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第13巻「海の王の戦い」

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3.呼び出し

 ポポロは袖無しの白い服を着て、赤い髪をいつものようにお下げに結っていました。全員からいっせいに振り向かれて、たじろいだように後ずさり、ごめんなさい、と繰り返します。その大きな瞳が、たちまち涙でいっぱいになってきたので、フルートがあわてて言いました。

「別に怒ってなんかいないよ。ただ、急にどうして? 天空の国に何をしに行くの?」

「天空王様に呼ばれたのよ……。メールが元気になったら、ルルと一緒に一度天空の国に戻ってきなさい、って」

 世界の上空には魔法の力で飛び続けている天空の国があります。そこに住む天空の民は全員が魔法使いですが、その中でも貴族と呼ばれる人々は強力な魔力を持っていて、天空王の命令で正義のために世界中へ遣わされていきます。ポポロはまだ十四歳の少女ですが、れっきとした貴族の一員なので、天空王の呼び出しには従わなくてはならないのでした。

 フルートはさらに尋ねました。

「どうしてだろう? ひょっとして、またポポロに修業を命令されるんじゃ――」

 ポポロはこれまでにも、何度も天空の国で魔法の修業をしてきました。フルートたちと一緒に戦うために、闇に対抗できる魔力を身につけてきたのです。けれども、それはいつも長く苦しい修業で、一度修業の塔にこもってしまうと、半年から一年は誰にも会えなくなってしまうのでした。

 不安そうな顔をするフルートに、足下からルルが笑いました。長い茶色の毛並みに銀毛が混じった、綺麗な雌犬です。

「大丈夫よ。それなら天空王様は最初にそうおっしゃるもの。ポポロに用事があるんですって。この島を出発するまでには、ちゃんと戻ってくるわよ」

 

 すると、ゼンが言いました。

「そんなにポポロと離れるのがいやなら、フルートもポチに乗って一緒に行きゃいいんだよ。メールが完全に元気になるまでには、もうしばらく時間がかかるんだ。その間することもねえんだから、天空の国で二人っきりでデートでもしてこい」

 とたんにフルートとポポロが真っ赤になったので、ルルがあきれました。

「二人っきりって、私とポチもいるのよ。私たちを無視しないでよ」

「おまえらはおまえらでデートすりゃいいじゃねえか。ちょうどいいだろうが」

 すると、白い子犬が真面目な声で答えました。

「ワン、その時には、ぼくはフルートを天空の国に置いて、すぐにまた戻ってきますよ。ぼくが天空の国ですることは何もないんだもの。邪魔になりますからね」

 ゼンは目を丸くしました。

「邪魔になるって、ポチ――おまえ、用事がなくたって、いつもフルートと一緒にいたじゃねえかよ。それに、フルートと同じで、おまえだってルルのそばにいたいはずだろう」

「ワン、ルルはポポロと一緒に天空王に呼ばれているんですよ。仕事で行くんだもの、遊び半分でついていっちゃ迷惑になる」

 仲間たちはさらにとまどいました。今まで、何かにつけてルルの後を追っていたポチです。見た目は小さな子犬でも、中身はもっとずっと大人で、フルートがポポロを、ゼンがメールを想うように、ルルを大切に想っていることも、皆が知っていました。そのポチが、自分からルルにはついていかない、と言い出したのが、すごく意外なことに感じられたのです。

 ルルも驚いた顔をしていました。いつもなら、「ま、生意気ね、ポチ」と言っているところなのに、このときには何故だか何も言えなくなってしまいます。

 けれども、すぐにフルートが苦笑いをして言いました。

「そうだね。ポチの言うとおりだ……。ポポロとルルは役目で天空の国に行くんだから、ぼくたちがついていくのは間違いなんだ。ぼくもゼンたちと一緒にこの島に残る。ポポロたちが帰ってくるまでちゃんと待っているから、安心して行ってきていいよ」

「フルート」

 ポポロの宝石のような瞳がまた涙ぐみ、にっこりとほほえみました。フルートがそれにうなずき返します。

 その足下で、ルルはまだとまどった顔をしていました。ポチをまじまじと見つめてしまいます。ポチは人の感情を匂いでかぎ取ることができます。ルルの気持ちは感じているはずなのに、ポチはルルを振り向くことも、返事をすることもありませんでした……。

