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第13巻「海の王の戦い」

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20.鏡の泉

 天空の国の真ん中にそびえるクレラ山。

 その頂上に造られた天空城には、一年中、あふれんばかりの花が咲いています。世界の空を飛び続ける天空の国は、魔法で守られているので、年中常春の気候で、花がとぎれる季節がないのです。

 天空城の中庭をルルが歩いていました。花の香りのそよ風がルルの上を吹きすぎて、長い毛を揺らしていきます。銀毛の混じった茶色の毛並みです。

 蔓バラのアーチをくぐると、生け垣に囲まれた中に美しい泉がありました。底からこんこんと水が湧き続けているのですが、水面は静かで、まるで鏡のように周囲の景色を映しています。普段から静かな天空城ですが、泉の畔(ほとり)は特に静かで、蜂や蝶の羽音さえ聞こえません。ここは鏡の泉と呼ばれる場所でした。澄み切った水面は、のぞく者に見たい景色を映し出してくれます――。

 

 その泉を囲む植え込みの間に、小柄な少女がいました。星のきらめく黒い衣を着て、赤い髪をお下げにしています。ポポロです。草の上にじかに座り込み、片手を岸について、じっと水面をのぞき続けています。

 ルルはポポロのそばまで行って話しかけました。

「どう? みんなは見えた?」

 ううん、とポポロは首を振りました。

「フルートたちは渦王の島にいるんですもの……。空と海は管轄が違うから、様子を見ることはできないわ。フルートたちがこっちを呼んでくれない限り……」

 しょんぼりとうつむいた少女の姿を、鏡の水面が映します。

 ルルは怒った声になりました。

「もう、こっちから呼べばいいじゃないの! ポポロなら、天空の国からだって、フルートたちのところへ声を届かせることができるでしょう? 心配して待ってるより、こっちから様子を聞いたほうが早いのよ!」

「そんな……用事もないのに呼んだりしたら、フルートたちが何かあったのかと心配するわ。天空王様のご用事だって、まだすんでいないんだもの……」

 勇者の仲間になってからもう三年が過ぎるのに、相変わらず引っ込み思案なポポロです。ルルはじれったくて、思わず地面を前足でひっかきました。八つ当たりぎみに言います。

「みんなもみんなよ! 元気だよ、の一言くらい言ってきたっていいじゃないの! 相変わらず全然気がきかないんだから!」

 渦王の島にいる仲間たちが気がかりなのはルルも同じです。もし魔法使いの声がルルにあれば、毎日だって、一日に何度だって、みんなの様子を尋ねているところです。

 すると、ポポロがほほえみました。

「大丈夫よ……。何かあったら、フルートたちは必ず呼んでくれるもの。何も言ってこないってことは、元気だってことなのよ」

「そうかしら!? 今までが今までよ! またあたしたちを呼び忘れているかもしれないわよ!」

 ルルがいつになくいらいらしているのは、どこかで虫の知らせがしているからなのかもしれません……。

 けれども、ポポロは言いました。

「ううん、大丈夫。心配ない――。フルートたちは、あたしたちが必要なときには必ず呼ぶわ。それだけは、絶対間違いないんだもの」

 しょげていた小さな少女が、急に強い声になっていました。ルルに向かって、にっこり笑って見せます。

 

 そこへ頭上から一羽の鳥が舞い下りてきました。全身を燃えるように輝く羽毛でおおわれたフェニックスです。羽音を立てて泉の畔に下り立つと、ポポロへ人のことばで話しかけます。

「長らく待たせた。天空王様がお呼びだ。城の中へ入るように」

「はい」

 ポポロはすぐ立ち上がると、フェニックスに丁寧にお辞儀をしてから、泉を離れました。バラのアーチをくぐって城へ向かいます。

 ルルは後に残りました。城の中まで入ることができるのは、天空王に招かれた者と貴族だけです。ルルはポポロについていくことができません。フェニックスも飛び去ると、ルルはひとりきりになりました。

 

 たった今までポポロが座っていた場所に腹ばいになって、ルルは溜息をつきました。なんだか妙に空っぽで淋しい気持ちがします。誰かに会いたくて、誰かと話したくて、そのくせ、この場所から動きたくなくて、自分でどうしていいのかわからなくなります。

 城のあるクレラ山の麓(ふもと)には花野と町があります。ポポロやルルの家はそこにあるし、家にはお父さんとお母さんがいます。それはわかっているのに、家に帰る気にはなれないのです。自分が会いたいのは、お父さんやお母さんではないような気がします。

 鏡のような泉の水面を見つめて、ルルはまた腹立たしくつぶやきました。

「もう……少しはこっちのことも気にしなさいよ。いつだって本当に何も言ってよこさないんだから」

 鏡の泉は海の様子を映すことができません。ルルが一番見たいものを見せてはくれないのです。

「馬鹿っ……ほんとに生意気!」

 犬の少女は頭を前足の上にのせると、涙をこぼしそうになった目をぎゅっとつぶりました――。

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