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第13巻「海の王の戦い」

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11.指揮官

 渦王の島の南の海岸には、信じられないほどたくさんの兵士たちが集まっていました。

 青い髪やひげの海の民、全身をうろこにおおわれた半魚人、おびたたしい数の魚や海の生き物たち、海鳥の群れ……。渦王の軍勢は人ばかりではありません。海に棲む生き物たちすべての中に渦王の戦士がいたのです。

 海の民や半魚人は砂浜の上に整列していましたが、他の兵は波打ち際や海の浅い場所に集まっていました。さまざまな種類の魚が波間で跳ね、ひれや尾でしぶきをたてています。あまり数が多いので、海が真っ黒に見えるほどです。その上を海鳥の兵士たちが大群を作って舞っています。

 海岸は非常に騒がしくなっていました。ギルマンが軍勢に手を振りながら何かを呼びかけていますが、あまりにうるさくて、声を聞き取ることができません。兵士たちは口々に話し合い、海では魚たちが飛び跳ねて水音を立てます。空の海鳥たちはひっきりなしに鳴き声を上げながら、ひとつの名を呼び続けています。渦王、渦王、と――。

 

 ギルマンの近くに立っていたゼンへ、フルートは駆け寄りました。

「どうしたの?」

 ゼンは肩をすくめました。

「渦王がいないんで、軍勢が言うことを聞かねえんだよ。こうして集まってきても、不安でみんな全然落ちつかねえ。ま、当然だよな」

「軍勢を落ち着かせなさい、ゼン。新しい渦王はそなただぞ」

 と海王がやってきて言ったので、ゼンは憮然としました。

「だから、無理だって言ってるだろうが。俺はドワーフだぞ。まあ、正確には半分人間の血が入ってるけどよ。どっちにしたって、海の生き物じゃねえ。そんなヤツが突然、新しい渦王だと言って現れたって、連中が言うこと聞くもんかよ。あいつら、俺が渦王になったと聞かされて動揺してるんだぞ」

 渦王の軍勢はゼンではなく、海王を見ていました。渦王に瓜二つの海王を一瞬自分たちの王だと思い、すぐに別人と気がついて、前よりもっと騒ぎ出しました。海岸はしゃべり声と水音と鳥の声で、耳をふさぎたくなるような騒々しさになります。

「父上、軍勢を鎮めなければ」

 とアルバに言われて、海王はおもむろに軍勢に呼びかけました。

「静まれ、勇敢な渦王の兵士たちよ。出陣の時だ。心を落ち着かせなさい」

 海王の声は穏やかですが、海岸や海の上にはっきりと伝わっていきました。あれほど騒いでいた軍勢が、あっという間に静かになって、海の王へ注目します。

 すると、魚の戦士の一人が声を上げました。

「海王様! 渦王様が敵に捕まったと聞かされました! それは本当でしょうか!?」

「本当だ」

 と海王が答えると、兵士たちは互いに顔を見合わせました。不安そうなざわめきが広がります。それをまた鎮めて、海王は続けました。

「ここにいるゼンは、新しい渦王として、弟のリカルドから認められた男だ。彼がそなたたちを率いて弟の救出に向かう。彼の命令に従うように」

 ざわめきが大きくなりました。軍全体が動揺して、また落ち着かなくなります――。

 

「なにさ!」

 とメールは軍勢に向かって大声を上げました。

「父上はゼンをあたいの未来の夫として認めたんだよ! 新しい渦王はゼンなんだ! 父上が決めたことに、文句でも――」

「よせ、メール」

 とゼンがさえぎりました。軍勢の騒ぎがいっそうひどくなったからです。はっきりと不満の声を上げるものもいます。

「連中は渦王の兵士だ。今まで渦王のために体を張って戦ってきたのに、いきなりそんなことを言われて変われるかよ。無理言うんじゃねえ」

「でも――!」

 軍勢は再び大騒ぎになりつつありました。これでは出撃どころではありません。

 ポチが首をひねりました。

「ワン、ゼンは謎の海の戦いの時に、渦王の軍勢と一緒に戦ってきたのに……。どうしてみんな、こんなに信じられないでいるんだろう?」

 ったく、とゼンは溜息をつきました。胸の前で腕を組んで仁王立ちになると、大きく息を吸ってから声を張り上げます。

「おい、よく聞け、渦王の戦士たち!!」

 体は小柄でも、驚くほど大きな声です。全軍が思わずゼンに注目します。

 ゼンは胸を張って言い続けました。

「海王はさっき、俺が新しい渦王だと言ってたが、それは間違いだ! 俺は渦王なんかじゃねえ!」

 またざわめきが起きます。納得、同意、怒り、疑問、不満、不安……さまざまな感情をはらむ声ですが、それを無視して、ゼンはさらに言いました。

「おまえらの大将は今までの渦王だけだ! そんなのは決まってらぁ! あの渦王以外に、おまえらの王がいるもんか――! その渦王が捕まって連れ去られたんだぞ! 指をくわえて黙って見てるつもりか!? 行くぞ、渦王の戦士たち! みんなで敵をぶっ倒して、渦王を助け出すんだ!」

