一緒に乗っていたぶちの小犬へ手招きします。

「おいで、シィ。こんなところにいちゃダメよ!」

「でもペルラ、あたし、海の首輪をなくしちゃったから、もうシードッグに変身できないわよ」

 シィが困ったように言っても、海の王女は耳を貸しません。

「クリスかザフのシードッグに乗ればいいわよ。臆病者の乗った戦車にいたら、臆病が移るわ!」

 すると、ゼンが口をはさみました。

「その臆病者に命を助けられたのは誰だよ。フルートが駆けつけなかったら、今頃バラクーダどもの餌だったろうが、わがまま王女」

 それを思いきりにらみつけて、ペルラは言い続けました。

「死ぬのがどれほどのことだって言うの!? 海の戦士にとって、戦って死ぬことこそ最高の名誉よ! 死ぬことなんかこれっぽっちも怖くないわ! あたしだって、いつでも戦って死ぬ覚悟はできてるんだから、命を助けようだなんて、お節介もいいところよ!」

 かっかとしながらそう言い切るペルラに、ゼンは怒るよりあきれてしまいました。腕組みをして、隣にいたメールに言います。

「なんか昔、同じようなことを言ったヤツがいたよな。海の民ってのは、ホントに血の気が多くて単細胞だぜ」

「なにさ、それってあたいのこと? 単細胞だなんて、ゼンにだけには絶対言われたくないね」

「どういう意味だよ、それ?」

「自分の胸に手を当てて考えてみなよ!」

 今度はゼンとメールが口喧嘩のようになっていきます。

 

 フルートは、じっとペルラを見つめていました。低い声で聞き返します。

「余計なお世話だった、と言うの? 命を助けたことが。死んだほうが良かったの?」

 ふん、とペルラは顔をそらしました。戦車で向き合っている少年と少女。フルートのほうが年上でも、上背はペルラのほうがあります。見下すような声で言い続けます。

「あたしたち海の民は、名誉ある死のために戦ってるのよ。臆病者の人間になんて、わかるわけないわ。あたしたちから戦場を奪わないで!」

 言い捨ててかがみ込み、足下のシィを抱き上げます。

 すると、その腕をフルートがつかみました。ぐい、と引き起こし、驚いて顔を上げたペルラの頬に手を振り下ろします――。

 ぱん、と響いた鋭い音に、仲間たちは仰天しました。海の王女も、片手を頬に当てたまま、ぽかんとします。あのフルートがペルラに平手打ちを食らわせたのです。

 フルートは青い瞳に激しい怒りを閃かせてどなりました。

「馬鹿を言うな!! 戦って死ぬのは名誉でもなんでもないぞ! ましてや死ぬために戦うなんて冗談じゃない! 死ぬことを勝手に綺麗事にするな!!」

 普段あれほど穏やかで優しい少年が、信じられないほど怒っていました。ペルラは思わず後ずさりました。自分より小柄な少年を、本気で怖いと感じてしまいます。

 そんな彼女へフルートは言い続けました。

「絶対に、死なせない! 君も、海の戦士たちも! 人は、生きるために戦っている! ぼくたちだって、そのために戦ってるんだ!!」

 どなるだけどなって、フルートはペルラを突き放しました。ペルラは戦車の端に立っていたので、戦車から追い出される形になります。腕に抱いていたシィも一緒です。フルートがものも言わずに戦車を上昇させて、海面の方向へ遠ざかっていきます……。

 

 呆気にとられて見送っていたゼンが、ふう、と大きな息を吐きました。

「ったく……あの馬鹿。相変わらずだな」

「ほぉんと。こういうところは昔と全然変わらないよね。あたいもむちゃくちゃ怒られたっけ」

 とメールが肩をすくめ、戦車の先ではマグロがうなずきました。謎の海の戦いの時には、彼らが死ぬことを名誉だと言ってフルートにどなられたのです。

 ペルラはいきなりたたかれ、海中に放り出されて、ひどく腹を立てていました。フルートが立ち去った方向をにらんでわめき続けます。

「なんてヤツ――なんてヤツ!! 無礼にもほどがあるわ! 女性に手を上げるなんてどういうつもりよ!」

 すると、アルバが泳ぎ寄ってきて、それをたしなめました。

「今回はフルートの言い分のほうが正しいぞ、ペルラ。おまえたちはみんなを余計な危険に巻き込んだんだからな。勇敢な海の戦士であっても、無駄な戦いで命を落とすのは不名誉なことだ。――それに、そんなに大騒ぎするほどのことでもないだろう? 普段からクリスやザフととっくみあいの喧嘩をしているくせに」

 兄まで味方につこうとしないので、ペルラは完全に拗ねました。口を尖らせ、ぷりぷり怒って言い続けます。

「それとこれは話が別よ! あんな野蛮で乱暴なヤツが勇者だなんて信じられない、って言ってるのよ、あたしは!」

 すると、腕の中からシィが話しかけてきました。

「ペルラ、今、ポチさんがバラクーダの毒で死にそうになったのよ。あたしを助けたせいで。癒しの魔石がなかったら、きっともう死んでたわ」

「え?」

 ペルラは驚いてぶちの小犬を見ました――。

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