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第13巻「海の王の戦い」

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6.激闘

 金の石は守りの力を奪い取られて輝きを失いました。ただの石ころのようになってしまいますが、それでもかすかに金色は残っていました。魔王の青年が魔弾を撃ってくると、淡い金の光を広げてフルートを守ります。

「金の石! 金の石……!」

 フルートは必死で呼び続けました。守りの魔石に自分の力を伝えようとしますが、石は輝きを取り戻しません。

「こんちくしょう!」

 ゼンがまた駆け出しました。魔王の青年に素手で飛びかかっていきます。

 とたんに、ごうっと音を立ててポチが舞い下りてきました。猛烈な風でゼンを巻き取って一緒に上昇します。その後を魔弾が通りすぎて、部屋の柱を砕きます。

「ワン、無茶ですったら。ゼンは今、胸当てをつけてないんだから。金の石だってゼンまでは守りきれませんよ」

 とポチに言われてゼンは歯ぎしりしました。さっき渦王に言われた海の魔法を使ってみようとしますが、やはり使い方がわかりませんでした。

 

 フルートはまた魔王に激しく切りかかっていきました。魔王の青年は自分で剣を握って反撃することはありません。攻撃をかわして後ずさっていきますが、やがて部屋の一方の壁に追い詰められてしまいました。

 その前で剣を構えながらフルートは言いました。

「デビルドラゴンを追い出せ! そうすれば、あなたは殺さない! 魔王になって、まだ間もないんだろう!? 今なら自分の力で戻れるはずだ!」

 へぇ、とまた魔王の青年は言いました。面白そうにフルートを見ます。

「君は敵のぼくまで助けようとしているわけか。本当の敵は闇の竜だけだというわけなんだね。正真正銘の正義の味方だな……。でも、悪いね。ぼくは闇の竜を追い出すつもりはないよ。幼なじみの魂を代償にして手に入れた力なんだから。ぼくが世界を手に入れるために、おおいに活用させてもらうさ」

 フルートは唇をかみしめると、炎の剣を高く振りかざしました。かすっただけでも、相手を燃え上がらせて焼き尽くしてしまう、火の魔剣です。魔王の青年をにらみつけます。

 すると、青年が眼鏡の奥から笑いました。

「君、殺せるのかい? その剣を振り下ろすのを怖がっているように見えるけれど」

 フルートは顔を歪めました。激しい声で答えます。

「殺せる! おまえを放っておけば、世界中の命がおまえに殺される! そんなことはさせない――!!」

 うなりを上げて振り下ろした剣が、黒いマントごと男を真っ二つにしました。たちまちマントが燃え上がります。

「やったぜ!」

 とゼンが歓声を上げましたが、ポチは空を飛びながら心配そうに見下ろしていました。勇者の少年は、まるで自分自身を切られたように、激しい苦痛の表情を浮かべていたのです――。

 

 すると、マントが燃えながら、ばさりと床に落ちました。その内側から魔王の姿が消えています。

 フルートは驚いてあたりを見ました。ゼンとポチも空中から部屋を見回します。魔王の姿はどこにも見当たりません。

「なろぉ、逃げやがったか!?」

 とゼンがわめいたので、ポチが言いました。

「そんなはずないですよ。あの人は全然おびえる匂いをさせていなかった。どこかから攻撃のチャンスを狙っているんです」

 フルートは用心しながら一、二歩前に出ました。全身の神経を研ぎ澄まして、魔王の気配をつかもうとします。

 すると、その両足が突然動かなくなりました。転びそうになって踏みとどまり、足元を見ると、床石から銀髪の少女が頭を出して、フルートの足首を捕まえていました。床の別の場所からは銀のうろこの魚の尾が突き出ています。人魚です。

「アムダ様ぁ、捕まえたよ!」

 と人魚が大きな声で言いました。子どもっぽい声です。その顔も、とても綺麗ですが、まだ幼さが漂っていました。先に海岸で見た人魚たちは裸の胸を隠そうとしていませんでしたが、この人魚の少女は短い上着のようなもので胸のあたりをおおっています。

 フルートは炎の剣を振り上げました。鋭く光る刃を足下へ振り下ろそうとします。

 とたんに、きゃーっと人魚が悲鳴を上げました。その声は人間の少女とまったく同じです。思わずフルートが剣を止めてしまいます――。

 

 とたんにフルートの目の前にまた眼鏡の青年が現れました。

「よくやった、シュアナ。そのまま抑えているんだ」

 と人魚に言います。水から顔を出すように石の床から半身を現して、人魚の少女は笑いました。

「任せて、アムダ様。人魚は人間にしがみついて海底に沈めるのが得意なんだ。絶対にこの子は逃がさないから」

「フルート!」

「ワン、フルート!」

 ゼンと風の犬のポチはフルートへ突進しました。魔王からフルートを守ろうとしますが、たちまち闇の壁に激突して跳ね返されてしまいます。

 その内側で魔王の青年が言いました。

「守りの石や仲間がいない金の石の勇者は弱いね。こんなちっぽけな人魚にも抑え込まれてしまうんだから」

 細い指をさっと振ると、フルートの首元で鎖が切れ、金のペンダントが弾け飛んでいきました。部屋の壁にぶつかって片隅に転がります。あっ、とフルートは声を上げました。人魚に捕まえられているので、ペンダントを拾うことができません。

