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第13巻「海の王の戦い」

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24.闇の魚

 海中に突然姿を現した黒いバラクーダに、ペルラは驚きました。

 今まで三つ子たちが戦ってきたバラクーダは、大きいものでも全長がせいぜい四、五メートルほどだったのに、今、目の前に出てきた魚は、頭の先から尾の先まで十メートル以上あったのです。小型のクジラほどの大きさです。

 魚の黄色い目がぎょろりと動いて、海中の二台の戦車を見ました。とたんにフルートが叫びます。

「見つかった! 来るぞ!」

 彼らは普段は海王や金の石の守りの力で闇の目から隠されています。けれども、直接目の前に闇の敵が現れて彼らの姿を見てしまえば、もう隠れていることはできなくなるのです。闇の色のバラクーダが牙をむいて突進してきます。

 

 アルバは戦車を大きく左へ方向転換させました。メールは自分たちの戦車を右へ走らせます。二台の戦車の間を突き抜けていったバラクーダは、巨大な黒い槍のようです。

「アルバ、戦車をあいつへ――!」

「メール、戦車を寄せろ!」

 フルートとゼンが叫んでいました。フルートは手に炎の剣を、ゼンはエルフの弓矢を構えています。ゼンの持つ矢は矢羽根の部分がなくなっていました。水に勢いを殺されないように、ゼンがむしり取ってしまったのです。

 アルバの戦車が先にバラクーダに迫り、魚の左脇を駆け抜けました。フルートが剣を突き出します。炎の魔剣は水中で火を吹くことができません。魚の体を切り裂き、激しい泡を立てます――。

 ギュィィィ、と魚が声を上げて身をくねらせました。大きく動く尾に直撃されそうになって、アルバがまた戦車を方向転換させます。魚が起こした水の動きに、戦車が大きくあおられます。

 けれども、その間にゼンの戦車が魚に迫っていました。暴れる魚を見据えながら、ゼンがまたどなります。

「行け、メール、マグロ! 絶対によけるなよ!」

 弓矢を構えるゼンはどこにもつかまっていません。突進する戦車の上に仁王立ちになって、矢の先を魚に向けています。魚の黄色い目が戦車を見ました。突然暴れるのをやめて、戦車に食いつこうとします。

 魚が向きを変えた瞬間、ゼンは弓弦から手を放しました。バシュッと音がして、矢羽根のない矢が銛のように飛んでいきます。

 ギィィィ、とまた魚が叫びました。矢が魚の体に深々と突き刺さっています。やった! とメールやマグロが歓声を上げます。

 けれども、ゼンは言いました。

「だめだ! あいつは闇の怪物だ! 普通の武器じゃ倒せねえ!」

 彼らの目の前で魚の体から矢が抜け落ちました。傷がふさがっていきます。体の反対側では、フルートが負わせた刀傷が消えていくところでした。たちまちまた無傷に戻って、戦車を引くホオジロザメに食いついてきます。

 とたんに、アルバが手綱から片手を放しました。はっ、と気合いを込めたとたん、魔法でバラクーダが吹き飛びます。そちらへまた戦車を走らせて、アルバが言いました。

「消滅しろ、闇に染まった哀れな魚――!」

 アルバの手のひらから、再び青い魔法の光が飛びます。

 

 ところが、光が黒いバラクーダに届く前に、ザーッと音をたてて間に飛び込んできたものがありました。銀のバラクーダの大群です。体こそ普通の大きさですが、何千という数で泳いできます。

 アルバの魔法は銀のバラクーダたちにさえぎられてしまいました。数十匹の魚が魔法の直撃で吹き飛びますが、黒いバラクーダは魚が作る壁に守られて無事でした。悠々と向きを変え、どちらを先に仕留めるか考えるように、二台の戦車を見比べます。

 

「嘘……」

 シードッグの上から戦いを見守っていたペルラは、思わずつぶやきました。銀のバラクーダの大群は、さっき三つ子たちが竜巻で追い払った連中でした。遠い海へ吹き飛ばしたはずなのに、またこの海域に戻ってきたのです。

 自分のシードッグに戻ったクリスとザフが泳ぎ寄ってきました。まだ痛んでいる頭を抑えながらうめきます。

「魔法で呼び戻されてきたんだ……きっと魔王のしわざだよ」

「もう一度あいつらを追い払わないと……。群れがさえぎるから、兄上は魔法を使えないんだ」

 そこで三つ子たちはまた揃って呪文を唱えようとしました。再び竜巻を起こして、バラクーダの群れをさらに遠くまで飛ばそうとします――。

 

 その時、ポチの声が響きました。

「ワン、危ない! 後ろ!」

 三つ子たちが、はっと振り向いたとたん、銀のバラクーダが襲いかかってきました。音もたてずに背後から忍び寄っていたのです。鋭い牙がペルラの長い髪の先をかみます。

「きゃあ、いやぁ!」

 ペルラは悲鳴を上げました。髪を魚に引っ張られて、シードッグの上から引きずり下ろされそうになったのです。

「ペルラ!」

 クリスとザフが妹を助けようとすると、そこにまた別のバラクーダが襲いかかってきました。闇の魚ではありませんが、彼らの倍ほどの大きさがあります。王子たちは身を守るのに手一杯になります。