 ゼンのことばは乱暴ですが明快です。ざわめいていた軍勢が、ぴたりと静かになります。

 次の瞬間、湧き起こってきたのは、大きな鬨(とき)の声でした。おぉぉーっと海と海岸に響き渡ります。

「そうだ、行こう!」

「渦王様をお救いするんだ!」

「行くぞ――!」

 次々と上がる声に、おう、とゼンは力強く応えました。

「渦王を捕まえたのは魔王だ! どえらく強力な闇魔法を使うし、闇の怪物もたくさん繰り出してくる! 半端じゃねえ戦いになるぞ! 覚悟しろ!」

 おぉーっとまた鬨の声が上がります。

「我らは勇敢な海の戦士だ! 死ぬことなど少しも恐れない!」

「闇の敵になど死んでも負けぬ!」

「この命果てるまで戦い抜き、相打ちにしてでも敵を倒してやるぞ!」

 それを聞いて、馬鹿野郎! とゼンがどなりました。

「最初から死ぬつもりで戦ってどうする!? 無駄に命なんかかけるんじゃねえや! んなことしたら、魔王や渦王のところにたどり着く前にみんな死んで、誰も残らなくなるじゃねえか! 頭を使って戦え、頭を! フルートがこれから作戦を言うからよ!」

 

 いきなりゼンから話を振られて、フルートは目を丸くしました。

「え、ぼく――?」

「他に作戦を立てられるヤツがどこにいる? 大雑把な話でいいから、これからどうするかみんなに聞かせろよ。こいつら、意気込みすぎて、てんでばらばらになっていきそうだぜ」

 それを聞いて、ほう、と海王が感心しました。軍勢を率いるには、兵の士気を上げることも大事ですが、同時にはやる兵を抑えて同一の行動を取らせることも大切なことでした。敵を倒すことに意気込む兵をそのままにしておくと、それぞれが先を急ぎ始め、速く進めるものと進めないものとの間で距離が開いて、結果として軍全体が分断されることになるからです。小集団になってしまったところを敵に集中攻撃されれば、勇敢な海の戦士たちでもひとたまりもありません。ゼンが言うことは、大軍の指揮官として、非常に筋が通っていたのです。

 フルートは作戦など何も考えていませんでしたが、海王と同様、ここで全軍に指示をする大切さには気がついていました。とっさに頭を巡らし、その場で考えながら話し出しました。

「渦王を連れ去った魔王は、冷たい海に住む入江の民と関係がありそうです。ぼくたちは冷たい海を目ざし、そこで魔王を探し出して対決します。目的地までは、海王の跡継ぎのアルバが先導します。ゼンとぼくたちも先頭に立ちます。皆さんは、ぼくたちの後に続くように――。途中には魔王の手先が潜んでいます。偵察と警戒を怠らないで――途中で敵に襲われたときには、素早く徹底的に敵をたたきます。戦闘が長引けば、魔王自身にこちらを見つけられて、さらに新しい敵を送り込まれるからです。そうなれば、渦王の救出は難しくなります。余計な戦いは起こさない、戦うときには徹底的に、そして、それぞれが自分の命を大切にして、できるだけ多くの兵が目的地にたどりつく――その三つを忘れないでいてください」

 フルートの声は穏やかですが、言うことにはやはり筋が通っていました。軍勢の中に納得する空気が広がっていきます……。

 

 その様子に、アルバが感心しながら言いました。

「ゼンもなかなかだが、金の石の勇者も大したものだな。まるで軍師じゃないか」

「だってフルートだもん。頭の良さなら誰にも負けないよ」

 とメールが笑うと、ポチも尻尾を振って言いました。

「ワン、ジタン山脈では、たった百五十人の味方で二千の敵を戦わずに退かせたこともありますからね」

「面白い戦いになりそうであるな」

 と海王が青いひげを撫でながら言いました――。

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