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第13巻「海の王の戦い」

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第6章 罠

16.罠(わな)

 海を太陽が照らしていました。

 明るい日差しですが、目のくらむような強烈さはありません。すでに熱帯の海域ではなくなっていたのです。

 海流は海を流れ続けていました。空から見てもその場所はわかります。周囲とはわずかに色の違った海面が、流れの筋模様を描きながら北の方角へ動いています。

 海上を二羽の海鳥が飛んでいました。カラスほどの大きさをした、オオミズナギドリという鳥で、細長い翼を青空に広げています。空中で身をひるがえすと、白い腹が日差しに光ります。

 二羽の鳥は頭をせわしなく動かしながら海上を見ていましたが、やがて海面に何かを見つけて話し出しました。

「おい、あれはなんだろう。クラゲかな?」

「クラゲ? こんな流れの急な場所に?」

 人のことばです。この鳥たちは海の軍勢の斥候でした。

 海面には黒っぽい物体がいくつも浮いていました。丸い形をしていて、海流に激しくもまれています。鳥たちは首をかしげました。

「妙だな。海流の上に浮いているのに、あの場所から全然動かないぞ。クラゲがあんなふうに泳げるなんて話は聞いたことがない」

「近づいてみよう」

 

 そばまで舞い下りてみると、それはクラゲではなく海草でした。中に空気が入った風船のような形をしていて、直径が五十センチ以上もあります。

「フクロモだな。だが大きい」

「やっぱり妙だ。どうしてこんなところに留まっていられるんだ? 流れがぶつかり合う潮の目でもないのに」

 鳥たちはあたりの海上へまた目をやりました。よく見れば、その海域には何百というフクロモが浮いていました。どれも海流にもまれて激しく揺れていますが、押し流されていくことはありません。

「潜って調べてみるか?」

 と一羽が言ったので、もう一羽が答えました。

「まずは報告しよう。何か変わったことがあればすぐに知らせろと言われているからな」

 二羽の海鳥はすぐに身をひるがえして引き返していきました。海面に顔を出していた斥候の魚を見つけて舞い下り、不思議な海草について伝えます――

 

「海流の上に浮いたまま動かない海草?」

 斥候から戻った魚の報告を聞いて、フルートたちは驚きました。海流の中を進む戦車の上です。彼らはもう、冷たい海へ向かう最後の海流に乗っていました。海鳥たちが海草を見つけた場所より、もう少し手前の地点です。

 フルートはアルバに尋ねました。

「どうなんでしょう? 広い海には、高速で流れる海流の上でも動かずにいられるような海草もあるんですか?」

「海底から生えているのであればね。だが、フクロモは無理だろう。海底で育つんだが、大きくなると海底を離れて、あとは流れのままに遠く運ばれていくんだ」

 と海の王子が答えます。

「ワン、不自然ですね。それが動かずにいるだなんて。近づかないほうがいい気がするな」

「でも、何百もの数じゃ、よけて通り過ぎるのも難しいよ。こっちは二万を超す大軍だ。必ず引っかかる」

 ポチとフルートが話し合うのを聞いて、隣の戦車からメールが言いました。

「なに悩んでるのさ? それって海の上に浮いてるだけなんだろ? あたいたちは海中を進んでるんだから、海面にさえ近づかなかったら大丈夫じゃないか」

「馬鹿、そう簡単にいくかよ。それが魔王の罠だったら、海中だって危ないんだぞ」

 とゼンがあきれたように言ったので、メールはむっとしました。

「馬鹿とはなにさ! どうして海中も危ないってわかるわけ!?」

「罠を仕掛けるときの常識だからだよ。罠ってのは獲物の通り道に置くものなんだ。俺たちは海中を進んでる。海上だけに罠を仕掛けて、海中に仕掛けてないはずはねえんだ――。行く手を確かめたほうがいいな。偵察部隊を出すぞ」

「うん、ぼくもそう思う。安全が確認できるまで、みんな、ここから動かないほうがいい」

 とフルートが言ったので、ゼンは即座に伝令の魚を呼び寄せました。全軍停止と偵察を命じます――。

 

 行く手を調べに行った偵察部隊が戻ってきたのは、それから一時間ほど後のことでした。十数匹のカツオの群れが戦車のすぐそばまでやって来て言います。

「報告します。この先の海流には、かなりの範囲にわたって海草が生い茂っていました」

「海底から海面近くまで伸びている、とても長い海草です。例のフクロモは、その先端に絡まっていました。それで海流の中でも流されずにいたのです」

「とても奇妙な海草です。全体が透き通っていて、海中ではほとんど目に見えないのです。すぐそばまで行って、やっと気がつくことができました」

「海底から海面近くまで伸びる海草だって!? そんな馬鹿な!」

 とアルバが声を上げました。

「このあたりは海底までの深さが三千メートル以上ある場所だぞ! そんなに丈が長くなる海草なんて、いくらなんでもありえない!」

 すると、偵察兵のカツオが答えました。

「海底の様子は深海魚に調べに行かせました。びっしりと海草が生い茂っていて、中に入り込むこともできないほどだったそうです」

「入り込まなくて良かったよ。間違いなく魔王の罠だ」

 とフルートが言い、ゼンもうなずきました。

「だな。目に見えない海草か。魔王のヤツ、それで俺たちを引っかけるつもりだったな」

「回避した方がいい、ゼン。一度海流の外に出よう。その分、少し進軍は遅れるけれど、罠にかかるわけにはいかないからね」

「わかった。――ギルマンを呼んでくれ。迂回するぞ」

 とゼンがまた伝令の魚に命じます。司令官役のゼンと軍師役のフルート。さすがに息はぴったりです。

 

 やがて、軍勢は海流を抜け出して、流れのない海を泳ぎ出しました。海流は海の中でも肉眼で見ることができます。黒みを帯びた水が先へ流れていくのを横目で見ながら、静かな海中を進んで行きます。

 軍勢が海流を抜け出していく様子を、半魚人のギルマンが見守っていました。皆、粛然と行動していて、ゼンの命令に背くような兵はありません。彼らが渦王の島を出発してから、すでに三日が過ぎていました。飾り気がなく誰にもわけへだてをしないゼンは、渦王の兵たちからすっかり信頼されるようになっていたのです。

 最後尾を行く戦車部隊が完全に海流から抜け出すと、ギルマンは満足げにうなずきました。部隊を追って泳ぎながら、そっとひとりごとを言います。

「ゼンが新しい渦王か。確かに、面白いかもしれないな」

 そのゼンは、フルートたちと戦車を並べて、軍勢の先頭を進んでいます――。

 

 その時、ギルマンは背後に妙な気配を感じました。

 ざわざわと何かがいっせいにうごめきだした気がします。ギルマンは振り向き、海中に目を凝らしました。海流は相変わらず激しく流れ続けています。見た目では、何も変わりがないように思えるのですが……。

 すると、海面のほうから、突然、ぼん、と何かが弾けるような音が響きました。震動が海中に伝わってきます。ギルマンが驚いていると、また、ぼん、ぼん、と聞こえてきました。腹に響く震動が続きます。

 ギルマンはすぐさま上へ向かいました。海面に顔を出すと、行く手の海面に二台の戦車も浮上していました。ゼンとメール、そして、フルートとポチとアルバが、驚いた顔で音のした方を見ています。

 海流が走る海面で、フクロモが次々に破裂していました。ぼん、と弾けるたびに水面で水しぶきが上がります。幅広い海流の中、しぶきは一カ所で上がっています。

「あそこに誰かいるんだ!」

 とフルートが叫びました。

「誰だ、言うことを聞かねえで勝手に突っ込みやがったのは!?」

 とゼンもわめきます。フクロモは海底から伸びる見えない海草につながっています。そこに誰かが飛び込んで絡まり、脱出しようともがく動きで、海面のフクロモが破裂しているのでした。

 そんな馬鹿な! とギルマンは考えました。彼は最後の兵が海流を離れるまでしっかり見届けたのです。命令違反をした者がいるはずはありません。

 

 すると、大きなしぶきを立てて、何かが海中から姿を現しました。ウォンオンオン! と犬の声が響きます。それがたちまち二つ、三つと増えていきます。

「シードッグ!?」

 とメールが驚いて声を上げました。海面に現れたのは、大きな三頭の犬だったのです。灰色、黒、ぶちの犬の頭が、しぶきの中に見え隠れしています。しぶきをはね上げているのは、巨大な魚の尻尾です。

 同時に人の声も聞こえてきました。

「もう! なんなのよ、これ!? 全然離れないじゃない!」

「どんどん絡みついてくる! ただの海草じゃないぞ!」

「切っても切っても離れないよ!」

 少女と少年の声です。

 とたんに、アルバが叫びました。

「ペルラ、クリス、ザフ――!!」

「なんであんたたちがここにいるのさ!?」

 とメールも言います。

 海流の中で見えない海草に捉えられてもがいていたのは、海王の末の三つ子たちだったのでした――。

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