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第13巻「海の王の戦い」

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5.眼鏡の魔王

 突然渦王の玉座の間に現れた青年は、ごく普通の人間のように見えました。痩せた体に黒い上着とズボンを着込み、黒一色のマントをはおっています。眼鏡をかけた顔も平凡そうです。ただ、その瞳の色だけが、鮮やかな赤い色をしていました。へぇ、とフルートを見ます。

「君が金の石の勇者? 思っていたより子どもだな。でも、どうしてぼくが魔王だと思ったんだ? 単なる闇の民かもしれないのに」

 その口調も穏やかで、とても魔王のようには聞こえません。

 フルートは身構えながら答えました。

「ここは渦王の城の中だよ。海の王の魔力で守られている場所に外から入ってくるなんてこと、普通の闇の民にできるわけがない!」

 片手で炎の剣を握りながら、もう一方の手で首の金の鎖をつかみ、ペンダントを引き出します。金の石は強く弱く明滅を繰り返していました。

「なるほどね」

 と眼鏡の青年は言って腕組みしました。眼鏡の奥からフルートの観察を続けます。

「確かに君は頭がいいみたいだな。体つきは貧弱で、とても勇者らしくは見えないけれど――うん、そんなことと知恵があることが別の話なのは、よく知ってるからね」

 くすくすと静かに笑います。

 その余裕ぶりに、ゼンがどなりました。

「気に食わねえ野郎だな! 貴様が魔王なら、目的はなんだ!? 何しにここまで来やがった!」

「目的?」

 青年は首をかしげました。

「もちろん、海をいただきに来たのさ。以前、ゴブリンの魔王も海を襲ったらしいけれど、ゴブリンではだめだね。あいつらは魔物のなかでも頭が良くない種族だから。やるなら、効率よく、効果的にやらなくちゃ」

 青年の顔が、ぎょっとするほど冷ややかな微笑を浮かべました。口元から白く光る牙が大きくのぞきます。

 

 渦王が大声を上げました。

「海を支配するだと!? そんなことはさせん! 海は太古から海に棲むものたちのものだ。闇には決して下らん!」

 渦王はいつの間にか三つ叉の矛(ほこ)を握っていました。愛用の魔法の武器で、先端には猛毒が仕込まれています。それを振りかざして青年に襲いかかっていきます。

 とたんに、青年の周りを黒い光が包みました。渦王の矛を跳ね返してしまいます。

「ワン、闇の障壁だ!」

 とポチが叫んで風の犬に変身しました。すばやく背中にフルートをすくい上げます。とたんに、たった今までフルートが立っていた場所で、石の床が砕けました。闇の壁の奥から、青年がフルートめがけて魔法の弾を撃ち出してきたのです。

「魔弾――やっぱり本当に魔王かよ!」

 ゼンがわめきながら背中の弓を下ろしました。狙ったものは絶対にはずさないエルフの矢をつがえ、青年めがけて放ちます。

 けれども、矢も闇の壁にさえぎられました。青年の手前で床に落ちていきます。

 すると、渦王が言いました。

「海の魔法を使うのだ、ゼン! 奴の闇の壁を消せ!」

 ゼンはたちまち目を丸くしました。とまどって渦王を見ます。

「海の魔法って――どうやったら使えるんだよ? わかんねえぞ」

「海の力はおまえと共にある。おまえがその気になれば使いこなせるはずだ!」

 けれども、そう言われても、やっぱりゼンにはどうしたらいいのかわかりませんでした。海の力が共にあると言われても、そんなものはさっぱり感じられないのです。

 

 その間にフルートはポチと一緒に天井近くまで舞い上がっていました。ポチは風の首輪の力で風の魔獣に変身できます。巨大な蛇のような体に犬の頭と前足の、白く透き通った姿ですが、フルートには毛が生えた体も体温もはっきり感じることができます。太いその首にしがみつきながら言います。

「このまま突っ込め、ポチ! 闇の壁を消すぞ!」

「わかりました!」

 ポチがうなりを立てながら急降下していきました。風の犬でも闇の障壁を破ることはできません。激突すれば跳ね返されるとわかっていながら、猛スピードで黒い壁に飛び込みます。

 すると、フルートが叫びました。

「金の石!!」

 声に応えてペンダントの魔石が輝きました。澄んだ金の光が部屋いっぱいに広がり、闇の壁を照らします。

 とたんに黒い光の壁がガラスのように粉々になり、音を立てながら崩れ落ちていきました。魔王の青年がその中からまた姿を現します。

「よっしゃぁ!」

 たった今まで渦王と話していたゼンが飛び出しました。魔王めがけて走ります。

「困ったな」

 と魔王の青年は言いました。少しも困ったようには聞こえない口調です。

「また闇の障壁を作っても、すぐにまた聖なる光で消されるんだろうしな。そうすれば、次の魔法を繰り出すまでに隙ができる。君たちに隙を見せるのは危険な気がするな」

 いやに冷静にそんなことを言い続け、突進してくるゼンへ手を向けました。闇の壁を作る代わりに、ゼンへ魔弾を撃ち出します。大量の闇の弾がゼンに襲いかかっていきます。

 

