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第13巻「海の王の戦い」

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23.バラクーダ

 兄弟たちとシードッグで海流を進みながら、ペルラはひとりで怒り続けていました。

 フルートの態度が気にくわなかったのです。

 

 ペルラは小犬になったシィと一緒に兄の戦車に乗っていました。シィがポチを気に入ったから、と兄たちには言いましたが、本当は自分がフルートから見える場所にいたかったからでした。

 ペルラは自分の笑顔や容姿にとても自信を持っていました。海王の城に来るものは、男も女も大人も子どもも、半魚人も、果ては海の生き物たちさえ、ペルラを見て喜んだのです。おお、なんと美しい王女だ、さすがは海の王妃の娘だけある、と口々に誉めそやします。

 いつか、ペルラは自分を嫌う相手にも笑ってみせることを覚えていました。優しくあでやかに笑ってみせると、それまで仏頂面でいた相手が、たちまち顔をゆるめて目尻を下げます。魚たちなら、感心したようにひれを震わせます。誰もがそんなふうで、絶対に誰も彼女を無視しません――。

 ところが、このフルートという少年だけは別でした。いくらペルラがほほえんで見せても、少しも感心してくれません。それじゃあ、とペルラは戦車に乗り込み、得意のポーズでフルートのそばに座りました。片腕で戦車の縁にもたれ、青い衣からすんなり伸びた脚を揃えて流し、ちょっと首をかしげながらフルートを見つめ続けます。問いかけるようなまなざしには力があります。どれほど話に夢中になった人でも、ふと視線に気がついて振り向き、見つめていたペルラに笑いかけてくれるのです……。

 けれども、やっぱりフルートはペルラを無視しました。

 わざと意地悪しているわけではありません。ペルラがそこにいて見つめていることに、まったく気がつかないのです。まるで彼女などそこにいないように、兄たちと作戦会議をしています。

 

 ペルラは完全に腹を立てました。存在に気づかれないということは、嫌われたり憎まれたりすることより、もっと我慢できないことでした。自分で考えていた自分を完璧に否定されたような気がします。

 拗ねてシードッグに乗って戦車を離れたのですが、やっぱりフルートは何も言いませんでした。指揮官のゼンと打ち合わせを続け、兄のアルバと行く先について話し合っているだけです。

 なによ! とペルラは考えました。少しくらい気にしてくれたっていいじゃない! そんなに――そんなにあたしには魅力がないって言うの!?

 すると、ペルラを乗せて泳ぎながら、シィがしょげた声を出しました。

「犬の姿でいたのに、ポチさんは全然話しかけてくれなかったわ。あたし、ポチさんに嫌われちゃったのかなぁ」

 体は巨大なシードッグですが、声はかわいらしい少女のままです。ペルラは唇を歪めて、ふん、と笑いました。

「ホント、あの連中ったら朴念仁(ぼくねんじん)揃いよね。ちょっと心配させてやりましょう、シィ。女を無視しちゃいけないってわからせてやるんだから」

 海流は激しく流れ続けています。その中を兄弟たちのシードッグと一緒に進んでいくのに、やっぱりフルートは追いかけてきません――。

 

 その時、先を行くザフが声を上げました。

「来た! バラクーダだ!」

 行く手から流れに逆らって泳いでくる魚の群れが見えました。細長い体にぎょろりとした黄色い目、下あごが突き出た口の中には鋭い歯が並んでいます。

 ウォンウォン、とほえだしたシードッグに、クリスが言いました。

「かみつくなよ。バラクーダは猛毒を持っているんだ。かむと死ぬからな」

「そんなの心配ないわよ。あたしたちの魔法で倒せばいいだけなんだから」

 言いながらペルラがシィの頭の上で両手を上げました。さっと振り下ろすと、海中に大きな渦ができて、バラクーダたちを巻き込みます。その水がたちまち血の色に染まりました。激しい渦がバラクーダをあっという間に引き裂いたのです。

「ぼくらも行くぞ!」

 とクリスが言って、魚の群れの中に突っ込んでいきました。片手を鋭く降ると、まるで見えない刃がそこから伸びたように、バラクーダたちの体に深い傷が走りました。さらにもう一度手を振ると、魚の体が真っ二つになります。

 ザフは迫ってくるバラクーダに両手を突きつけていました。そのまま、ぎゅっと握りしめるような手つきをします。とたんに、魚はびくりと飛び上がり、そのまま動かなくなりました。ザフは魚の体内にある浮き袋を魔法で握りつぶしたのです。血ににごった海水と魚の死体を、海流がどんどん運び去ります……。

 

 バラクーダはますます数が増えてきました。いくら魔法で倒しても、行く手から湧いてくるように泳いでくるのです。ずらりと並ぶ魚の頭で鋭い牙が光っています。全長が三メートル以上もある巨大な魚です。牙や口の大きさも半端ではありません。

