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第13巻「海の王の戦い」

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第2章 眼鏡の魔王

4.海の力

 「魔王がまた生まれた!? いったいどこにさ!?」

 とメールが尋ねました。金の石はフルートの手の中でもう鳴りやんでいました。闇の敵が近くにいれば暗く明るくまたたくのですが、それも止まっています。フルートは答えました。

「この近辺じゃないんだ……。少なくとも、石が感じるくらい近くにいるわけじゃない」

 すると、ゼンが大声で呼び始めました。

「おい! おい、金の石の精霊! 出てこい!」

 海岸にいたのはフルートとゼンとメールとポチの三人と一匹だけでしたが、そこへ四人目が姿を現しました。鮮やかな金色の髪と瞳の小さな少年が、腰に両手を当てて言います。

「なにさ、ゼン?」

 フルートが手にしている金の石の精霊でした。純粋な守りの想いが結晶化した魔石は、人のように自分の意志を持っていて、時々こうして人の姿になって現れるのです。

 ゼンはどなるように尋ねました。

「魔王が復活したってことは、デビルドラゴンがまたどこかで馬鹿な欲張りを見つけて取り憑いたってことだろう!? どこにいるのかわかんねえのかよ!? こっちには今、ポポロがいねえんだぞ!」

「それは無理な相談だな。ぼくは魔法使いでも占者でもないんだから。それに、ぼくは聖なる石だから、内側に闇を持っていない。すぐそばに魔王が現れればさすがにわかるけれど、離れてしまえば、どこに潜んでいるのか感じ取ることはできないんだ」

 精霊の少年が淡々と答えます。見た目は幼い子どものようでも、ひどく大人びた口調です。

「ワン、でも放っておくわけにはいきませんよ! 相手は魔王だもの。絶対にこの世界を支配して破滅に追いやろうとしますよ!」

 とポチが言いました。闇の竜のデビルドラゴンに取り憑かれて魔王になったものは、必ずそれを望むようになるのです。

 フルートは即座に言いました。

「渦王に相談しよう。城に戻るぞ」

 そこで彼らは風の犬に変身したポチとメールの花鳥に乗り、渦王の城へと飛び戻っていきました――。

 

 渦王は、緑の森の中に建つ城の玉座の間にいました。世界の海の半分とそこに棲むものたちを治める王で、非常に強大な魔力の持ち主です。その渦王が、フルートたちの報告に難しい顔をしました。

「魔王がどこにいるかわからぬことには、こちらも動きようがないな。今のところ海で異常が起きているという報告は届いておらん。海のどこかに魔王が現れたのなら、いずれ必ずわしの耳に入ってくるはずだ」

 慎重な姿勢の渦王に、メールが言い返しました。

「ぐずぐずしてるわけにはいかないんだよ、父上! 魔王は他のヤツから力を奪って、自分の力にすることができるんだからさ! 放っておいたら、絶対に何かの力を手に入れて世界中を襲ってくるんだ! 大変なことが起き始めちゃうんだよ!」

 緑の髪にほっそりした体つきのメールと、青い髪とひげに立派な体格をした渦王。外見はまるで違う父娘なのですが、二人はそっくりな目をしていました。激情を秘めた海の色の瞳です。

 渦王が答えました。

「わかっている。こちらとて、むこうが出てくるのをのんびり待っているつもりはない。メール、親衛隊長のギルマンをここに呼んでこい」

「わかった!」

 メールは身をひるがえして玉座の間を飛び出しました。あっという間に足音が外の通路を遠ざかっていきます。

 

 渦王は、後に残った少年たちへ目を向けました。彼らの真剣な顔を眺めて言います。

「金の石の勇者のおまえたちのことだ。手がかりが見つかれば、すぐにも戦いに出ていくつもりなのだろうな」

「あったりまえだ!」

「それがぼくたちの役目です」

 ゼンとフルートが即答します。

 すると、渦王が重々しく尋ねました。

「では、メールはどうする? あれのことは連れていくつもりなのか?」

 少年たちは返事に詰まりました。

 メールは海から離れると死んでしまいます。海上や海辺で戦うならば良いのですが、海から離れた内陸での戦いには連れていくことができません。メールが元気になるのを待ちながら、フルートやゼンたちは何度もそのことについて話し合いましたが、まだ解決策は浮かばずにいたのでした。

