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第13巻「海の王の戦い」

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18.奮戦

 鎧におおわれたような魚は海上にも姿を現していました。海草の中を自在に泳ぎ回り、シードッグたちに襲いかかります。透明な海草は黒い魚には絡みつきません。

「この!」

 クリスとザフがそれぞれ魔法で魚を撃退しました。そのたびに魚は沈んでいきますが、彼らが乗っているシードッグが海草に捕まっているので、じきに周りを囲まれてしまいます。

 そこへフルートが飛んできました。剣をふるって二頭のシードッグを解放します。

「早く! アルバのところへ行くんだ!」

 と叫び、シードッグを追って伸びてきた海草をまた切り払います。二人の少年は行く手の海草や魚を魔法で追い払いました。シードッグが海流を横切るように泳ぎ出します。

 

 一足早くアルバのところへたどり着いたペルラが歓声を上げました。

「兄上!」

 巨大なシードッグがアルバの戦車に並びます。

 とたんに、叱責する声が海上に響き渡りました。

「何故ここに来た、ペルラ!? 何をしに来たんだ!?」

 普段は穏やかな海の王子ですが、怒ると父の海王に似た激しさがあります。ひゃっとペルラは首をすくめました。

「だ……だって、渦王が魔王にさらわれたって聞いたから、あたしたちも参戦しようと思って……」

「おまえたちは我々が回避しようとしていた罠にまともに突っ込んだんだ! この戦闘はおまえたちが引き起こしたんだぞ!!」

 海の王子の怒りが突風を巻き起こしました。シードッグがよろめき、ペルラが悲鳴を上げて頭にしがみつきます。同じ風は離れた海上にいた少年たちにも届きました。やはりシードッグがよろめき、少年たちがあわててしがみつきます。

 その時、海中から黒い魚が飛び出してきました。しぶきを散らして高く跳ね上がり、ザフに食いついていきます。シードッグに顔を伏せていたザフは、敵に気づくのが一瞬遅れました。魔法が繰り出せません。

「ザフ!」

 とクリスが叫びます。

 

 すると、空中でいきなり炎が湧き起こりました。ザフに襲いかかった魚が、直前で火を吹いたのです。

 燃え上がる魚の上に、金の鎧兜の少年が乗ってました。黒い柄に赤い宝石をちりばめた剣を、魚に突き立てています。一度引き抜き、また深々と突き刺します。

 とたんに、魚は先より大きな火を吹きました。激しく燃え上がりながら海へ落ちていきます。金の鎧兜が炎に呑み込まれて見えなくなります。

「ワン、フルート!」

 ポチが急降下していきました。フルートはポチの背中からザフを襲った魚の上へ飛び下りたのです。

 ところが一瞬遅く、ポチの目の前でフルートは海に落ちていきました。海面に水柱が上がり、魚と一緒に沈んでいきます。そこへ、近くにいた黒い魚たちがいっせいに襲いかかりました。しぶきを上げながら群がり、水中へ追いかけていきます。

「フルート! フルート!!」

 ポチ呼び続けました。風の犬になったポチは海中に潜ることができません。不安に風の毛を逆立てながら海の上を旋回します。クリスとザフも顔色を変えて海面を見つめます。

 

 そこへ、ぽっかりと黒い魚が浮かんできました。白い腹を見せながら波間に漂い始めます。死んでいるのです。

 ポチや海の王子たちが驚いていると、周囲に次々と魚が浮き上がってきました。やはりどれも死んで動かなくなっています。魚の体に刀傷がないのを見て、ポチは首をひねりました。フルートのしわざではないようです……。

 すると、ざばぁっと音をたてて大きなものが海中から現れました。マグロと三匹のカジキが引く戦車です。水が海面へこぼれ落ちていく車体の上に、ゼンとメール、そしてフルートが乗っていました。

 手綱を握るゼンが、フルートをどなりつけていました。

「どうしておまえが上から降ってくるんだよ!? また無茶なことやりやがったな。俺が駆けつけなかったらどうするつもりだったんだ!」

 フルートは穏やかに笑い返しました。

「ありがとう、ゼン。海中では炎の剣は威力が半減するからね。助かったよ」

「助かったよ、じゃねえ! ったく、相変わらず危なっかしい戦い方しやがるヤツだな! もっと防御ってのを考えろ、防御ってのを!」

 ゼンは文句を言い通しでした。海中に落ちたフルートは十数匹の魚に襲いかかられていたのです。ゼンが駆けつけて撃退しなければ、間違いなく負傷したところでした。腕や足を魚に持って行かれたかもしれません……。

 

