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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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80.岸辺

 フルートたちは森の中央の湖にいました。

 小石だらけの岸辺にフルートとポポロ、ポチとルルが集まって、ゼンが湖に入っていく様子を見守っています。ゼンは両腕にメールを抱きかかえていました。岸から三、四メートル離れたところで、そっとメールを水の中に下ろします。

 ちょうどそこへオリバンとセシルが到着しました。

「大丈夫なのか!? 水に入ったりして――!」

 とセシルが驚いて馬から飛び下りたので、フルートたちがいっせいに振り向きました。湖の中でゼンが肩をすくめ返します。

「心配ねえ。こいつは半分海の民だからな。水の中にいるほうが元気になるんだ」

「うん、そういうこと」

 水に腰まで浸かって座りながら、メールも答えました。周囲の水をかき混ぜて笑顔になります。

「冷たくていい気持ち……。海の浅瀬に座ってるみたいだよ。波と潮の香りがないのが、ちょっと物足りないけどね」

 ナージャの森に戻ってきてから、メールは少しずつ元気になってきていました。癒やしの木と呼ばれる金陽樹が、メールにも良く働きかけているようです。風が吹くたびに金の葉がざわめき、すがすがしい香りであたりを充たします。

 すると、メールがすくった水をゼンに向かって飛ばしました。

「そら、ゼン! あんたも水に入りなよ!」

「わっぷ。いきなりかけるな!」

「いいじゃん。一緒に泳ごうよ」

「馬鹿野郎、泳ぐな! まだ無理だぞ!」

 二人が賑やかに言い合う様子は久しぶりでした。仲間たちが思わず笑顔になります。

 オリバンも馬から下りてきて言いました。

「メールが旅に耐えられるくらい回復したら、ロムド城へ向かって出発する。そこでメールの病をしっかり治すのだ。おまえたちは、デビルドラゴンを倒すために、一人も欠けてはならないのだからな」

「ありがとう、オリバン」

 とフルートは答えて、またメールを眺めました。メールはまるで人魚のように水の中に座り続けています。

 

 やがて、ゼンがメールを残して岸へ戻ってきました。メールの様子に、一人にしておいても大丈夫そうだと考えたのです。

「腹減ってねえか? そろそろ昼飯の時間だ。ぱっぱと何か作ってやるぞ」

 そこで、一行は森の中に戻りました。ポポロだけが岸辺に残り、石に腰を下ろしてメールとおしゃべりを始めます。

 ゼンが火をおこす間に、フルートが話を切り出しました。

「オリバン、実はぼくたち、ロムドに戻ったら、白い石の丘に行こうかと思っているんです」

 オリバンは目を丸くしました。

「ということは、賢者のエルフに会いに行くつもりか」

「聞きたいことがいろいろあるんです。メールの病気のこともだし、デビルドラゴンを倒す方法のことも――。もっと早く思いつくべきだったんです。あの人は白い石の丘にいて、世界中のいろいろなことを知っているけれど、こっちから訪ねていかないと、決してそれを教えてはくれないから」

 すると、セシルがすまなそうな顔になりました。

「結局、私はデビルドラゴンを倒すためには、何の役にも立てなかったな……。ユニコーンだって、呼び出すことはできなかったし」

 フルートは首を振りました。

「ユニコーンを呼び出すには、引き替えにセシルの命が必要だったんでしょう? そんなこと、できるわけがない。また別の方法を探しますよ」

「あったりまえだ。そんな馬鹿な真似をするヤツは、俺が思いきりぶん殴ってやるからな」

 とゼンがにらんだのは、セシルではなく自分の親友でした。フルートが肩をすくめます。

「もうやらないったら。何度言ったらわかるんだよ」

「いいや、おまえは知らん顔して、時々とんでもないことしやがるからな。信用できねえ」

「もう絶対やらないって! ぼくにはポポロがいるんだからさ」

「お、言ったな、こいつ。ぬけぬけと。ポポロに聞かせてやる。おぉい、ポポロ、今フルートがな――!」

「馬鹿、やめろ! そんなこと言うなよ!」

 急に賑やかになった少年たちを、湖から少女たちが呆れて振り向きます。

 一人、意味がわからないでいたセシルに、オリバンが静かに言いました。

「我々が王族としての重さを背負っているように、あいつもまた勇者として重い定めを背負っているのだ。そのうちに、あなたにも聞かせよう。長い長い物語になるから、話すのにも時間がかかるのだ」

