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第13巻「海の王の戦い」

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17.鎧(よろい)の魚

 海流の中で見えない海草に絡みつかれていたのは、海王の三つ子たちでした。彼らが乗るシードッグがもがくたびに、その周囲でフクロモが弾け続けます。ぼん、ぼん、と海中に震動が伝わっていきます。

 フルートが顔色を変えました。

「あれは警鐘だ! 侵入者を知らせているんだ! 敵が来るぞ!」

 ちっくしょう! とゼンはわめき、大声で命令を下しました。

「準備しろ! 戦闘になるぞ!!」

 伝令の魚たちが海面ではね、猛烈な勢いで潜っていきます。海中の軍勢に知らせに行ったのです。

 アルバはもう戦車を海流へ走らせていました。片手で手綱を握りながら、もう一方の手を前方に向けます。

「はっ!」

 気合いと共に魔法の光が飛び、海面でもがく三頭のシードッグを照らしました。巨大な水しぶきがその周囲で上がります。

 とたんに、シードッグたちは空中に身を躍らせました。魚の尾をひらめかせて水しぶきを越えます。絡みついていた海草が一瞬で消えたのです。

「兄上――!!」

 と歓声が響きます。

 フルートたちにも、海の犬の上に乗った三つ子たちが見えるようになっていました。長い髪の美しい少女と、たくましい体つきの少年、それに背が高くて痩せた少年です。全員が海の民の青い髪をしています。

 

 シードッグが着水して泳ぎ出しました。海流から抜け出そうとします。

 ところが、その周囲でまだフクロモは破裂し続けていました。また透明な海草が絡みついてきます。海草は、まるで細い長い糸のようでした。あっという間にまた迫ってきて、シードッグの尾や体を捕まえます。

「もう! いい加減にしなさいよ!」

 ペルラが金切り声を上げて手を海面に向けました。魔法の光の中で海草がちぎれて消えます。ところが、すぐにまた海中から海草が伸びてくるのです。日差しにかすかにきらめきながら、またシードッグに絡まってきます。

「抜け出せ! 早く!」

 とクリスが叫んでいましたが、そう言う彼自身がまた海草に捕まっていました。

「これは魔法の海草だよ! こんなもの、今まで見たことがない――!」

 とザフも言いました。さっきから海の魔法を何度も使っているのに、いっこうに海草を撃退できないのです。

 そんな彼らをまぶしい青い光が照らしました。周囲でまた大きな水しぶきが上がり、絡まる海草を消し去ります。アルバの海の魔法でした。さすがに未来の海王だけあって、魔力の強さは桁外れです。

「こっちへ来るんだ! 早く!」

 とアルバが妹弟たちに呼びかけていました。その隣で、ポチは音をたてて巨大な風の獣に変身しました。背中にフルートを乗せて戦車から海上へ飛び出します。

「急げ! 敵が来るぞ!」

 とゼンがどなっていました。戦車の手綱をメールに渡して、自分はもうエルフの弓矢を準備しています。

 

 ポチは三つ子たちの上まで飛んでいきました。巨大な海の犬がまた海草に捕らえられていました。いくら消しても、すぐにまた伸びてきて、犬の毛並みに絡みつくのです。キャンキャン、と犬の悲鳴が響きます。

 ワン! とポチは大きくほえました。風の犬のポチは、体の長さも大きさも海の犬たちをしのいでいます。たちまち海の犬たちがおとなしくなります。

「ワン、静かにするように言ったんです。敵に聞きつけられるし、こっちの声が聞こえなくなるから」

「ありがとう」

 とフルートは言い、ポチの背中から声を張り上げました。

「暴れないで! 今、そこから脱出させてあげるから!」

 シードッグの首の上で、三つ子たちが驚いて空を見上げていました。クリスが尋ねます。

「君は誰だ!? 君がメールの婚約者か!?」

「違う。ぼくは金の石の勇者だ」

 とフルートが答えると、君が!? と三つ子たちはいっせいに驚きました。フルートが予想外に小柄で幼く見えたからです。

 けれども、フルートはそんなことにはかまわず、鎧の中からペンダントを引き出しました。魔石を海上に向けて叫びます。

「光れ!」

 まぶしい金の光がほとばしって、海の上を照らします――。

 

 ところが海草は消えませんでした。日の光にかすかに光りながら、ざわざわとシードッグたちを捉えていきます。三つ子たちがまた金切り声を上げました。

「やだぁっ! ちょっと、来ないでよ!」

 海草が彼らの足下まで迫ってきたのです。

 フルートは驚きました。

「この海草は闇に属してないんだ」

「ワン、死の海の大藻海(だいそうかい)みたいに見えるのに。闇でなければ金の石じゃ消せないですね」

「しかたない。力ずくだ」

 フルートは背中から剣を引き抜きました。炎の剣ではなく、火の魔力のないロングソードのほうです。両手で構えながら言います。

「行け、ポチ!」

「ワン!」

 ポチは空から急降下しました。海面ぎりぎりまで舞い下りて、シードッグのすぐ脇を飛びすぎていきます。フルートは剣を鋭く振り上げました。風の速度に乗った刃が、透き通った海草の束を断ち切り、ペルラのシードッグが自由を取り戻します。

「今のうちだ、ペルラ! 早く来るんだ!」

 アルバが海上の戦車から魔法を繰り出し続けていました。海草が消えた海を、ペルラのシードッグが急いで渡っていきます。

 フルートは同じようにクリスやザフのシードッグも解放していきました。海草は長くてべたべたしているのですが、剣で切れないわけではなかったのです。

 すると、ゼンが戦車で駆けつけてきました。弓矢を構えたままどなります。

「気をつけろ、フルート! 敵だ!」

 海中から突然、わぁっと声が湧き起こりました。近くの海上に浮いていたギルマンが、驚いて潜っていきます。

 

 海中には透き通った長い海草がびっしりと生い茂って、海流に大きくなびいていました。その根元のほうから海の上に向かって、泳ぎ出てくるものがありました。全身黒い鎧におおわれたような魚の大群です。一匹一匹がサメほどの大きさをしています。

「来るぞ!」

 海中で待機していた海の戦士たちは、即座に戦闘態勢に入りました。武器を持っている者は武器を構え、武器を持てない魚たちは防具をつけた体で身構えます。魚の戦士たちの防具には、体当たりで相手にダメージを与えられるように、トゲや針が取り付けられているのです。

 黒い魚たちが透明な海草の間から泳ぎ出てきました。強い海流をあっという間に横切って、戦士たちに襲いかかってきます。

 ギルマンは猛スピードで泳ぎ出しました。海中を十数メートルも潜ったところで向きを変え、黒い三つ叉の矛を構えます。これはかつて彼が渦王を命がけで守った褒美として、渦王から直々にいただいた武器でした。渦王の矛と同じように魔法の力を持ち、突き刺したものに毒を流し込みます。それでひと突きすると、矛は魚の体を突き破りました。魚がのたうち、黒っぽい血を流しながら海底に沈んでいきます……。

 

 けれども、他の戦士たちはギルマンほど簡単には敵を倒せませんでした。槍や銛で突き、とげの突いた防具で正面から体当たりするのですが、鎧のように丈夫な体に阻まれて攻撃が当たらないのです。何度も攻撃を試みていると、突然敵が身をひるがえしました。鋭い歯の並ぶ口が、魚の戦士たちを何匹も食い殺してしまいます。

 ギルマンはすぐにそちらへ泳いでいきました。海の矛で敵を倒します。ギルマンの行く先では敵が死んでいきますが、戦いは海域中に広がっていました。敵の魚は、それこそ何千という数だったのです。たちまち海は乱戦に陥っていきます。

 すると、海の中に声が響き渡りました。

「落ち着け、馬鹿野郎! 敵よりおまえらのほうが数が多いだろうが! まとまってかかれ! 絶対に逃がすなよ!」

 ゼンでした。海中でも弓矢を構えたまま、メールが操る戦車の上からどなっています。海中で戦いが起きたのを見とって、潜ってきたのです。

 そこへ敵が襲いかかってきました。ゼンよりはるかに大きな黒い魚です。ゼンはあわてず待ちかまえて、至近距離から矢を放ちました。矢が魚の片目に突き刺さり、魚が身をくねらせて離れます。

「やっぱり海中で矢は不向きか。水で勢いを殺されちまうな」

 とゼンは舌打ちしました。海上ならば敵の頭を貫いて即死させられる距離だったのです。

 すると、ギルマンが言いました。

「ゼン、渦王様の戦車には海の剣が積んであるはずだ! それを使え!」

 ギルマン自身は数匹の敵を同時に相手にして戦っています。

 ふん、とゼンは口元を歪めて笑いました。

「んなもん取りに戻ってたら、間に合わねえだろうが。俺にはこれで充分だ」

 握りしめたのは、自分の右の拳です。弓を背中に戻してメールに命じます。

「このまま突っ込め! あの馬鹿でっかいヤツのところだ!」

 ひときわ大きな黒い魚が、取り囲む海の戦士相手に大暴れしていました。鋭い牙がひらめくたびに、海の戦士たちが食い殺されます――。

 メールはすぐさま戦車を走らせました。マグロと三匹のカジキたちが黒い魚へ突進していきます。魚のほうでも迫ってくる戦車に気がつきました。向きを変えて襲いかかってきます。

 その尖った鼻面をゼンは拳で殴り飛ばしました。魚が大きく吹き飛び、反動で戦車も後ろへ飛ばされました。マグロやカジキたちも一緒です。メールは戦車の中にたたきつけられて悲鳴を上げました。思わず手綱を放してしまいます。

 けれども、ゼンは倒れませんでした。はげしく揺れ動く戦車につかまったまま、敵をにらみ続けています。

 魚が身をひるがえしました。サメのような口を開けてまた襲いかかってきます。狙いは自分を殴り飛ばしたゼンです。

 ゼンがまた拳を繰り出しました。魚が再び十数メートルも吹き飛び、そのまま腹を上にして海面に浮いていきます。ゼンは巨大な魚を素手で殴り殺してしまったのです。

「へっ。俺を食おうだなんて、百万年早いぜ」

 ゼンは鼻で笑うと、戦車を落ち着かせるために手綱を取り上げました――。

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