「ずいぶんいるな!」

 とクリスが言いました。さっと手を振ると、また数十匹のバラクーダが輪切りになります。

「どうする? あれをやるかい?」

 とザフが尋ねました。海流の中、三人が乗ったシードッグは、いつの間にか周囲をすっかり敵に取り囲まれています。

 ペルラが得意そうに笑いました。

「やりましょう。こんな敵くらい怖がることないんだってこと、あの連中に見せつけてやるのよ!」

 三つ子を乗せたシードッグが一カ所に集まりました。上に乗った三人が、それぞれに両手を振り上げ、声を合わせて叫びます。

「ラー・ラーイ・リィー……来たれ、大渦巻き!!!」

 すると、目の前の海水が激しく渦を巻き始めました。先にペルラが作った渦よりはるかに大きな流れがあたり一帯に広がり、周囲の海水を巻き込み始めます。それだけではありません。渦は水中から海面へ向かって伸び、さらに上へ――海上にまで飛び出したのです。それは竜巻でした。海中から海上へ激しく水を吸い上げていきます。海流もその勢いにはかないません。

 竜巻はバラクーダの群れも呑み込みました。海中から海上へ勢いよく吸い上げて、遠いどこかへ吹き飛ばしてしまいます。

 流れに逆らって泳ぐシードッグの上で、三つ子たちは歓声を上げました。

「どうだ、見たか! 敵は全滅だぞ!」

「妨害なんて、みんなこうやって吹き飛ばしていけばいいんだよ! 回り道する必要なんかないんだ!」

「あたしたちをあんまり馬鹿にしないでほしいわよね!」

 満足そうに、得意そうに、三つ子たちが話し合います。三人が両手を下ろすと、ゆっくりと渦巻きが収まっていきました。海上では竜巻が消えてにわか雨が降り出し、海中では渦がほどけていきます。海流の中に、もうバラクーダの姿はありません……。

 

 ところが、その時、海底の方向から数匹の魚が泳いできました。三つ子たちは反射的に身構え、それが大きなマグロと三匹のカジキなのを見て、すぐに力を抜きました。魚たちは後ろに戦車を引いています。

 戦車にはゼンとメールが乗っていました。三つ子たちのすぐわきを猛烈な勢いで駆け抜けていきます。すると、ゼンがクリスのシードッグの上に飛び移ってきました。面食らっているクリスを、いきなり拳で殴り飛ばします。大人のように大柄でたくましいクリスが、水中を吹き飛びます――。

「何をするんだ!?」

 とザフが驚いて声を上げると、ゼンはそちらにも飛び移りました。やはりザフを殴り飛ばして、どなります。

「馬鹿野郎、なに考えてやがる!! 軍を全滅させる気か!!?」

 海流を流されていく二人の王子をクリスのシードッグが捕まえました。一人を口にくわえ、もう一人を魚の尾で受け止めます。王子たちはすぐには口がきけませんでした。ゼンに殴られた頭が割れそうに痛んで目眩(めまい)がします。

 ひとりシードッグに残っていたペルラが金切り声を上げました。

「いきなり何よ!? あたしたちはバラクーダを撃退したのよ! それなのに、どうして怒られなくちゃいけないのよ――!?」

 とたんにゼンにものすごい目でにらまれて、ペルラはひるみました。自分たちが何かまずいことをしたらしい、と突然気がつきます。

 すると、ゼンが低い声で言いました。

「海の王子や王女だからって、好き勝手していいわけじゃねえんだぞ。おまえらが起こした渦巻きは海上にまで伸びた。魔王に、俺たちはここにいると知らせちまったんだ。すぐ、ここに敵が送り込まれてくるぞ」

 こんなことをゼンが静かな声で言っているときは要注意でした。ゼンは、どなり散らすよりもっと激しく怒っているのです。ペルラはいっそう堅く口を閉じました。一言でも言い返せば、自分までゼンに殴られると直感します――。

 

 そこへ、海底からもう一台の戦車が駆け上ってきました。そちらは二頭のホオジロザメが引いています。戦車の上でフルートが叫んでいました。

「準備しろ、ゼン! 金の石が反応してる! 闇の敵が来るぞ!」

 フルートは右手にもう炎の剣を構えていました。その鎧の胸の上では、守りの魔石が明滅しています。

「ゼン!」

 メールが戦車をUターンさせてきました。その車体に飛び乗って、ゼンは尋ねました。

「敵はどっちからだ!?」

「ワン、あっちです! ものすごい憎悪の匂いがする!」

 とポチがほえ出します。手綱を握っていたアルバが、ホオジロザメの戦車をそちらへ走らせます。ゼンとメールの戦車がそれを追います。

 すると、彼らの前に巨大な黒い影が現れました。みるみる長く伸びていきます。

 それは信じられないほど巨大な黒いバラクーダでした――。

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