「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第13巻「海の王の戦い」

前のページ

第8章 バラクーダ

22.作戦会議・1

 渦王の島を出撃して四日目、フルートたちはまだ海流に乗って北上を続けていました。二台の戦車の後に、魚や海の生き物、半魚人、海の民の戦士たちが大軍を作って続きます。

 二台の戦車はいつもぴったりと並んで進んでいました。戦車を引く魚たちが、まったく同じ速度で泳いでいるからです。今は、マグロとカジキが引く戦車にゼンとメールと半魚人のギルマンが、ホオジロザメが引く戦車にはフルートとポチとアルバ、そして、海の王女のペルラと小犬のシィが乗っていました。海の王子のクリスとザフは、今日もシードッグに乗って戦車のすぐ隣を泳いでいます。ひとつながりの船のようになった戦車の上と周囲で、彼らは作戦会議の真っ最中でした。

 

「冷たい海がだいぶ近づいてきた。海流の外の水温が下がってきたと報告が入っている」

 とギルマンが言いました。銀のうろこにおおわれた手は、戦車の中でも三つ叉の矛を握り続けて放しません。

 アルバがうなずきました。

「今の進み方なら、冷たい海まであと三日というところだろう。途中で妨害に逢わなければ、だけれどね」

「それはありえません。きっとまた敵が出てきます」

 とフルートは答え、進行方向を指さしました。

「この海流はまっすぐ冷たい海へ北上しています。魔王が途中にまた罠や伏兵を置いている可能性は、とても高いです。警戒は怠れません」

「偵察はしっかりやれ、って魚や鳥たちに言ってあるぞ。気になることがあったら、どんなことでも報告に来い、ってな」

 とゼンが言います。だいぶ指揮官らしくなってきたゼンですが、弓矢を背負い、海流に薄茶色のマントをなびかせている姿は、やっぱり渦王と言うより山の猟師のように見えます。

「ワン、補流(ほりゅう)は別の偵察隊の魚が探してますよ。見つかり次第、教えてくれます」

 とポチが言ったので、補流? と海王の三つ子たちが聞き返しました。聞いたことがない名称だったのです。メールが答えます。

「ギルマンやアルバの話だと、大きな海流のそばには、流れにひっぱられて、小さな海流ができることがあるんだってさ。それを補流って言うんだけど、フルートは、そっちを進軍に使おうって言ってるんだよ」

「どうしてだ!? 小さい海流じゃ速度だって遅いだろう。到着が遅れるぞ! それくらい誰でもすぐわかるじゃないか!」

 とクリスが声を上げました。体格のよい王子は、小柄なフルートを相変わらず馬鹿にしていて、つっかかるような言い方をします。

 フルートは穏やかに答えました。

「このまま海流の本流を行くと、必ず敵に待ち伏せされるからだよ。裏道があれば、遠回りのようでも、そっちを通った方がかえって早く着くことが多いんだ。それに、なんといっても、こっちの損害が小さくてすむからね」

 とたんに今度は細身のザフが怒り出しました。

「失礼だな! 叔父上の軍勢がそんなに無能だというのか!? 海の戦士は勇敢で強いんだ! 待ち伏せされようが、指揮官がろくでなしだろうが、絶対に負けたりするもんか!」

 こちらはゼンへの対抗意識を丸出しにしている少年です。無能呼ばわりされたゼンが、むっとしました。

「てめえらな、戦争が初めてなら口をはさむんじゃねえや。知らない山で知ったふりは命取り――俺たちドワーフのことわざだ。知ったふりしてると、命をなくすぞ」

「ぼくたちはドワーフじゃない!」

「ぼくらのどこが知ったふりだって言うのさ!?」

 海の王子たちが口々に食ってかかります。体こそゼンやフルートより大きいのですが、そんな様子はやはり年相応に見えます。

 へっ、とゼンは鼻で笑いました。

「そう言うところが素人の証拠だって言ってんだよ。いい加減黙ってろ、てめえら」

「なに――!?」

 王子たちがゼンととっくみあいの喧嘩を始めそうになります。

 

