「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第12巻「一角獣伝説の戦い」

前のページ

82.一角獣

 セシルがまた悲鳴を上げました。ユニコーンは角とたてがみに続いて頭が半分見え始めています。輝く白馬の頭です。せり出すように、セシルの胸から外へと抜け出てきます。

 ワン、とポチがほえました。

「ユニコーンはセシルの中にいたんだ! それが外に出てこようとしてるんです――!」

「違う。ユニコーンはこの世にはもう存在しない。かつての闇との戦いで、天空の国からも地上からも滅んでしまったんだ」

 と金の石の精霊が言いました。この状況の中で、一人冷ややかなほど落ち着いています。

「今、彼女から現れようとしているのは、契約の中で生きていたユニコーンだ。契約が実行されるときに体を与えられて、この世に姿を現すんだ。ドワーフたちが呼び出したサラマンドラのように」

 セシルはあえぎ続けていました。その顔は汗と涙でびっしょり濡れています。すさまじい苦痛が彼女を襲っているのです。その胸から、ユニコーンは現れ続けます。

「セシル!」

 触れられないとわかっていながら、オリバンはまた飛びつき、見えない壁に跳ね返されました。

 金の石の精霊は、ちょっと目を細めました。

「無理だ。誰にも彼女は助けられない。彼女は契約に従ってユニコーンに実体を与えている。実体の元は、彼女自身の体なんだ」

 フルートは驚きました。

「じゃ、あのユニコーンは、セシルの体を自分の体に変えているのか!? それで彼女はあんなに――。ユニコーンが完全に出てきたらどうなるんだ!?」

「彼女の体の大半を使って抜け出してくるんだ。彼女は死ぬだろう」

 精霊のことばは、いらだつほどに冷静です。

 

「セシル! セシル――!」

 呼び続けるオリバンに、セシルが目を開けました。ユニコーンはもう首の中ほどまで実体化しています。セシルはあえぎ、苦痛に顔を歪めながら笑いました。

「これでいいんだ……。ユニコーンはすべての病を癒して命を救う。メールの命も救ってくれる……。メールは、仲間と共に世界を救ってくれる勇者だ。私なんかよりもはるかに大切な……」

 ずずっ、とユニコーンの頭がまた前に出てきました。長い首に続いて白い馬の体が現れようとしています。セシルはまた鋭い悲鳴を上げてよろめきました。もう話すことができません。

「セシル――!!」

 オリバンは必死で呼び続けました。どうしても彼女には触れられません。

 フルートは精霊の少年を振り向きました。

「金の石! セシルを助けてくれ!」

「ぼくの力では無理だ。彼女自身が望んでユニコーンを呼び出している。契約の妨げはできない」

「そんな!」

 彼らの目の前で、セシルの体が薄れてきたような気がします。それとは反対に、ユニコーンはどんどんその姿を現していきます。清らかなほどに美しく輝く、白い馬です――。

 

 すると、突然フルートたちの後ろで声がしました。

「ヨエータアオダラカニルシーセ!」

 ポポロがセシルを見つめながら右手を高く上げていました。星空の衣の黒い裾が、湖の中で揺れながら、星のきらめきを放っています。

 とたんに湖の水が彼らの周囲で渦を巻き始めました。うなりを上げながら速度を増し、一カ所に集まって空に上り始めます。竜巻です。

 湖の中に立っていた全員は、足をすくわれそうになって必死で踏ん張りました。水に浮いていたポチとルルが、竜巻の方へ吸い寄せられていきます。すると、金の石の精霊が手を向けました。淡い金の光が二匹を包み、いかりを降ろした船のように、その場から動かなくなります。

「ポ――ポポロ、何の魔法を使ったのよ!?」

 とルルが尋ねました。

 ポポロ自身も流れに引き倒されそうになっていました。駆けつけてくれたフルートにしがみつき、青ざめながら竜巻を見上げます。

「セ、セシルの体を助けようと思って――でも――」

 竜巻はますます大きく激しくなっていました。湖の水も底の砂も、さらには金陽樹の森から枝や葉もむしり取って巻き込んでいきます。水しぶきが小石の粒のように彼らの全身をたたきます。ポポロ自身にも、どうして魔法がこんな形で発動するのかわかりません。

 竜巻が大きく向きを変えました。うなりを上げて空から地上へと駆け下り、セシルに向かって飛んできます。

「危ない――!!」

 一同は思わず叫びました。渦巻く水や砂利が、ユニコーンを生み出している女性に襲いかかります。

 