「こんちくしょう!」

 ゼンが跳ね起きてまた突進しました。ポチもまた風の犬に変身して部屋を飛び回ります。闇の壁は部屋を二分するように立ちはだかっていて、ゼンやポチには越えることができません。フルートや金の石は、壁の向こう側です。

「さあ、これでもう邪魔者はいないな」

 と青年が言いました。フルートがまた剣を振り上げたのを見て、ちょっと指を振ると、今度は剣が弾け飛び、全身から音を立てて鎧兜が外れていきました。フルートも布の服を着ただけの姿になってしまいます。

「死んでもらうよ、勇者くん。ぼくが世界を手に入れるには、君がどうしても邪魔だからね」

 青年の手がフルートに押し当てられます。手のひらからフルートの体へ、直接魔弾を撃ち込もうというのです。フルート!! とゼンとポチが叫びます。

 

 ところが、魔弾は発射されませんでした。青年が眼鏡の奥で大きく目を見張ります。驚いたように振り向いた場所に、大きな人影がありました。青い長衣を着て青緑色のマントをはおり、頭には金の冠をかぶった渦王です。手に握った矛が青年の背中を深々と突き刺していました。三つ叉の先端が胸から飛び出しています。

「海は闇になど下らぬと言ったはずだ――」

 と渦王が言いました。何故か、長い距離を全力疾走してきたように息を切らしています。

「己の欲望のために魂も闇に売り渡した愚かな人間。その欲や闇と心中するがいい」

 三つ叉の矛を引き抜いて、もう一度魔王を貫こうとします。

 魔王が口から血を吐きます。

 

 けれども、血に染まった唇で、魔王はまた笑いました。渦王の矛を素早く捕まえます。

「ほぉら、やっぱりかかったね、渦王――。海の民は直情だからな。金の石の勇者が危なくなれば、必ず助けに飛び込んでくると思ったよ」

 今度は渦王が驚いた顔をしていました。魔王の青年は非常に小柄で細身です。見るからに貧弱な腕で矛を抑えているのですが、どれほど渦王が力を込めても、矛を取り返すことができなかったのです。

 すると、青年の手の中で矛が溶け出しました。金属が黒いしずくに変わって床に落ち、そのまま蒸発してしまいます。

「海の矛、と言うのだったっけ? そんなもので魔王が倒せるわけがない。ぼくの狙いは初めから渦王さ。海をぼくのものにして、それからゆっくり地上の支配に取りかかるんだ。物事にはなんでも順序というのがあるからね。金の石の勇者を倒すのも、その時期が来てからだよ――」

 青年が渦王の腕をつかんだとたん、頭一つ分以上大きな海の王が、凍りついたように動かなくなりました。まるで生きた彫刻のようです。

「渦王!!」

 とフルートは叫び、身をかがめて、自分捕まえている人魚につかみかかりました。きゃっ、と人魚が声を上げ、大きな魚の尻尾でフルートの顔を打ちます。

「この野郎! 渦王を放せ!」

「ワン、また渦王の力を奪うつもりなんだ!」

 ゼンとポチ叫びながら闇の壁をたたきましたが、どうしても壁を越えていくことができません。フルートは人魚とつかみ合いながら声を上げました。

「金の石! 金の石――!!」

 とたんに、灰色の石のようになっていた魔石が、部屋の隅で輝き出しました。みるみる輝きを増して、部屋中を金に染めていきます。

 それを見て、青年が言いました。

「石が力を取り戻してしまったか。勇者が渦王を守ろうとしたからだな。シュアナ、聖守護石を拾えるか?」

「えぇ!? 無理だよ、アムダ様。人魚はちょっぴり闇の血が入っているんだもん。あんなのにさわったら火傷しちゃうよ」

 と人魚の少女が答えます。

 アムダと呼ばれた魔王は、口元を片方歪めて笑いました。

「では、しかたない、渦王だけで引き上げよう。行くぞ」

 部屋の中を突然猛烈な風が吹き出しました。普通の風ではありません。黒い霧をはらんだ流れが渦を巻き、玉座を真っ二つに割り、部屋を支える柱を砕いていきます。天井が崩れ出します。

「ゼン! ポチ――!」

「ワン、フルート!」

「こんちくしょう! 渦王――!」

 少年たちの混乱した声が響く中、渦王の城の玉座の間は、ガラガラと音を立てて崩れていきました――。

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