 セシルはちょっと首をかしげ、やがて、わかった、とうなずきました。

「近いうちに聞かせてくれ。いくら時間がかかってもかまわない。私たちには、これからたくさんの時間があるのだから」

 そう言って柔らかくほほえむセシルに、オリバンも笑顔になります――。

 

 すると、一同が集まる場所から、すっとルルが離れていきました。何も言わずに森の奥へと歩いていきます。ポチがすぐに気がついて、後を追いました。

「ワン、どこへ行くんですか、ルル?」

「ただの散歩よ。ついてこないで」

 つんつんした口調で、ルルは言いました。そのまま歩いていきますが、ポチがまた後を追いかけると、怒ったように振り向きました。

「ついて来ないでったら! 聞こえなかったの!?」

 ポチは立ち止まり、首をかしげて言いました。

「一人のほうがいいですか、ルル? そのほうが泣けるから?」

 ルルは一瞬ことばに詰まり、すぐに強く言い返しました。

「何を言ってるのよ、ポチ! どうして私が泣かなくちゃいけないの! ただの散歩だって――」

「ルルは、オリバンが好きだったんですよね」

 とポチは言いました。またことばに詰まったルルを見ながら、静かに続けます。

「わかりますよ。だって、ぼくは匂いで気持ちが読めちゃうんだから……。最初ルルははフルートが好きだった。でも、ポポロがいるからそれをあきらめて、今度はオリバンを好きになった。だけど――」

 

 ガウッと突然ルルがほえました。歯をむき出してどなります。

「黙んなさい、ポチ! 本当に生意気ね、あなた!」

 ごめんなさい、とポチはうなだれました。怒られたからではありません。ルルの目に涙が光っていたからです。

 ルルは泣き顔をそむけて、怒ったように言い続けました。

「子どもがわかったようなこと言わないでよ! 心の中では笑ってるくせに! 犬のくせに人間ばかり好きになってる、馬鹿なヤツだって! 絶対に報われるわけないのに、って!」

「ワン、そんなことは――」

 けれども、ルルは顔をそらし続けていました。小刻みに震える体の向こうから、泣き声が聞こえてきます。

 ポチは少し考え込み、静かにまた続けました。

「ワン、天空の国にいるもの言う犬は、きっと、とても人間に近いんですね。だから、犬じゃなくて人間が好きになっちゃうんだ……。ぼくは半分普通の犬だし、ルルより四つも年下だし。ルルがぼくをそういうふうに好きになってくれないのは、しょうがないことなんですよね……」

 なんだか妙に明るくて悲しげな声でした。ルルが思わず振り向くと、ポチはそれを見つめ返しました。犬の顔でにっこり笑って見せます。

「ぼくは、ずっとルルの弟なんですよね。どんなにがんばったって、ルルより年上になんてなれないから。ぼくは本当にルルが大好きなんだけど――でも、やっぱりぼくは、ぼく以外のものにはなれないから。どうしようもないですよね」

 自分より二回りも小さな子犬が急に大きくなった気がして、ルルはとまどいました。ポチは、まるで大人のような目をしています……。

 

 すると、ポチが近寄ってきて、ぺろりとルルの顔の涙をなめました。笑うような声で言います。

「ワン、恋人とかにはなれなくたって、ずっと友だちではいられますよね? だって、ルルとぼくは同じもの言う犬だから。仲間同士なのは、ずっと変わらないですよね?」

 ポチ、とルルはつぶやきました。子犬の声は明るすぎて、妙に空っぽに聞こえます。

 けれども、ポチはルルに尻尾を振って見せました。

「ワン、元気出して、ルル。ルルにもきっと素敵な人は見つかるから。だって、ルルは本当はすごく優しいし、かわいいんだもの」

 ルルは何も言えませんでした。何か言わなくてはいけないような気がしますが、言うべきことばが浮かんできません。子犬は尻尾を大きく振り続けていました。彼女を優しく見上げています――。

 

 その時、湖から水音が響きました。続いてキャーッと悲鳴が上がります。ポポロです。

 全員が驚いて振り向くと、ポポロがしぶきを立てて湖に駆け込んでいくところでした。その行く手に、今まで座っていたメールの姿が見当たりません。

 ゼンは飛び上がりました。フルートとオリバンも駆け出します。

 ポポロがかがみ込んで、水の中へ手を伸ばしました。泣きながら呼びます。

「メール! メール!!」

 ポポロが夢中で水から引き上げたのは、目を閉じてぐったりしている緑の髪の少女でした――。

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