 けれども、弾はゼンに触れる前に、すべて砕けてしまいました。黒い光の霧になって消えていきます。ゼンからそれた弾が玉座の間の壁や床を破壊しますが、ゼンは無傷でした。

 へぇ、と青年はまた感心しました。

「君には魔法が効かないのか。魔王の魔弾は、普通の魔法攻撃よりずっと強力なのにね」

「俺は魔法を解除する魔法の胸当てを着てるからな! 魔弾なんかこれっぽっちも――」

「ゼン、余計な話はするな!」

 フルートが頭上からさえぎりました。青年がまた、ふぅん、と笑います。

「その胸当てのせいなのか。じゃあ、脱いでもらおうかな」

 黒い服を着た腕がさっと横に動いたとたん、ゼンの体からすべての武器と防具が外れました。弓矢や胸当てが音を立てて床に飛び散り、ゼンは布の服を着ただけの姿になります。

「さあ、もう魔弾を防ぐことはできないね? 君はどうやら金の石の勇者の大事な友だちみたいだ。まずは、君から片づけさせてもらうことにしよう」

 再びゼンへ魔弾を撃ち出します。

 

 そこへフルートが飛び下りてきました。

 フルートは金の鎧兜を身につけていますが、魔法の盾までは装備していませんでした。自分の体で魔弾を受け止めるように、ゼンの前で両腕を広げます。とたんに金の光が広がって魔弾を砕きました。続けて金の石の精霊が姿を現します。

「無茶をするなと何度言ったらわかるんだ、フルート! 君の防具は魔法攻撃は防げないんだぞ!」

 怒って言う金色の少年に、フルートは答えました。

「ぼくには君がいるから大丈夫さ――。それより、魔王を倒すぞ! ゼン、援護しろ!」

「おう!」

 ゼンが足下から矢筒を拾い上げ、あっという間に背負い直しました。弓を構えて百発百中の矢を放ちます。魔王の青年はまた手を振りました。矢が空中からたたき落とされて床に落ちます。

 その間にフルートは魔王へ走りました。炎の剣で激しく切りつけます。

「おっと」

 青年は大きく飛びのきました。黒いマントが舞い上がって広がります。

「素早いね。もう間合いに飛び込んでくるなんて」

 フルートは何も言わずにまた切りつけました。切り裂かれた黒いマントが火を吹いて燃え出します。

 青年は眼鏡の奥からそれを見ました。とたんに火が消え、切れたマントが元に戻ります。けれども、その時にはフルートはもう青年のすぐ目の前にいました。炎の剣を相手の喉元に突きつけて言います。

「デビルドラゴンを追い出せ! 今すぐに! あいつはあなたを破滅させるぞ! あいつが望んでいるのは世界と人類を滅亡させることだ。その中には、魔王にさせられたあなただって含まれているんだ!」

 少女のように穏やかな顔の中、青い瞳が鋭く青年を見据えます。

 すると、青年が落ち着き払って答えました。

「それはわかっているよ。せっかく世界を手に入れても、何も生きていない焼け野原になっていたら価値がないしね。だから、闇の竜の想いのままにさせないのが大事なんだよ」

「闇の竜を利用するって言うのか! そんなことができると思っているのか!?」

 また激しく尋ねるフルートに、青年は微笑しました。

「できるつもりだけれどね――ぼくのこの知恵で」

 歪めるように笑った口元で、白い牙がまた光ります。

「力はただの力。使い方次第で、効果が上がったり、効果が弱まったりする。その作戦を練るのはこちらだからね。この世界はぼくのものだ。そして、その邪魔をしているのは、金の石の勇者の君と仲間たち――。死んでもらうよ。ぼくの邪魔はさせない」

 そう言って青年が手を突きつけたのは、フルートでもゼンでもありませんでした。フルートの隣に光りながら立っている金の石の精霊です。

「聖守護石さえなくなれば、勇者はただの子どもだ。攻撃をするためにはまず防御力を削ぐ。基本だね」

 まるで何かをつかむように宙で手を握り、ぐいっと引き寄せます。

 とたんに、精霊の姿が消えました。フルートの胸の上の魔石も、いきなり暗くなります。

「金の石!」

 フルートは驚きました。

 魔王は金の石から守りの力を奪い取ったのでした――。

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