 

 風の犬に変身したルルが、ポポロを乗せて上空へ飛んでいくのを、フルートたちは海岸から見送りました。天空の国へ向かうポポロの服は、星空の衣に変わっていました。天空の民の正式な衣装です。幻のようなルルの白い体とポポロの黒い裾が翼のようにひらめき、遠ざかって、雲の向こうに見えなくなっていきます。

 ふぅ、とフルートが溜息をついたので、ゼンが小突きました。

「なんだよ、やっぱり一緒に行きたかったんだろうが。かっこつけやがって。今からでも遅くねえぞ。ポポロを追いかけろよ」

 フルートはちょっと顔を赤らめ、口を尖らせて言い返しました。

「そうはいかないったら……。だいたい、この島でだって、これから気になる話が始まるんだから」

「あん? なんだ気になる話って?」

「君が渦王の跡継ぎになることだよ、ゼン。この話もメールが元気になってからだ、って渦王に言われてたじゃないか」

 あれ、と今度はメールが顔を赤らめ、ゼンも思わず頭をかきました。

「話って言われても、俺のほうじゃ別に何も言うことはねえぞ。将来渦王になってやるって決めたんだからよ。ただ、それはおまえと一緒にデビルドラゴンをぶっ倒してからだ。そうでなかったら、世界も海も安心して暮らせる場所にならねえんだからな。あとどのぐらい時間がかかるのかわかんねえけど、まだ当分先の話だぞ」

 すると、ポチが首をかしげました。

「ワン、それにしても、どうやったらゼンが渦王になれるんだろうなぁ? ゼンもぼくたちも人魚の涙を飲んでいるから、海で溺れることはないけど、渦王になるにはもっと大きな力が必要ですよ。広い海を統治するのはすごく大変なことだろうから、ものすごく強力な海の魔法とか嵐の魔法とか、使えなくちゃいけないはずなんだけど」

 そんなことを賢く言うあたりは、いつものポチと変わりがありません。

 メールが答えました。

「そのやり方は父上だけが知ってるんだよ。あたいは半分森の民だから、海の魔法は使えない。海の女王にはなれないんだから早く婿をとれ、ってみんなから言われてきたよ。父上がその男を新しい渦王にするから、って」

 それを聞いて、やれやれ、とゼンは肩をすくめました。

「それでおまえは親父さんや周りに反発していたんだよな? 王女のくせに戦士の稽古ばかりして、シルヴァなんて死んだ兄貴の名前を使って――。ったく、同じことを言うにしたって、もうちょっと言いようってのがあるだろうによ。それじゃメールが婿を取るためだけのお飾りみたいに聞こえるじゃねえか」

 大喧嘩をしていたメールと渦王の親子を仲直りさせ、さらに西と東の二つの大海から魔王を追い払って二人の海の王を和解させたのは、フルートたち金の石の勇者の一行でした。その時から、メールは勇者の仲間になったのです。

 空はよく晴れていました。

 白い雲の間で太陽が輝いています。まだ早朝なので空の低い場所にいますが、正午近くになれば、頭の真上近くから照りつけてきて、島は耐えられないほどの暑さになります。今はもう六月。太陽が空の一番高い位置を通っていく時期でした。

「どれ、そろそろ朝飯に行こうぜ。いい加減、準備ができた頃だろう」

 とゼンが言ったので、一行は城へ戻るために岩場を引き返し始めました。

 

 その時です。

 突然、フルートの胸元から音が湧き起こりました。

 シャラーン……シャララーン……

 ガラスの鈴を風に吹き鳴らすような音が響きます。

 フルートは大急ぎで首にかかった鎖をつかんで引っ張りました。鎧の胸当ての内側から、金のペンダントが出てきます。草と花の透かし彫りの中央で、守りの魔石が音を立てていました。金の石が強く弱く輝いています。

 シャラララーン…………

 三度目の音が消えていくと、光の明滅も収まりました。いつものように穏やかな金色に光るだけになります。

 フルートたちは顔を見合わせました。金の石が明滅するのは、闇の敵が迫っている証拠です。そして、石がこんなふうに鳴り響くのは、たった一つのことを意味していました。

「魔王がまた生まれてきた! デビルドラゴンが依り代(よりしろ)を見つけたんだ!」

 とフルートは声を上げました――。

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