「魔王が海に現れたなら連れていく。海から遠い場所だったら、島に置いていくさ」

 とゼンが答えると、渦王は苦笑しました。

「あれがおとなしく島で留守番などしていると思うか? わしが遠征にでかけるときでも、海底の岩屋に閉じこめておかなければ、置いていくことができなかったのだぞ」

 フルートとポチは思わず顔を見合わせ、ゼンは頭をかきました。渦王が言うとおり、メールは置いてきぼりが大嫌いです。いくら命に関わるから、と言われても、ひとりで島に残るはずはありませんでした。

「ったく。なんで海の民はそんなふうなんだよ! 渦王もやっぱり海から離れると死んじまうのか? 魔法でなんとかならねえのかよ!」

 とゼンに言われて、渦王は答えました。

「わしは平気だ。海の王であるからな。海の力は我が身のうちに共にあって、世界のどこへ行こうと、わしから離れることがない。だが、メールはそうではない。他の海の民もそうだ……。海の民は大昔は陸上で暮らしていたが、ある時から海に住むようになった種族だ。自分たちの体を海に合わせて魔法で作り変えたために、常に海から力を得なければ、自分の体を維持していくことができん。メールは半分森の民だから、他の森の民同様、森からも力を得ることができるが、それだけでは充分ではない。海から力を得なければ、やはり生きてはいけんのだ」

 ゼンは渋い顔で溜息をつきました。

「陸の戦いになるときには、縛ってでも置いていくしかねえだろうなぁ。あいつを二度とあんな目に遭わせるわけにはいかねえもんな」

「ワン、それでもメールはきっと追いかけてきますよ。一角獣伝説の戦いの時だって、死にそうなくらい弱っていたのに、ゼンにくっついてきちゃったんだから」

 ポチに言われて、一同はまた考え込んでしまいました。

 静かになった玉座の間に風が吹き込んでいました。城を包む植物の葉ずれの音が、風と一緒に流れ込んできます。その彼方にかすかに聞こえるのは、遠い潮騒の音です。

 

 やがて、渦王がまた口を開きました。

「やむをえんな。まだ時期尚早と思っていたが、そうも言ってはいられんようだ。ゼンに海の力を受け渡すことにしよう」

 えっ? とゼンやフルートたちは驚きました。

「ワン、海の力を受け渡すっていうのは――?」

「言っているとおりだ。わしの内にある海の力をゼンに渡す。つまり、ゼンを渦王にするのだ」

 少年たちは仰天しました。いきなりの話にあわててしまいます。

「ちょ、ちょっと待てよ、渦王! 俺を渦王にって――それはデビルドラゴンを倒してからの話だって、言ってあったじゃねえかよ!」

「状況が状況だ。メールは何があってもおまえたちと一緒に行くぞ。そこが灼熱の砂漠で、行けば命を落とすとわかっていても、絶対に後に残ろうとはせん。そういう娘だ。だが、海の王であれば、内にある海の力をメールに分けてやることができる。ゼンが渦王になりさえすれば、メールも無事でいられるのだ」

 言いながら渦王は玉座から立ち上がり、ゼンへ近づいていきました。ゼンは思わず後ずさり、いっそうあわてふためいて言いました。

「ま、待てったら、渦王! 俺が渦王だなんて、そんなのはまだ無理――」

 けれども、渦王の手がゼンの肩を捕まえました。もう一方の手で、反対側の肩もつかみます。とたんにゼンは身動きが取れなくなりました。ゼンの怪力でも振り切ることができません。

 渦王が気合いを込めたとたん、ゼンの体にすさまじい力が流れ込んできました。まるで高い山から激流が駆け下ってきたようです。ゼンは踏ん張りきれなくなって弾き飛ばされ、玉座の間の壁にたたきつけられました。その体の周りに、薄青い靄(もや)が煙のように漂います。