 ところが、竜巻はセシルのすぐ上で消えました。彼女の中に、吸い込まれるように見えなくなっていきます。

 ガツッと音が響きました。ユニコーンが前足まで抜け出して、湖底の砂を蹴ったのです。……セシルの足下からは湖の水も消えていました。やはり彼女の中に吸い込まれていくのです。

 まばゆい光が彼女を包み、一本角の獣が姿を現していきます。前足に続いて、白い胴が、後足が、セシルの中から出てきます。そのたてがみは黄金、瞳は深い青、蹄はヤギのように二つに分かれています。最後に出てきたユニコーンの尾は、馬ではなく、ライオンの尾の形をしていました。

 ユニコーンがセシルから完全に出たとたん、空から竜巻が消えました。ざあっと音を立てて湖の水が押し寄せてきます。

 流れに足をすくわれて倒れかけたセシルを、オリバンが抱きとめました。――彼女に触れることができました。強くそれを抱きしめて尋ねます。

「セシル! 大丈夫か!?」

「オリバン……」

 とセシルは返事をしました。ずぶ濡れの顔は青ざめていますが、しっかりとオリバンを見つめ返しています。その胸に、ユニコーンが出てきた痕はありません。

 精霊の少年が、腰に手を当てて首をかしげました。

「周囲の水や物を使って、セシルの体を再生させたのか……。相変わらず、すごい魔力だな」

 ザザーッと流れる音を立てて水が戻ってきます。揺れに揺れ、大波を作る湖の中に、聖なる獣が立っていました。白と金のユニコーンです。ねじれた角の先端が日の光に輝いています。

 

 すると、ユニコーンが口を開いて人のことばを話しました。

「私は契約に従ってこの世界に戻ってきました。世界は今もまだ、闇と悲しみに広くおおわれていて、私は少しの間しかここに留まれません。あなたたちが救ってほしいものはなんですか?」

 聖獣の声は女性のように柔らかでした。

 セシルは夢中で言いました。

「メールを――彼女を助けてくれ! 早く!」

 ユニコーンは長い角の生えた頭で振り向きました。湖の中でゼンがメールを抱きかかえています。メールはまったく動きません。呼吸さえ、もうほとんど停まりかけているのです。

 ゼンが言いました。

「こいつを助けてくれ、ユニコーン……。代わりに俺の命をやるから」

 ゼンは泣いていました。次第に冷たくなってくるメールの右手を、堅く握り続けています。

 ユニコーンが水の中を歩いて近づいてきました。メールに顔を寄せ、少しの間見つめてから、こう言います。

「これは海の娘です。陸の上では生きることができない存在なのです」

 全員はまた驚きました。

 ゼンがどなり返します。

「そんな馬鹿な――! こいつの半分は森の民なんだぞ! ずっと俺たちと一緒にいても平気だったのに――!」

「海の民は、海から生きるための力を得ています。森の民の血が助けていたのでしょうが、それにも限りはあります。海から離された海の民が死んでいくのは当然のことなのです」

 静かに言い続けるユニコーンに、仲間たちはまた、そんな! と叫びました。ポチが言います。

「ワン、ぼくが風の犬に変身して海に運びます! 早くメールをぼくに!」

「残念ながら間に合いません。海の娘は間もなく死ぬでしょう」

 とユニコーンが答えます。ポポロとルルが悲鳴を上げて泣き出し、セシルとオリバンが青ざめます。

 ゼンはメールを抱いて立ちつくしていました。何を言われても右手をメールから離そうとしません。手から手へ命の力を受け渡して、メールをこの世に引き止めようとしています。

 

 フルートはユニコーンの前に行きました。湖の中にひざまずき、聖なる獣を見上げて言います。

「お願いです。メールを助けてください」

 ユニコーンはそれを見下ろしました。

「この娘がいなくては闇を倒せないからですか?」

 穏やかなのに、何故か鋭く聞こえる声です。フルートは首を振りました。

「役に立ってくれるからじゃありません。ぼくたちの大事な友だちだからです――」

 それ以上はことばが続かなくなって、想いのありったけを込めて、聖なる獣の目を見つめます。

 すると、ユニコーンの青い瞳が急に優しくなりました。ほほえみかけるようにフルートを見つめ返し、周囲で立ちつくす者たちを見回して、こう言います。

「あなたたちの大切な人を助けてあげましょう。目覚めなさい、海の娘。あなたを待つ人々の元へ戻ってきなさい」

 ユニコーンのねじれた角がメールに触れたとたん、メールが大きな息をしました。停まりかけていた呼吸が深く強くなっていきます。全員が固唾を呑んで見守る中、海の色の瞳が開きます。

「みんな……」

 仲間たちを見て、メールは言いました――。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク