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第13巻「海の王の戦い」

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14.海流

 数時間後、海の軍勢は予定の海流に乗りました。広い海を川のように流れていく海流に入ると、泳がなくても自然に運ばれていきます。兵士たちは海流の中で休息を取り、食事を始めました。

 先頭にいるフルートたちにも食事が運ばれてきました。海の中を進軍しながら手軽に食べられる携帯食です。手のひらくらいの大きさで、厚さ二センチほどの楕円形をしています。生肉よりもっと柔らかい感触で、色は薄緑色、口にすると簡単にかみ切れて、強い海の香りが広がります。

 それをもぐもぐやりながら、ゼンが言いました。

「前回遠征したときにもこれを食ったけどよ、これってどうやって作ってるんだ? 材料は何なんだよ?」

 すると、座って食事をしていたアルバが答えました。

「魚の肉と海草が主な材料だよ。少量で力になるように、その他にもいろいろ混ぜてあるけれどね。海の戦士たちが昔から食べ続けてきた携帯食さ」

 海の王子の彼も、他の兵士たちとまったく同じものを食べていました。戦車を引く魚たちにも、同じ携帯食が配られていきます。

 うん? とゼンは首をひねりました。

「海の戦士が昔から食べてきた? だが、これ、火を通して作ってるよな? 生じゃねえ。変じゃねえか。島の上にある渦王の城ならともかく、海王の城は海底にあるんだ。そんなところで火を焚くわけにはいかねえだろう。海王の城ではどうやって作ってるんだよ――?」

 ゼンは猟師ですが、料理人としての腕前もなかなかです。食べることには非常に好奇心が強いのでした。

 アルバは笑いました。

「面白いことに関心を持つんだな……。確かに、ぼくたち海の民は熱を加えて料理したものを食べるよ。半魚人たちは生の魚が主食だけれど、ぼくたちはめったに生では食べない。海には海底から熱い海水が噴き出してくる場所があるから、それを利用して調理するんだ。魔法を使うこともある。魔法の道具もね。……大昔、ぼくたち海の民は、君たちのように陸上で暮らしていた。その後、海で暮らすようになったんだけど、調理したものを食べるのは、その頃の名残だと言われているよ」

 へぇ、とフルートやポチは改めて携帯食を眺めました。食べ物ひとつをみても、種族によって違いや歴史があるものだと考えます。

 

 食事を終えると、後はすることがありませんでした。作戦会議を開きたいところでしたが、敵がどこにどんなふうにいるのかわからない状況では、作戦を立てることもできません。

 彼らはとりあえず、自分たちにできる最善のことをすることにしました。――寝たのです。疲れた状態では、いざ戦闘が始まった時に充分戦うことができません。休めるときにしっかり休んでおくのは、戦士としての大事な務めでした。海中を走り続ける戦車の中に横になります。

 彼らの後ろに続く兵士たちも、それぞれに睡眠を取り始めていました。魚も半魚人も海の民も、泳ぎながら器用に眠ります。そんな軍勢を海流が運んでいきます。

 目を閉じると、ごうごうという音が耳を突きました。海流が流れていく音です。風の音のように彼らを包みます。

 まるで偏西風に乗って空を飛んだときみたいだ、とフルートは考えました。黄泉の門の戦いの時、ポチとフルートは東のシェンラン山脈を目ざして、上空を吹く強い風に乗ったのです。空と海。場所はまったく違うのに、何故だかとても似ているような気がします。空では風が、海では水が、大きなエネルギーをもって世界を駆けめぐっているのです……。

 寝入りばな、フルートは夢を見ました。世界の空を飛び続ける魔法の国が現れます。そこには緑の宝石のような瞳の少女がいました。赤い髪をお下げに結い、星がきらめく黒い服を着ています。

 すると、少女がほほえみました。

「気をつけてね、フルート……」

 優しい声が話しかけてきます。

 フルートは笑顔でうなずき返し――そのまま、夢も見ない深い眠りへ落ちていきました。

 

 もう一台の戦車の中では、ゼンとメールがまだ起きていました。戦車の中に横になったまま、目を開けて海を眺めています。勢いよく流れていく水の上の方が赤く染まっていました。

「夕暮れだね。空が夕焼けになってるんだ」

 とメールが言いました。一日が終わろうとしていたのです。

 ゼンは頭の下で手を組んでそれを見上げていましたが、やがて、メールに目を移しました。

「どうだ? 疲れてねえか?」

 メールは笑い出しました。

「ホントにゼンは心配性なんだから……。もう大丈夫だって言ってるじゃないのさ。ここは海の中だよ。海はあたいに力をくれるんだから」

 ゼンは苦笑して、バラ色に輝くメールの頬を撫でました。

「本当に、おまえは海の民なんだな……。森の色の髪をしてたって、おまえはやっぱり海に生きるヤツなんだ」

 メールは首をかしげました。何を当たり前なことを言ってるのさ、と考えているのが表情からわかります。ゼンはまた苦笑すると、メールを脇に抱き寄せました。驚いて抵抗する彼女に言います。

「よかったな、元気になって。安心したぜ」

「ゼン」

 メールはたちまち真っ赤になりました。ゼンはそれ以上はもう何も言いません。抱き寄せる腕から優しさだけが伝わってきます。

 メールは少しためらい、併走する戦車からこちらが見えないのを確かめてから、そっとゼンににじり寄りました。寝るために、うろこの兜は外していました。緑の髪の頭を太い腕に載せると、今度はゼンが真っ赤になります――。

 

 やがてメールはゼンの腕を枕にしたまま眠ってしまいました。海の中でも規則正しい寝息が聞こえてきます。

 しばらくそれに耳を傾けてから、ゼンはまた上を見ました。夕焼けは終わって、海の上に夜が訪れているようでした。海の中がどんどん暗くなっていきます……。

「俺が渦王か」

 とゼンはつぶやきました。眠ってしまったメールには聞こえません。

 ゼンは溜息をつきました。渦王の力が受け渡されたと言われても、自分の中にそんなものはまったく感じられません。何かの間違いなんじゃないか、という気がします。海の魔力はドワーフには留まらないのかもしれません。あるいは、海の民ではない者には、海の魔法は発動させられないのかもしれません……。

 メールはゼンの腕で安心しきって眠っていました。ゼンは父上を助けてくれるよね、いつだって約束を守るんだから、と言い切ったメールの声を思い出して、ゼンは小さく笑いました。また海の上へ目を向けます。

「どうだって――とにかく、やるっきゃねえよなぁ」

 そうひとりごとを言って、ゼンは目を閉じました。そのまま、あっという間に眠ってしまいます。

 

 海は暗くなりました。水の天井のむこうに、もう夕映えの色は見えません。

 夜の色に染まった海流の中を、光りながら軍勢と共に泳ぐものがありました。イカの大群です。尖った流線型の体を青白く輝かせて、あたりをほのかに照らします。それは夜の海の道しるべでした。

 風のような音をたてながら、海流は海の戦士たちや戦車を運び続けていました――。

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