 そこへまた別の魚が突進してきました。髪に食いつかれて動けなくなっているペルラにかみついてきます。シードッグのシィが魚の尾で撃退します。

 すると、魚が急に向きを変えました。ペルラではなく、シィのほうへ向かってきます。シィがとっさに身をかわすと、魚の牙がシィの体をかすめていきました。ぶつり、と音がして、シィが巻いていた青い首輪を断ち切ってしまいます。

 とたんに、シィの体が縮み始めました。シードッグは風の犬と同じように、首輪の魔力で変身しています。その首輪がちぎれたので、シィは小犬の姿になってしまったのです。しがみつくものがなくなって、ペルラが魚に連れ去られます。

「ペルラ――!」

 悲鳴のように叫んだシィにも、バラクーダが襲いかかってきます。

 

 そこへ戦車が突進してきました。手綱を握っているのはフルートです。アルバは乗っていません。

 ワン、とポチが一声ほえて戦車を飛び出しました。小犬の姿のまま、シィを襲うバラクーダに飛びつき、その体にかみつきます。魚が大きく身をくねらせます。

 一方、フルートは戦車を返してペルラを追っていました。追いつき、追い越し、バラクーダがくわえている青い髪へ剣を振り下ろします。フルートはいつの間にか炎の剣を銀のロングソードに持ち替えていました。ぷつりと髪が切れ、ペルラの体が海中に残されます。

 すると、バラクーダが身をひるがえしました。逃した獲物をまた捕まえようと引き返してきたのです。ペルラは海中であえいでいました。引きずられたショックで、すぐには身動きできません。

 すると、その前にフルートの戦車が飛び込んできました。後ろにペルラをかばいながら、剣を構え、突進してきたバラクーダへ突き出します。バラクーダは鋭い刃に串刺しになりました。激しく暴れ、じきに動かなくなります……。

「ペルラ!」

 クリスとザフがようやくバラクーダを追い払ってやって来ました。クリスが自分のシードッグの上へ妹を引き上げます。

 けれども、ペルラは兄弟たちを見ていませんでした。フルートの戦車を目で追います。

 フルートは小犬たちに追いついていました。ポチにかみつかれて暴れている魚にとどめを刺し、ポチとシィを二匹とも戦車に拾い上げます――。

 

 その時、おぉーっと海中に鬨の声が響き渡りました。

 ギルマンの先導で、渦王の軍勢が駆けつけてきたのです。ギルマンが黒い矛をかざして叫びます。

「かかれ、海の戦士たち!」

 また鬨の声が響いて、海の戦士たちがバラクーダに襲いかかっていきました。バラクーダは大群ですが、駆けつけてきた戦士たちはそれを上回る数です。

 すると、ゼンが戦車からどなりました。

「こっちだ! 闇のバラクーダの前から魚を追い払え!」

 言いながら自分でも魚の群れへ矢を連射しています。戦士たちが泳いで突撃して、たちまち激戦が始まります。魚のうろこと尾がひらめき、半魚人や海の民の武器が敵を貫きます。

 すると、黒いバラクーダが泳ぎ出しました。周囲に銀のバラクーダの群れを従えたまま、まっすぐゼンの戦車へ突進してきます。戦車の手綱を握るメールは、その場から逃げようとしません。ゼンと並んで黒い魚を見据えています。

 メール!! と三つ子たちは叫びました。闇の魚は巨大です。メールやゼンを戦車ごと一口で呑み込みそうに見えます。

 

 すると、ゼンがまた矢を放ちました。鋭い矢尻が黒いバラクーダの目に突き刺さります。闇の魚が停止して頭を振ります。

 とたんに、ゼンが言いました。

「いいぞ、アルバ! やれ――!」

 海中に海王の第一王子が一人でいました。着ている長衣が海流に激しくなびいていますが、それでも一点に留まったまま動きません。その両手は黒いバラクーダにまっすぐ向けられていました。

「消滅!」

 声と共に魔法が発動して、闇の魚を貫きます。

 クジラのような魚が崩れて消えていく中、ゼンはもう次の敵へ向かっていました。戦場を駆け抜ける戦車から次々と矢を放ちます。海中でもエルフの矢は百発百中です。敵だけを仕留めて、味方には決して当たりません。

 フルートも戦車を返して参戦していました。片手で手綱を握りながら、もう一方の手で剣をふるいます。バラクーダが次々に切られて、沈み流されていきます。

 アルバがまた魔法を発動します。何十というバラクーダが一瞬で息絶えます……。

 乱戦の中、ゼンの声がまた響きました。

「敵を一匹も逃がすなよ! 徹底的に倒せ! 魔王のところへ知らせに行かせるな!」

 おぉーっと三度目の鬨の声が上がります。

 

 繰り広げられる海中の大乱戦。

 流れる水は、血とうろこと肉片でにごっていきます。

 血なまぐさい光景を、海王の三つ子たちはただ茫然と眺めていました……。

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