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第13巻「海の王の戦い」

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8.海の王

 南の海に浮かぶ渦王の島の上空で、雲がうずまき、風がどんどん強まっていました。島を囲む海が荒れ、水平線からは白い大波が次々と押し寄せ始めます。

 アルバがあわてて言いました。

「落ち着いてください、父上――! 海の王が怒れば海は大嵐に見舞われます。海が多くの命を呑み込みます!」

「海王様! この島には森の民も多く住んでいます。嵐が来れば、彼らが傷つきます。森の民は渦王様の奥方のご親族です!」

 と半魚人のギルマンも必死で言います。

 すると、海王は怒ったときと同様の素早さで、怒りを鎮めました。

「それはその通りだ。今ここで怒っても、何の解決にもならぬ――。金の石の勇者、魔王とはどんな奴なのだ?」

 一瞬前の激情が嘘のように、落ち着いた声に戻って言います。そんな変化の早さは、気まぐれなメールにとてもよく似ていました。気性が激しく気持ちが変わりやすいのは海の民の特徴です。普段は穏やかな海王も、紛れもなく海の民の一員なのでした。

 フルートは答えました。

「新しい魔王は人間の男の人です。見た目は少しも強そうじゃないけれど、とても頭の良い人物でした。策略で渦王を捉えていきました」

 言いながら、フルートは渦王がひどく疲れて見えたことを思い出していました。ゼンに海の力を引き渡したために、渦王は普通の海の民と同様になっている、と海王は言いました。その状態で、渦王は魔王の闇の壁を越えて、フルートを助けに来たのです。非常に困難で力がいることだったのに違いありません。

 

 メールが青ざめながら言いました。

「ど、どうなっちゃうのさ――? 父上は魔王にどうされちゃうの? だいたい、海の力をゼンに渡すと渦王じゃなくなっちゃうだなんて、そんなこと――!」

「メールは知らなかったのかい?」

 とアルバが尋ねました。

「全然! 父上が見込んだ男を次の渦王にできるっては聞いてたけど、まさかそんなふうになるだなんて……!」

「海の王だけにできる魔法なのだ」

 と海王が言いました。

「海王の座は王から王の子へ伝えられていくし、わしの跡継ぎはここにいるアルバだが、長子や男だから王になれるというわけではない。王の子の中で最も力のある者に、海王の座が引き継がれていくのだ。わしとリカルドは双子で、力がまったく互角であったので、それぞれに海の王となり、海を東と西の二つに分けて統治することになったがな――。時には、王にふさわしい人物が王の子や王族の中に見当たらないこともある。その時には、海の王が見込んだ人物に自分の力を引き渡して、その人物を新しい海の王にすることができるのだ」

「メールは母君が森の民の姫だったからね。海の魔力をメールに伝えるわけにはいかなかったんだよ」

 とアルバが父王の横から言いました。

「海の魔力はとても強力だから、他の魔力と同時に存在することができないんだ。相手が持つ力ごと、その人物を破壊してしまうからね。森の民の血をひく者は、生まれつき森の魔力を持つ。それで君のお兄さんのシルヴァは、生まれて間もなく死ぬことになってしまったんだよ」

 メールは絶句しました。メールの兄のシルヴァは誕生してから数日しか生きることができませんでした。生まれつき体が弱かったのだと聞かされていましたが、それにはこんな背景があったのです。

 

 海王が静かに話し続けました。

「海の王と森の民が結婚するのは、長い海の歴史の中でも、リカルドとフローラが初めてのことだった。その結果どんなことが起きるのか、誰にも予測することができなかったのだ……。それを後悔して、リカルドは次の子には海の魔力が受け継がれないようにした。それもやはり魔法のしわざだ。だから、メールには海の魔法がまったく使えない。代わりに、リカルドは新しい渦王になれる男を捜し続けたのだ。強力な海の魔力を引き継いでもびくともしない、強靱な男をな。それもこれも、娘のメールに自分の海を継がせたい一心だ」

 海王に見つめられて、ゼンはぎゅっと口を結びました。驚き、ついに泣きだしてしまったメールを抱き寄せて、王を見返します。何も言わなくても、茶色の瞳がゼンの意志をありありと伝えます。

 それを代わりにことばにしたのはフルートでした。

「渦王を助けに行きます」

 と言って、アルバが拾い集めてきた金の鎧を装備し始めます。

「魔王は仲間の人魚からアムダと呼ばれていました。あれがあの男の名前なんだと思います。なんとかしてそこから居場所を突き止めて、渦王を救出します」

「名前だけで?」

 とアルバが聞き返すと、ポチが足下から言いました。

「ワン、人間の世界では、名前から住んでいる場所がわかることって、けっこうあるんです。アムダっていうのは、中央大陸ではあまり聞かない名前です。かといって、ユラサイのような東方の名前でもない。辺境のどこかに住んでいた人なんですよ、きっと」

 フルートも鎧の留め具を締めながら言いました。

「魔王が連れていた人魚も手がかりになるかもしれない――。この島の人魚たちはみんな金髪だったのに、あの人魚は銀髪だったからね。服も少し着ていたし。もっと寒い海の人魚かもしれない」

 なるほど、と海王が納得したようにうなずきました。

「金の石の勇者は賢いとリカルドから聞かされていたが、確かにその通りのようだな……。銀髪で服を着る人魚といえば、銀水晶の人魚たちだろう。北の大地に近い冷たい海だけに棲息している。そのあたりは、入江の民と呼ばれる人間がよく出没する海域だ」

「入江の民?」

 とフルートたちが聞き返すと、海王は続けました。

「入りくんだ狭い入江に住む人間たちだ。強力な船を持っていて、以前は海賊として恐れられていた。今も略奪は得意で、その付近に住む海の民や家来たちが捕まることもある。それを入江の民は他の人間に売り渡すのだ。わしやリカルドはよく北の海へ遠征するが、そのほとんどは、この入り江の民から仲間を助け出すためだ」

 フルートは子犬に尋ねました。

「どう思う、ポチ……?」

「ワン、あのアムダって魔王、渦王の武器を知っていたり、海の民に詳しいようなことを口にしたりしてましたからね。ありえると思います」

 

 それを聞いて、ゼンが言いました。

「行こうぜ! 読みが外れたら、その時にまた考えりゃいいんだ! とにかく一刻も早く出発だ!」

 すると、そんなゼンを見つめて、海王が言いました。

「海の戦士たちを召集するがいい、ゼン。そなたはリカルドから海の力を引き継いだ。今はもう、そなたが渦王なのだ」

 ゼンは目をまん丸にしました。フルートたちも思わずそれを見てしまいます。渦王の力を受け継いだゼン。けれども、弓矢を背負った姿は今までと少しも変わりがありません――。

 ゼンは顔を赤らめ、ぶっきらぼうに言いました。

「知らねえよ、そんなの。海の力なんて、俺にはさっぱり感じられねえんだからよ」

「でも、渦王を魔王から助け出すには、確かに海の戦士たちの協力が必要だよ。北の海はここから遠いんだ。ものすごい距離の海を渡って行かなくちゃならないから、ぼくらだけでは無理だ」

 と隣からフルートが言いました。金の鎧を装備し終えて、二本の剣を背中に留めつけています。

 ゼンはちょっと口を尖らせ、すぐにギルマンに言いました。

「おい、島にいる渦王の戦士たちを集めろ。渦王を魔王から助け出しに行くってな。海王、一緒に行って話をしてやってくれ。渦王がさらわれたなんて話、みんなすぐには信用しないかもしれねえからな。俺たちも、装備をしたらすぐに行く」

 世界の海の半分を治める海王相手に対等な口をきくゼンに、海王は面白そうな表情をしました。

「よかろう」

 と言って、ギルマンやアルバと共に、崩れた玉座の間から城の中へと向かいます。

 

 ゼンも床から自分の防具を拾い上げて装備を始めました。手と一緒に口を忙しく動かします。

「フルート、ペンダントは後で直してやる。鎖が切れたままじゃ困るだろう。ポチ、マグロを見つけられるか? 前に海で戦ったときに、あいつとは一番息が合ったから、あいつがいると最高なんだ。それと、メール。おまえは島に留守番だ」

 仲間たちは驚いてゼンを見ました。メールは目を見張り、みるみるうちに顔を真っ赤にしていきました。

「な、なんでさ、ゼン!? なんであたいだけ――!?」

 ゼンは舌打ちしました。

「やっぱりついてくる気か。自分が病み上がりだっていう自覚はねえのかよ?」

「あたいはもう大丈夫だったら! あたいを置いていこうとしてごらん。ゼンにかみついてでもくっついていって、絶対に離れないからね。冗談じゃない!」

「わかってる。冗談だ」

 ゼンはあっさり答え、拍子抜けしたメールを尻目に装備を続けました。青く輝く胸当てを身につけ、一度下ろした弓矢を背負い直します。

「渦王が言ってたぞ。おまえに留守番させたきゃ、海底の岩屋に閉じこめるしかねえって。でも、おまえはあそこが死ぬほど嫌いなんだもんな。そんなことはできねえよ」

 ゼン、とメールはまた目を丸くすると、ドワーフの少年に飛びつきました。相手が真っ赤になってうろたえるのを無視して、首にしがみついてしまいます。

「やっぱりゼンだ、よくわかってるじゃないのさ! 分からず屋の父上とは違うよね!」

 ゼンはたちまち渋い顔になりました。

「馬鹿野郎、俺は渦王の気持ちがよくわかるぞ。置いていけるもんなら置いていきたいんだからな。ったく、跳ねっ返りが。海には花はねえし、陸上に長くいればおまえは死んじまうんだ。そこんとこはちゃんと自覚してろ」

「はん。あたいは海の戦士だよ。それくらいのことでへこたれるもんか」

「おまえなぁ。気合いだけでなんとかなると思ってんのか?」

「思ってるよ――!」

 

 じゃれるような言い合いになってきた二人に、フルートは安堵の息をついて目を上げました。崩れた玉座の間の上には、白い雲を浮かべた青空が広がっています。

 すると、足下からポチが話しかけてきました。

「ワン、ポポロたちを呼び戻しますか? 天空の国は見えないけど、呼べばポポロたちには聞こえますよ」

「まだいいよ」

 とフルートは答え、ポチの視線に気がついて苦笑しました。

「大丈夫、今度はちゃんとポポロを呼ぶから。謎の海の戦いの時とは、もう違うよ。ただ、魔王の居場所を突き止めてからにしたいんだ。ポポロだって大事な用事で天空王に呼ばれているんだから」

「フルート」

 と子犬は尻尾を大きく振りました。

 

 降りそそぐ日差しの中、少年たちは兜をかぶり、弓の帯を締め直して、装備を完成させました。

「よし」

 とフルートが言うと、ゼンは大きくうなずきました。

「行くぞ! 魔王のヤツをぶっとばして、渦王を取り戻すんだ!」

 あいよ! とメールが声を上げ、ワン、とポチがほえます。

 金と青の防具を日の光にまぶしく輝かせて、勇者たちは歩き出しました――。

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