 アルバが戦車で駆けつけてきました。ペルラがシードッグでついてきます。シードッグに乗ったクリスとザフ、風の犬のポチもやって来ます。

 メールがあきれ顔で言いました。

「ペルラ。それにクリスもザフも。どうしてあたいたちがここにいるってわかったのさ。いくらあんたたちでも危険だよ。なにしろ魔王から父上を助け出しに行くんだからさ」

「だからだよ! ぼくたちも叔父上を助けようと思ったんだ!」

「そ、そりゃ、罠に気がつかなかったのは失敗だったけど――」

 兄からじろりとにらまれて、三つ子たちは小さくなりました。普段は温厚な兄ですが、怒るととんでもなく怖いことを、三人ともよく承知していたのです。

 やれやれ、とゼンは肩をすくめると、仲間たちに言いました。

「海の戦士はさすがに強いぜ。最初こそ敵に混乱させられたけどな、今は四、五人がかりで一匹を囲んで倒してるから、もう心配ねえ。ただ、まだ海草の中に隠れている魚がずいぶんいるんだ。やられそうになると逃げ込んでいくヤツもいる。あれを全部退治するにはだいぶかかりそうだぞ」

 すると、フルートが言いました。

「それでも、倒さなくちゃいけないんだよ。あの魚を逃がすと、きっと魔王にぼくらのことを知らせに行くからね。こっちは海王の守りの魔法で魔王から見えなくなっているけど、直接ぼくたちを見た奴らに魔王に報告されたら、もう隠れられなくなるんだ。絶対に妨害される」

 余計な戦いは起こさない、戦うときには徹底的に。出陣の時にフルートが兵たちに言っていたのは、こういうことだったのです。

 

 それを聞いて、アルバが言いました。

「君たちのおかげでクリスとザフとペルラは罠から脱出した。あの海流に味方はいないから、一網打尽といこう」

 穏やかな声ですが、その奥に熱い響きを聞き取って、フルートとゼンは思わずアルバを見ました。海の王子は、青い口ひげの下で薄笑いを浮かべています。ゼンは顔をしかめました。

「てめえ、戦いを楽しんでやがるな?」

「当然。ぼくは海の民だ。生まれながらの戦士だからね」

 とアルバが答え、笑顔のまま戦車の手綱を放すと、両手を高くかざして空へ呼びかけました。

「海と空に宿る水の力――来たれ! 海流に巣くう敵どもを消し去るんだ!」

 出し抜けに海上に強い風が吹き出しました。空が見る間に暗くなり、厚い雲におおわれていきます。渦巻く黒雲の間で、ぴかり、ぴかりと光り出したのは稲妻です。

 荒れ始めた海の上で、フルートたちはあわてて戦車につかまりました。ポチが犬の姿に戻って戦車に飛び込みます。空から大粒の雨が落ちてきたからです。次の瞬間には土砂降りになります。

 吹き荒れる風と雨の中で、海の王子は一声叫びました。

「消滅!」

 とたんに上空の雲から巨大な稲妻が降ってきました。どどどどーん、と海面を直撃して、轟音を響かせます。大波が走って海が揺れに揺れ、白い水蒸気が湧き起こって、何も見えなくなります。

 

 やがて、強い風が吹いてきて、霧と雲を押し流していきました。雨がやみ、空からまた日差しが降ってきて、海面が青く輝き出します。

 稲妻が落ちた場所へ目を向けて、一同は、あっと驚きました。数え切れないほどの黒い魚が、海中から次々に浮き上がっていたのです。白い腹を見せながら海流に運ばれていきます。

 同じ海流の上にはきらきらと光るものもありました。こちらは例の海草です。魔法の稲妻で根元からちぎれ、魚の死体と一緒に押し流されていきます。アルバは稲妻の魔法で海流の中の魚も海草も全滅させてしまったのでした。しかも、味方の兵はまったく傷つけていません。

 穏やかな顔に満足そうな表情を浮かべているアルバに、ゼンは言いました。

「すげえな、おい……。さすがは未来の海王だ」

 すると、アルバは微笑したまま答えました。

「これと同じくらいの力を、君だって持っているんだよ、ゼン。海王と渦王の魔力はまったく同等なんだから」

 ゼンは目を丸くすると、すぐに口を尖らせました。

「よせやい……。それって、絶対に何かの間違いだぞ」

 いくら探しても、ゼンの中に魔力は見つかりません。魔法などこれっぽっちも使えないのですから、ゼンとしては、そう言うしかないのでした。

 

 そこへ、海中からギルマンが浮いて来ました。全員の無事な姿に安堵して言います。

「海中の敵は兵たちが残らず倒したぞ。我々の勝利だ」

 おぉぉぉーっ、と海中から声が上がっていました。青い空にまで響き渡ります。それは、海の戦士たちがいっせいに上げた勝利の鬨の声でした――。

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