 

「ってぇ……」

 ゼンは頭を振って起き上がりました。全身に激しい痛みを感じたのですが、それももう消えてしまっていました。渦王に向かってどなります。

「待てって言ってんだろうが! どうしてこう、おまえら父子はせっかちなんだよ!? 人の返事も聞かねえで――!」

 そんなゼンをフルートは心配そうに見つめました。

「渦王の力が受け渡されたの……? どこか変わったようには見えないけれど」

 ゼンは今まで通り、布の服を着て青い胸当てをつけ、大きな弓矢を背負った猟師の格好をしていました。海の力をもらったからと言って、渦王のように青い長衣に変わったり、頭に金の冠が現れたりすることもありません。

「自分の内側に力を感じないか、ゼン?」

 と渦王が言いました。笑っていますが、なんだかひどく疲れたような顔をしています。

 ゼンは首をひねり、自分の体をあちこちさわって確かめてから言いました。

「別にどこも変わりないぜ。すごい水の流れのようなもんが俺の中に入ってきたのはわかったけどよ、今はもう何も感じねえ。なんか、俺の中を通り抜けていったみたいだ」

 ふむ、と渦王はうなりました。青い短いあごひげをなでながら言います。

「力は渡したが、まだ海の知恵は受け渡しておらんからな。使い方がわからんのだろう。海の王となるのに必要な知恵や知識なのだが、これも膨大な量だ。力は受け止められても、知恵のほうはゼンに受け止めきれるかどうか……」

 ゼンは、むっとしました。

「なんだよ、それ。俺が馬鹿だから覚えきれねえ、って言うのか?」

「有り体に言うと、そういうことだ」

 あっさり渦王に認められて、ゼンがめげます。

 

 すると、渦王が続けました。

「海の知恵のほうは、ゼンではなく、別の者に渡した方が良いのかもしれんな。生涯ゼンのそばにいて、ゼンが海を治めていく手助けをしてくれる、賢い者にな――」

 王の青い瞳が一人の人物を見つめました。ゼンとポチもごく自然に同じ人物を見ます。

 フルートはびっくりしました。

「え……ぼく、ですか!? ぼくに渦王の知恵を受け取れって!?」

「適任であろう?」

 と渦王が答えました。もうフルートに向かって歩き出しています。

 フルートはさっきのゼンと同じように後ずさり、あわてふためいて言いました。

「待ってください、渦王! ぼ、ぼくは金の石の勇者だから――! それに、シルの町でお父さんやお母さんだって待っているし――」

「ご両親にもこの島に来てもらえば良かろう。そのくらいの余裕は充分にある」

 渦王の手がフルートの肩を捕まえました。もう一方の肩も抑えようとします。フルートは必死で振り切ろうとしましたが、渦王の力が強くて逃げられません。

 ゼンが急いで割って入りました。

「おい、よせよ渦王! 勝手にフルートまで巻き込むな!」

 

 その時、大理石を敷き詰めた広間の床から、突然水しぶきが上がりました。

 水が噴き出したのではありません。石自体が水のように吹き上がって飛び散ったのです。

 しぶきの中から姿を現したのは、一匹の人魚でした。長い銀の髪と魚の尾をひらめかせて宙を跳ね、渦王を指さして叫びます。

「いたっ! あの人が渦王だよっ――!」

 再び音を立てて石の床に飛び込み、姿を消してしまいます。

 驚いて自分の目を疑った一同の前に、黒い影が現れました。黒い服に黒いマントをはおった、小柄な青年に変わります。

「へえ……ここが西の海を治める渦王の城か」

 青年は珍しそうにそう言って、部屋の中を見回しました。とたんに、フルートはぎょっとしました。眼鏡をかけた青年の瞳は、まるで血のように赤い色をしていたのです。唇の両端からは、白い牙の先端がのぞいています。

「こいつが魔王だ!!」

 とフルートは叫びました――。

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