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第13巻「海の王の戦い」

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第7章 盤上の駒

19.小犬

 海域の敵が全滅して、戦闘は終わりました。海流の中に仕掛けられていた海草の罠も、アルバの魔法で残らず消滅しています。ゼンたちと渦王の軍勢は再び海流に戻って北上を始めました。

 海流に乗ってしまえば、あとは泳がなくても流れが勝手に彼らを運んでくれます。兵士たちは戦いの傷の手当てをして、それぞれに休息を取り始めました。重症の者はフルートのところへ連れてこられます。フルートが金の石を押し当てると、見る間に怪我が治って元気になります――。

 その様子を、海王の三つ子たちがシードッグの上から目を丸くして見ていました。

「すごい威力ね。父上の魔法よりずっと早く完璧に治ってるわよ」

「これがひとつあるだけで、軍隊は無敵になるな。いくら怪我をしたって平気なんだもの」

「勇者自身だってそうだ。あの石さえあれば怖いものなしだもんな。金の石の勇者ってのはずいぶん勇敢だと思ったけれど、なるほど、これなら納得だ」

 揶揄(やゆ)するような言い方をしているのはクリスでした。三つ子の中でも特に体が大きくて力自慢の彼は、小柄でおとなしげなフルートが金の石の勇者だということに、どうにも納得できずにいたのです。

 アルバが弟をたしなめました。

「失礼なことを言うんじゃない。彼はこれまで幾度も魔王と対決して退けてきたんだ。魔石ひとつくらいで切り抜けられるはずはないんだぞ」

 ふぅん、とクリスは言いましたが、やっぱり納得していない声です。

 ペルラとザフはゼンのほうに目を移していました。じろじろと眺めて遠慮もなく言います。

「ねえ、メール、あなたどういう趣味? これが婚約者だなんて信じられない。兄上のほうが断然ステキじゃないの」

「背は低いし、単純で頭は悪そうだし――言っちゃなんだけど、全然メールと釣り合ってないじゃないか。これならぼくのほうがまだましだな」

 なんだとぉ!? と顔色を変えたゼンをメールが抑えました。口の悪い従兄弟たちに言い返します。

「あんたたちはゼンのすごさを知らないんだよ。フルートのことだってそうさ。見た目で判断してると、後でびっくり仰天するから」

「へぇ? それじゃ、ぜひびっくりさせてもらいたいな。こんなのが金の石の勇者やメールの婚約者だなんて、肩すかしもいいところだからな」

 クリスがまたそんなことを言ったので、ゼンは怒って飛びかかろうとしました。メールがあわててそれを引き止めます。フルートのほうは、知らん顔で兵士たちの治療を続けています――。

 

 すると、突然戦車の中にペルラが飛び込んできました。フルートやポチ、兄のアルバが乗っている戦車です。魚の兵士に金の石を使っているフルートを、またつくづくと眺めて言います。

「ふぅん、よく見ると、ずいぶん綺麗な顔をしてるのね。まるで女の子みたい。たくましさにはちょっと欠けるけど、すごく優しそうだし、恋人にはけっこういいかも」

 フルートは思わずペルラを見ました。海の王女は背が高く、もう大人のように女性らしい体型をしていました。青い短い服の下からすらりと伸びた脚や、大きく開いた襟からのぞく丸い肩が白く光っています。肩から背中へ流れる髪は鮮やかな青、フルートをのぞき込む瞳も海の青です。綺麗な顔をフルートに寄せて、間近から、にっこりと笑いかけてきます。

 フルートは、ちょっと肩をすくめました。

「ありがとう。誉められたんだと思っておくよ」

 と言っただけで、また兵士たちの治療に戻ってしまいます。美少女に迫られても顔を赤らめることさえしません。

 ペルラのほうが、たちまち顔を真っ赤にしました。フルートを指さしながら、従姉妹に言います。

「ちょっとメール、なによこの子! あたしが目の前で笑って見せても、顔色も変えないだなんて!」

 三つ子たちの母は絶世の美女で知られる海の王妃です。ペルラはその母によく似ていたので、彼女にほほえまれると、誰もがうっとりと見とれました。こんな失礼な反応をする相手になど、会ったことがなかったのです。

 メールは苦笑して言いました。

「無駄だってば、ペルラ。フルートにはちゃんとかわいい彼女がいるんだからさ。いくら言い寄ったって、絶対によろめかないよ。それにフルートを『この子』って呼ぶのも正しくないよ。フルートはあたいと同い年。ペルラよりひとつ上なんだからさ」

 ええ!? と三つ子たちは驚いて騒ぎ出しました。小柄で子どもっぽく見えるフルートが、自分たちより年上だとは思っていなかったのです。

 彼らがどんなに騒いでも、フルートは知らん顔のままです。

 

 その時、フルートやペルラが乗っている戦車を小さな振動が揺らしました。外からまた生き物が飛び込んできたのです。白地に茶色のぶちの小犬でした。尻尾をいっぱいに振りながらペルラの足下にすり寄っていきます。

「あら、シィ。泳ぎ疲れたの?」

 と少女が小犬を抱き上げました。それはペルラを乗せていたシードッグでした。犬の姿に変わって戦車に下りてきたのです。

 ポチは目を丸くしました。

「ワン、シードッグって犬の格好にもなれるんですか? 風の犬みたいだ」

「同じよ。風の犬が風の首輪で変身するように、シードッグは海の首輪で変身するの。ほら、これよ――」

 とペルラが小犬の首輪を見せてくれました。青い糸を編んだ上に綺麗な透明の石がはめ込んであります。銀糸の輪に緑の風の石をはめ込んだポチの首輪にそっくりでした。

「シードッグのご先祖は、それこそ風の犬だっていう話よ。大昔の海王が魔法で海の犬に変えたんですって。ちゃんと話もできるわ」

 すると、ペルラの腕の中から小犬が言いました。

「こんにちは」

 かわいらしい少女の声です。ポチはぴん、と耳を立てると、尻尾を振りながら答えました。

「ワン、こんにちは。君、女の子だったんだ」

「ええ、そうよ。シィって言うの。あなたは?」

「ワン、ポチだよ」

 その様子にペルラが笑いました。

「あなたたちは気が合いそうね」

 ぶち犬は、下におろしてもらうと、すぐにポチに駆け寄りました。子犬のポチですが、シィはそれよりもうひとまわり小さな体をしていました。年もポチより少し幼いようで、甘えるようにポチに体をすり寄せてきます。

 

 その様子にゼンが腕組みしてうなりました。

「ルルがここにいなくて良かったぞ。あいつ、絶対怒りまくったに違いねえ」

「むしろ、ここにいたほうが良かったんじゃない?」

 とメールが心配そうに答えます。

 すっかり意気投合している犬たちに、フルートが驚いていました。仲間以外の相手とこんなに楽しそうに話すポチを見るのは、初めてだったのです。

 ペルラも犬たちを見ていましたが、やがて、ちらりとフルートへ目を向けました。何も言いませんが、どこか気にするような視線です。フルートが自分のほうをまったく見ていないことに気づくと、すぐにまた、つん、と顔をそらします。

 戦車と並んで泳ぐシードッグの上からは、二人の王子がフルートとゼンを見下ろしていました。こちらはにらみつけるようなまなざしです。戦車の中の少年たちより自分のほうが優れている、と考えているのが、はっきりわかります。

 そして、そんな少年少女たちを、アルバが眺めていました。穏やかそうに見えていても、刺激好きな海の民の血は争えません。この状況に面白がる顔をしています。

「さてさて――これからどうなっていくかな?」

 戦車の手綱を握りながら、未来の海王はつぶやきました。

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