「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第12巻「一角獣伝説の戦い」

前のページ

エピローグ 一角獣

79.ナージャ

 ナージャの森を日差しが照らしていました。白樺のような白い枝と金色の葉が、風の吹くたびにざわめきます。もう五月。吹き抜ける風は爽やかです。

 そんな初夏の森を二頭の馬が歩いていました。乗っているのはセシルとハロルド皇太子です。セシルは今日も男の格好をして、若草色のマントをはおっていました。馬を並べる弟へ優しくほほえみかけます。

「本当に、もう馬に乗るのも平気なのだな、ハロルド」

 皇太子はにっこり笑い返しました。姉によく似た笑顔が広がります。

「おかげさまで。金の石の力というのはものすごいですね。いつもずっとつきまとっていた胸苦しさや体のだるさも、もうまったく感じません。こんなに気分のいい日々は生まれて初めてです」

「それは良かった――。金の石の勇者たちに感謝しなくてはな」

 とセシルがいっそう嬉しそうに言います。

 

 デビルドラゴンをメイ城から撃退し、ロダを倒した彼らは、王都からナージャの森に来ていました。もちろんフルートたちも一緒です。ハロルド皇太子が久しぶりに馬に乗りたい言ったので、セシルがつき合って二人で散歩に出たのでした。

 オリバンとフルートたちは、この後しばらくナージャの森に滞在してから、ロムド城へ戻ることになっていました。その時にはセシルも同行します。

「姉上はこの後はずっとロムドにいらっしゃるおつもりですか? 結婚式まで」

 とハロルド皇太子が尋ねたので、セシルは顔を赤らめました。

「先方がどう考えるかだが……オリバンはそうさせるつもりでいるようだ。ロムドとメイを行ったり来たりするのは面倒だろう、と言われた」

 ハロルド皇太子は、またにっこりしました。

「私もそれがよろしいと思います。姉上たちは離ればなれでいないほうが良いと思うし、今回のメイ城の一件は、王都中に噂の嵐を引き起こしています。中には、姉上が王室の乗っ取りを企んだと邪推する連中もいるようです。姉上は王都には戻らずに、ナージャから義兄上と一緒にロムドへ行かれる方が安全でしょう」

 皇太子は、早々にオリバンを義兄と呼んでいました。セシルはちょっと淋しくほほえみ返しました。

「そうだな……私は疑われる立場にあるのだから、それはしかたがないことだ。私の母上はこのままメイに残ると言い張っている。手をわずらわせることになると思うが、よろしく頼む」

「大丈夫です、私と母上で必ず皆の誤解を解いてまいりますから。メイの国民も、姉上の本当のお気持ちを知れば、心から姉上の結婚を祝ってくれることでしょう。姉上たちの結婚式までには、必ずそういたします」

「ありがとう、ハロルド。――義母上と仲良くな」

 姉に言われて、皇太子は真剣な顔になりました。

「はい……。今回のことで、私は母上の王としての実力を知りました。母が本当は私を愛してくれていたことも……。これからは、母から王としてのあり方を学び、皆から信頼される王になりたいと思っています」

「そう、義母上は本当に優れた王だ」

 とセシルは言いました。

「もちろん、そのやり方すべてが正しいとは言えないかもしれない。厳しすぎると誹る(そしる)者もあるだろう。だが、今、メイがこうしてあるのは、義母上のおかげだ。私も、義母上のなさったことを全部許せたわけではないが、それでも、やむをえなかったのだということはわかっている。すべてはメイを守るためだったのだからな」

「私は、全部を母上のようにしようとは思っていません」

 とハロルド皇太子は答えました。

「見習うべきところは見習いますが、私には私の理想の王の姿がありますから。母上とはまた違う王になっていくつもりです」

 黒い目を輝かせ、頬を紅潮させてそう言い切る弟を、セシルはちょっと意外そうに眺め、それからまた優しく笑いかけました。

「本当に頼もしくなってきたな……。メイは将来も良い王をいただくことになりそうだ」

 

 彼らが森の駐屯地に戻ると、そこではオリバンと女騎士団が待っていました。白い鎧兜に身を包んで整列する女性たちの先頭に、男のように大柄なタニラが進み出てきます。

「隊長と皇太子殿下の遠乗りのお姿を、騎士団全員で拝見に来ました。元気になられて本当にようございました、殿下」

「ありがとう」

 とハロルド皇太子が馬の上から答えました。まだ十三歳ですが、その態度にはすでに王者としての風格が漂い始めています。

 こちらはもう王のように堂々としたオリバンが話しかけてきました。

「フルートたちが湖へ行った。我々もそちらへ行くことにしよう」

 オリバンはすでに馬にまたがっていました。ハロルド皇太子は笑って首を振りました。

「私はここで、義兄上。どうぞお二人でいらしてください。お邪魔をして、豚にかみつかれたくはありませんから」

 恋する二人を邪魔する者は豚にかまれる、ということわざを引き合いに出すと、どっと女騎士たちが笑い声を上げました。ナージャの立ち退きを迫る国王軍と対峙して一歩も引かず、森を守りきった彼女たちです。笑い声は明るくたくましく響きます。

 タニラがまた言いました。

「我々はこれからも引き続きナージャの森を警備していきます。隊長がロムドに行かれた後は、ハロルド殿下が私たちを監督なさいます。ですが――我々女騎士団の隊長は、これからも永久にセシル隊長お一人です。我々の忠誠は、隊長だけに捧げられているからです。ロムドに嫁がれた後でも、隊長に何か事があれば、女騎士団全員が隊長の下へはせ参じます。それだけは、いつまでもお忘れなく」

「タニラ――みんな――」

 セシルは馬の上から部下たちを見回しました。ずっと自分を守り助けてくれた、頼もしい女性たちです。すると、女騎士たちが笑顔を返しました。自分たちの隊長の幸せを願う気持ちが伝わってきます。

「ありがとう」

 とセシルは言いました。すみれ色の瞳に、うっすらと涙が光ります。

「隊長と、未来の夫であるロムド皇太子殿下に、敬礼!!」

 とタニラが言って、拳に握った右手を胸の前で横に構えました。百名の女性たちが、いっせいにそれにならって敬礼します。白い鎧兜、赤いマント、まっすぐに隊長を見上げるまなざし。一糸乱れぬ、美しいまでに統制の取れた騎士団です。

 ついに泣き出したセシルの肩を、オリバンがそっと抱き寄せました――。

素材提供素材サイト「スターダスト」へのリンク