 その様子に、ポチはあきれながら言いました。

「ワン、海の民って本当に気性が激しいんですね。メールや渦王だけかと思ってたのに、みんな、けっこうそうなんだ」

「海の王族は特にそうかもしれないね。王族が怒ると海は必ず大嵐さ」

 とアルバが言いました。穏やかそうに見えても、この第一王子も相当のくせ者です。弟たちがこれほど騒いでいても、止めようともしません。

 代わりに真面目な声で言ったのはフルートでした。

「魔王の狙いは、ぼくたちを全滅させることじゃない。冷たい海に到着するまでに、ぼくたちの勢力をそ削ぎ落として弱らせることなんだよ――。渦王の軍勢は暖かい海にすむ生き物が多い。海の戦士だから、どんな海でも戦えるとは思うけど、それでも冷たい海に入ってしまえば、動きが鈍って思うように戦えなくなる。魔王は、きっとそこを一気にたたくつもりなんだ。敵はぼくらの行く手を何重にもふさいでいるだろう。一つ一つはそれほど大きな集団じゃなくても、それをいちいち正面突破していけば、こちらにも必ず死傷者が出て、数が減ってしまう。回避できる戦いはできるだけ回避して、勢力を温存すること――。一見臆病なようでも、これは大事なことなんだよ」

 クリスとザフは、ぐっと詰まりました。フルートの説明は理路整然としていて、反論の余地がなかったのです。

 

 そこへ、数匹のマイワシが戦車に泳ぎ寄ってきました。海の泡が弾けるような声と人のことばで話しかけてきます。

「見つけました、ゼン様、ギルマン様――! この海流と平行して流れる補流です!」

「幅は狭いのですが、流れはかなり急です。進軍に充分使えると思います」

「おう、よく見つけてくれたな。ありがとよ」

 とゼンが気さくに答えます。とたんに、海の中でイワシたちがくるりと輪を描きました。嬉しそうにひれや尾を震わせて元気に言います。

「こちらです、皆様!」

「我々イワシの群れがご案内します――!」

 すると、別の方向からはイワシより二回りも大きなサバたちがやってきました。まだら模様の体で弾丸のように戦車の周りを泳ぎ回って言います。

「報告! 進行方向の海流の中で待ち伏せている敵がいます!」

「バラクーダの群れです!巨大なやつばかりです!」

「バラクーダ?」

 思わず聞き返したフルートやゼンに、アルバが言います。

「別名オニカマス。歯が鋭くて、大きなものはサメにも劣らないほど凶暴だ。だが、このあたりの海に巨大なバラクーダはいないはずなんだが」

 フルートとゼンは顔を見合わせてうなずきました。間違いなく魔王の伏兵です。

「よし、バラクーダを避けて海流の補流に入る! ――今度は邪魔するんじゃねえぞ」

 とゼンが釘を刺したのは、クリスとザフでした。二人の少年はひどく不愉快そうな顔になりましたが、兄のアルバが即座に戦車の向きを変えたのを見ると、そのまま黙ってしまいました。ゼンもイワシの後について戦車の方向を変えます。渦王の軍勢がそれに従って行きます。

 海流の底のほうにイワシの群れがいました。何万という数です。流れの中で銀色の体をひらめかせ、渦を巻いて泳ぎながら待っていましたが、ゼンたちが軍勢を率いてくるのを見ると、いっせいに深みを目ざして泳ぎ出しました。

「こちらです――」

「補流はこっちですよ――」

 泡立つような魚たちの声が水の中を伝わってきます。

 

 クリスとザフはシードッグに乗って本流に留まっていました。渦王の軍勢が海を潜っていくのを、不満顔で見送っています。

「何が勇者だ。ただの腰抜けじゃないか。戦わないで避けてばかりいれば、絶対に負けるわけないんだからな!」

 とクリスが言えば、まったくだよ、とザフがうなずきます。

 彼らが実際の戦闘を知らないのは本当のことでした。これまでずっと海の底の海王の城で暮らしてきて、それ以外の場所へは行ったこともなかったのです。自分たちがどれほど世間知らずなのか、彼らはまだ自覚できずにいました。

 すると、そこへぶちのシードッグに乗ったペルラがやって来ました。やはりフルートたちの戦車から離れたのです。兄弟のところへ泳ぎ寄って言います。

「ねえ、このまま黙って行くつもり? 誇り高い海の王族が、敵を前にして何もしないで逃げるだなんて、そんなことあっていいの?」

「もちろん良くないさ」

 とクリスが即座に答え、ザフも行く手を見て言いました。

「海の戦士が敵を怖がって逃げるだなんて、とんでもないよね」

「バラクーダでしょう? そんなの、父上の城の周りにいくらでもいるわ。怖がるような魚じゃないわよ」

 ペルラがあおるように言い続けます。

 海王の三つ子たちはシードッグの上で顔を見合わせました。にやっと笑ってうなずき合います。

「よし!」

 三人を載せたシードッグは海流の中を泳ぎ出しました。行く先は渦王の軍勢が目ざす補流ではありません。バラクーダの集団が待ち伏せている本流のまっただ中でした――。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク