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第13巻「海の王の戦い」

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第5章 海流

13.海中

 戦車が海中に沈むと、激しい流れがフルートたちに襲いかかってきました。サメやマグロたちは飛ぶような速さで戦車を引いています。それと同じ速度で海水が行く手から押し寄せてくるのです。フルートは流れに巻き込まれないように、戦車の縁にしがみつきました。ポチは実際に押し流されてしまって、戦車の奥の壁でなんとか止まりました。そのままそこから動けなくなってしまいます。魚たちが速度を上げると、流れはますます激しくなります――。

 すると、その流れが突然和らぎました。戦車は相変わらず飛ぶように進んでいますが、フルートたちにぶつかってくる水の力が弱まったのです。戦車につかまらなくても自由に動けるようになります。驚くフルートたちのすぐ脇で、海の王子のアルバが片手を上げていました。

「水の抵抗を減らす魔法をかけてあげたよ。ぼくたち海の民は生まれつき水の抵抗を受けにくい体になっているけれど、陸上に住む君たちはそうじゃないからね。これで動きやすくなったと思うよ」

「ワン、そういえば、謎の海の戦いの時にも、泉の長老に同じ魔法をかけてもらいましたね」

 とポチが言いました。流れに飛ばされなくなったので、戦車の前のほうにまた駆け戻ってきます。

 

 すると、並んで海を走る戦車からゼンが呼びかけてきました。

「おい――その魔法、こっちにもかけてくれよ――!」

 ゼンは激しい流れをまともに食らっていました。背中を丸めて前屈みになり、強風から顔をそらすように顔を横向けて、戦車の手綱を握りしめています。その後ろでは、はおっているマントがちぎれそうなほど大きくはためいていました。

 アルバがあきれた顔をしました。

「君は渦王だろう、ゼン。自分の魔法を使えばいい」

「ばっか野郎――!」

 とゼンはどなり返しました。激流が顔に当たって鼻や口に入り込んでくるので、声はとぎれがちです。

「んなこと――できるか! 海の魔法なんて――全然わかんねえよ――! いいから、早く、こっちにも魔法をかけろ! これじゃ――何もできねえ――」

 アルバは首をひねりながら片手をゼンへ向けました。はためいていたゼンのマントがたちまち落ち着いて、静かになびくだけになります。水の抵抗が減ったのです。

 ようやくまっすぐ立てるようになって、ゼンは大きく息を吐きました。

「やれやれ、これでやっと普通にいられるようになったぜ――。ったく、まるで全速力の風の犬に乗ってるみたいだったぞ」

 その隣で、メールがゼンをつくづく眺めていました。

「ねえさぁ、ゼンったら、本当に父上の力を受けとったのかい? なんか、今までと全然変わらないように見えるんだけど」

「知るか。俺は最初から、海の力なんか感じられねえって言ってるんだ。確かに渦王は俺に海の魔力を渡したって言ったけどよ、そんなもん、俺の中を素通りしていっちまった気がするもんな」

「でも、父上も君の中に渦王の力があると言っていたからね。間違いはないだろう。きっと、使い方がわからずにいるんだな」

 とアルバが言いました。

「ワン、海の王の知恵はゼンにはまだ引き渡されてなかったですからね。もっとも、渦王はそれをフルートのほうに渡そうとしてたんだけど」

 と子犬が言ったので、今度はフルートが溜息をつきました。

「あの時は、とんでもないと思って断ったけど、こうしてみると、知恵を受けとっていたのほうが良かったのかもしれないな……。今度の魔王とはまた海の戦いになりそうだ。海の王の知恵が必要だった気がする」

「で、その後は俺と一緒に西の大海の王様をやってくれるってか? 俺としてはありがたいけどよ、おまえにだっておまえの都合ってのがあるだろうが。だいたい、ポポロはどうするんだよ。おまえが海に来たって、ポポロは貴族の役目があるから、天空の国から離れられねえぞ、きっと」

 フルートは思わず顔を赤らめました。今はまだ、デビルドラゴンを倒して世界を闇から救う、という大きな目的があるので、その後のことなど想像することもできません。けれども、もっと未来へ目を向けると、どうしたらいいのかよく考えなくてはならないことが、山ほどあるのでした。

 

 彼らを乗せた二台の戦車の後ろに、大軍勢が従っていました。

 何万というおびただしい数の魚の群れが身をくねらせて泳いでいます。その後ろには手に手に銛や矛を持った半魚人たち、さらにその後ろに鎧兜で身を包んだ海の民の戦士たちが続いています。海中に遠くかすんで見ることはできませんが、最後尾には何百という数の戦車部隊が戦士たちを乗せて突き進んでいるのです。

 すると、その中から十数匹の魚たちが泳ぎ出てきて、ゼンたちの戦車を追い越していきました。両脇を通り過ぎながら声をかけてきます。

「我々は偵察に出ます、ゼン様、勇者の皆様方」

「行く手に敵がいないか、調べてまいります」

「空では鳥たちが警戒に当たっています。その報告も聞いてまいりますね」

「おう、頼むぞ」

 とゼンが返事をすると、魚は戦車の目の前で一度身をひるがえして輪を描き、すぐに速度を上げて前へ出ていきました。ゼンに声をかけられて張り切ったのです。

 

 すると、今度は後ろから半魚人のギルマンが追いついてきました。猛スピードで進む戦車ですが、それに負けない速度で泳いできます。

「渦王の軍勢は整然と従っているぞ。先走っていく奴はいない。皆、おまえたちの言うことをちゃんと聞いている」

「そりゃよかった」

 とゼンは言いました。渦王ならば命令に従わない兵を魔法で懲らしめることができますが、ゼンにはそんなことはできないのです。

 ギルマンが行く手を指さしながら言い続けました。

「このままもうしばらく進むと、我々は海流に乗る。謎の海の戦いの時にも同じ海流に乗った。覚えているか?」

 ああ、とゼンやフルートたちはうなずきました。

「そういや、海の水が猛烈な風みたいに流れていて、そこに入ればひとりでに進んで行けたっけな――。だが、今回俺たちは北に向かうんだろう? あの時に向かったのは、海王の城がある東だ。方角が全然違うだろうが」

 すると、アルバが言いました。

「海には無数の海流が存在するんだよ。それを乗り替えて、最終的には冷たい海へ向かう海流に入るんだ。通常なら海流を使っても半月から一ヵ月はかかるルートだが、ぼくは特に速い海流が通っている場所を知っている。入り江の民がいる冷たい海までは、一週間というところだな」

 一週間、とフルートたちはつぶやきました。渦王を助け出すためには、それでも時間がかかりすぎるような気がします。

 

 その時、ゼンはふと、メールがいやにおとなしいことに気がつきました。ゼンと並んで戦車に座ったまま、黙って行く手を眺めているのです。具合でも悪くなってきたのかと心配になって、ゼンは声をかけました。

「どうした、メール? 静かだな」

 とたんにメールは、ぷっと頬をふくらませました。

「なにさ、それ。あたいがおとなしくしてちゃおかしいってのかい?」

「渦王が魔王にさらわれたってのに、いやに落ち着いてるじゃねえか。謎の海の戦いの時には、むちゃくちゃ怒ってたぞ、おまえ」

「あの時はね。でも、今回は違うんだ。絶対に父上は助かるってわかってるからさ」

「なんでだよ?」

 メールがそれほどはっきり言い切る理由がわからなくて、ゼンは聞き返しました。敵は魔王です。決して楽観できる相手ではないのですが――。

 すると、メールが言いました。

「だって、ゼンは父上を助け出すって約束してくれたからね。ゼンがそう言ったときには、必ずそうなるんだ。いつだって、あんたは約束を絶対に守るんだから。そうだろ?」

 信頼を込めた目で見上げられて、ゼンは思わず真っ赤になりました。おう……と照れながら返事をします。

 隣の戦車ではフルートたちが苦笑していました。

「ぼくやポチも同じことを言ったんだけどな。ぼくたちは無視?」

「ワン、メールにはゼンのことばしか耳に入らなかったってことですよね」

「な――なんだよ。いいだろうが! なんか文句でもあるのか!?」

 ゼンがむきになって言い返すと、別にぃ、とフルートたちはそっぽを向きました。本気で怒っているわけではありません。ゼンとメールを冷やかしているのです。真っ赤になったメールが、ゼンと一緒に反論を始めます。

 アルバが肩をすくめました。

「こっちはメールに振られているんだ。そのあたりを思いやって、あまり見せつけないでくれると嬉しいんだがなぁ」

 冗談のような口調の中に、ちらりと本音がのぞきます。ギルマンが並んで泳ぎながら笑い出します。

 賑やかな勇者の一行を先頭に、海の軍勢は海中を進み続けました――。

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