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第13巻「海の王の戦い」

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第4章 出陣

10.戦友

 渦王の島の海岸を、フルートとゼンが並んで歩いていました。

 太陽はもう頭の真上に差しかかっています。強い日差しが砂浜を白々と照らし、少年たちが身につけた防具を輝かせます。

 フルートは金の鎧兜と二本の剣の他に、リュックサックを背負った上から緑色のマントをはおり、左腕には丸い大きな盾を装備していました。ゼンは胸当てと揃いの小さな盾をベルトから下げ、荷袋も腰に下げて、薄茶色のマントをはおっています。もちろんエルフの弓矢と矢筒も背中にあります。彼らは一度城の自分たちの部屋に立ち寄って、装備を完全に整えてきたのでした。

 砂浜の波打ち際にポチがいました。少年たちを見つけて、ワンワンと高くほえます。

「フルート、ゼン、早く! マグロさんが来てくれましたよ!」

 フルートとゼンはすぐに駆け出しました。ポチの目の前の海の中に黒い生き物がいました。全長三メートル以上もある大き魚です。半分以上海の上に出た体を波が洗っています。

 すると、魚が丸い目をぎょろりと動かして少年たちを見ました。

「ゼン様、金の石の勇者様、お久しぶりです。私をお呼びくださって光栄です」

 と丁寧な口調で話しかけてきます。

 少年たちは海に駆け込んで、魚の黒光りする体をたたき、口々に話しかけました。

「よう、マグロ、元気だったな。島に来てもずっと会えなかったから、心配してたんだぞ」

「今度もまた渦王を助けに行くことになったよ。君のほうは大丈夫?」

 このマグロは、二年半前の謎の海の闘いの際に、フルートたちと共に死闘をくぐり抜けてきた戦友でした。元は海王の家来だったのですが、それ以来この島に留まって、渦王に仕えるようになっていたのです。

「私は渦王様のご命令で、南方の海を調査に行っておりました。海王様からお知らせをいただいたので、急いで戻ってきたところです」

 とマグロが答えると、ポチが砂浜から言いました。

「ワン、島にマグロさんがいなかったから、海王にお願いして呼び戻してもらったんです。ずいぶん遠い場所にいたようだけど、もう戻って来ちゃうんだから、さすがだなぁ」

「マグロは世界で最も速く泳げる魚ですし、その中でも、私は一番ですから」

 とマグロは笑い、明るい声で続けました。

「私はゼン様と勇者様たちがお乗りになる戦車を引くことになりました。またよろしくお願いいたします。それから、前回ご一緒したカジキたちも駆けつけていて、ぜひまた勇者様たちの戦車を引かせてほしいと言っております。よろしいでしょうか?」

「へえ、カジキくんたちが? もちろんだよ、また一緒に戦おう」

 フルートが答えたとたん、マグロがいるところよりもっと沖の海で、三匹の大きな魚が高く飛び跳ねました。上あごがくちばしのように長く尖ったカジキたちが、しぶきをきらめかせて空中で身をくねらせます。すぐそばで待機していたのです。ひゃっほう! と少年たちが歓声を上げます。

 

 すると、そこへメールと海王とアルバがやって来ました。海王はいつもの青い長衣姿ですが、メールとアルバはうろこをつづり合わせたような鎧兜をつけて、大きな盾と武器を持っていました。メールは長い銛(もり)、アルバは銀に光る矛です。

 それを見て、ゼンは声を上げました。

「また勇ましい格好になりやがったな、メール。いかにも鬼姫って感じだぞ」

「ワン、アルバも出撃するんですか?」

 と砂浜にいたポチが海の王子を見上げました。穏やかな顔立ちの青年は、兜の下からにこりと笑い返しました。

「メールが行くんだ。ぼくも行かなくてどうする?」

「お、なんだよ、それ! どういう意味だ!?」

 とゼンが岸に駆け戻ってきました。青い髪と口ひげの青年へ詰め寄ります。

「メールは俺の婚約者だぞ! 手出しするんじゃねえ!」

「メールはぼくの大事な従姉妹(いとこ)さ。一緒に戦いたいと言って何がおかしいんだ?」

 アルバが落ち着き払って答えます。ゼンがさらにそれに言い返そうとすると、メールがあきれて口をはさんできました。

「ゼンったら、何をむきになってるのさ? アルバはあたいたちを入江の民がいる冷たい海まで案内してくれるんだよ」

 海王も言いました。

「わしはそなたたちと出撃することができん――。渦王が連れ去られている今、東西の海を守るには、さすがのわしでも全力を尽くすことになるからな。だから、アルバをそなたたちと共に行かせる。アルバはこれまで何度か北の海まで遠征したことがあるのだ。わしはこの島に留まり、そなたたちを見守って援護しよう」

 フルートも砂浜に戻ってきていましたが、それを聞いて頭を下げました。

「感謝します、海王。ぼくの金の石は闇や魔王の目からぼくたちを隠してくれますが、たくさんの軍勢まで隠しきることはできません。魔王に見つかって、途中で攻撃されるんじゃないかと心配していたんです」

「ありうることだな」

 と海王は重々しくうなずきました。

「わしは魔法でそなたたちを闇の目から守り続ける。だが、敵が放った監視の目まであざむくことはできない。海を進軍するそなたたちの姿を直接見られてしまえば、それを隠しきることはできんのだ。そなたたちが海から陸へ上がっても、やはりもう守りの魔法は届かん。わしの力は、あくまでも海だけで働くものだ。それを忘れないようにしなさい」

「わかりました」

 とフルートは答えて、胸当ての上からそっとペンダントを押さえました。魔王と闇の敵が待ちかまえる海。やはり最後には金の石が頼りになってくるだろう、という予感がしていました。

 

 そこへ行く手の海岸から半魚人のギルマンがやってきました。海王やアルバへ一礼してから、ゼンとフルートに声をかけてきます。

「全軍が南の海岸に整列した。出撃の合図を待っているぞ」

 よし、とゼンは言いました。

「出発しよう。海王、みんなに出撃の合図を頼むぜ」

 すると、海王が穏やかに笑って答えました。

「全軍に出撃の命令を出すのはそなただ、ゼン。集まっているのは渦王の軍勢だからな。指令を下すのは、渦王のそなたの役割だ」

 ゼンはまた目をまん丸にしました。とまどった顔になって言います。

「無理言うなよ……。俺は渦王なんかじゃねえったら。俺は海の力なんて持っていねえんだからな。渦王の軍勢が俺の命令なんか聞くもんか」

「いいや、海の王の力はそなたと共にある。渦王はそなただ、ゼン。全軍に命令しなさい」

「海の軍勢は王の命令がなければ出撃せん。王のことばが必要だ」

 とギルマンも言います。

 ゼンは口を尖らせました。

「そう言うけどよ、ギルマンだって、俺が新しい渦王になったって言われて、はいそうですか、ってすんなり納得できるのかよ? おまえたちの王は、魔王にさらわれていったあの渦王一人だけだ。そうじゃねえのか?」

 半魚人は返事に詰まりました。魚そっくりの顔に困った表情を浮かべます。

 すると、隣からフルートが言いました。

「今はそんなことでもめている場合じゃないよ。魔王は今頃もう、渦王に海の力がないことに気がついたはずだ。おそらく、ぼくたちが助けに行くと予想して、人質に使うことを考えているだろうが、こちらが行くのが遅れれば、渦王の身が危険になる。誰でもいいから、命令を下して出撃しなくちゃいけないんだ」

 ゼンは舌打ちしました。

「ったく、嫌になるくらいごもっともなこと言いやがるよな。人ごとだと思って……。わかったよ。出動命令を出してやる。ギルマン、みんなのところに案内しろ」

「こっちだ」

 と半魚人が歩き出し、ゼンがそれに続きます。

 

 その後ろ姿を眺めながら、ポチが言いました。

「ワン、なんだかんだ言ってるけど、けっこうそれらしく見えてますよね。ギルマンさんは渦王の親衛隊長なのに、ゼンの言うことをすんなり聞いてくれているもの」

「ゼンのお父上はドワーフの猟師頭だという話だったよね。素質が受け継がれているっていうことなんだろうな」

 とアルバが納得したように言うと、海王も言いました。

「ゼンは人の上に立つ力を持っておる。リカルドの人を見る目は確かだ」

 メールは苦笑しました。

「あいつはそんなこと全然考えてないよ……。ただ父上が捕まってるから、助けに行ってくれるだけなんだ」

 フルートもうなずきました。

「ゼンはいつだって一番大事なことだけを見ていて、それをするからね。ぼくらは時々弱ったり困ったりして立ち往生してしまうけれど、そこから引っ張り上げてくれるのは、いつだってゼンなんだ」

「ワン、ゼンは本当にあきれるくらい前向きだからなぁ」

 とポチも言います。

「そなたたちもな」

 と海王は穏やかに笑うと、改めて呼びかけました。

「さあ、我々も集合場所へ行こう。新しい渦王の初陣を見守るぞ」

 渦王のことばにアルバはすぐにうなずきましたが、フルートたちは思わずまた苦笑してしまいました。ゼンに渦王という呼び名は、やっぱり似合わない気がします……。

 海から吹く風に青い衣をはためかせる海王の後について、一同は海岸を歩き出しました。

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