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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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77.光

 ロダは、おどろに姿を変えていました。玉座の間に闇の風は吹き荒れ続けています。それを吸い込むようにして、黒い泥の怪物が大きくなっていきます。

「何故、ロダがおどろになるのだ!?」

 と驚くオリバンにフルートは言いました。

「デビルドラゴンの闇の力がロダの体を崩壊させたんだ――! おどろは闇の怨念に囚われた魂。ロダは人間の形を取れなくなって、おどろになってしまったんだ!」

 うオぉォぉオぉ……とおどろがうなり続けていました。それはもう人の声ではありませんでした。それでも、おどろは大きく揺れ動き、人のことばを発しました。

「ナゼダ――ナゼ、こうなル、でびるどらごん!? 私ハ最強の魔王――ナノだゾ――!」

「我ノチカラヲ望ンダノハ、オマエダ。オマエノ体ハ闇ニ近イ。闇ガ大キケレバ、タチマチ闇ニ変ワル。ソレガワカッテイタカラ、オマエヲ依リ代ニハ選バナカッタ。ダガ、コウナッテハ贅沢モ言ッテハイラレナイ。闇ノ泥トナッテ勇者タチヲ呑ミ込ミ、世界スベテヲ食ライ尽クスガイイ。ソレガ、オドロノ役目ダ」

「馬鹿ナ――」

 と泥の怪物はまたうめきました。何かを振り切ろうとするように大きく身をよじりますが、ただ泥の体が揺れるだけです。闇の風はやむことがなく、おどろをますます巨大にしていきます。

「私ハ――王にナル男なのだゾ――! ソノタメニ、強大な力ヲ持って生まれてキタ! 玉座ニ座り、総ての人民にカシズカレ、魔獣ニモ人間ニモ命令を下ス――ソレガ私なのダ――! こんな――コンナ、あさましい姿ナド――――」

 

 どおっとまた強い風が吹きました。玉座の間の人々は吹き倒されそうになって、あわてて踏ん張りました。黒い泥の怪物は部屋の天井に届くほど大きくなっていました。それでもまだふくれあがるのをやめようとはしません。

 憎イ、とおどろはうなりました。

「憎イ、憎イ、憎イ――金ノ石ノ勇者――! 貴様ハ生かしてオカヌ。貴様ヲ食らい、仲間ヲ食らい、めいヲ呑み尽くし――全世界ヲ我が内ニ取り込んでヤル――! 私は――世界の王ダ――!!」

 ぐわっとおどろがそそり立ちました。泥の津波のようにフルートに襲いかかって押しつぶそうとします。

 フルート! と仲間たちが声を上げます。

 すると、勇者の少年は片手をおどろに突きつけました。そこにはいつの間にかまたペンダントが握られていました。

「光れ!」

 と言ったとたん、金の光が爆発するように輝きます――。

 

 光が降りそそぐと、おどろの黒い体が溶けて蒸発し始めました。泥が波立ち、ねじれうごめきます。

 けれども、それでも闇の風は止まりません。おどろに流れ込み、その体を再生させていきます。いくら光が溶かしても、また復活していくのです。

 フルートの手の中で金の石が明滅しました。力尽きるように暗くなっていきます。フルートは石をさらに強く握りしめ、想いを込めて叫びました。

「こらえろ、金の石――! こいつをこのままにしておいたら、本当に世界中が呑み込まれる! がんばれ――!」

 光がまた強くなりました。フルートへ迫っていたおどろを、ぐっと押し返します。

 けれども、それは一瞬でした。すぐに金の石はまた弱まり、光が薄れていきます。おどろが盛り返し、フルートに襲いかかろうとします。

 すると、オリバンが飛び出しました。リーンと剣が鳴ると、フルートを打ちのめそうとした泥が消滅します。

「下がれ、フルート!」

 とオリバンはどなりました。

「今の金の石にはこいつは消せん! 石が砕けて消滅するぞ!」

「だめだ!」

 とフルートは叫び返しました。泣き出しそうな顔でペンダントを握り続けます。

「光が消えたとたん、こいつはふくれあがる! そうなったら、もう誰にも止められない――!」

 おどろのしぶとさと強大さは、赤いドワーフの戦いの時に、嫌と言うほど思い知らされていました。今、この大きさのうちに消滅させなければ手遅れになると、フルートにはわかっていたのです。

 金の石が激しく明滅します。強く弱くなる光の中で、小さく砕ける音がします。

 金の石! とフルートは心の中で叫びました。ごめん、金の石! 耐えろ! がんばるんだ――!

 光の中からまた砕ける音が聞こえた気がします……。

 

 すると、突然誰かがフルートの肩をつかみました。

 冷たくて熱い何かが、肩先からフルートの中にどっと流れ込んできます。

 とたんに、金の石の輝きが強まりました。たちまち明るさが増し、おどろを強く照らし始めます。じゅうぅ……と音を立てて怪物が蒸発していきます。

 フルートは驚いて隣を見ました。肩をつかんでいるのは、赤い髪とドレスの女性です。少しも変わらない表情でこう言います。

「そなたは守護のに無理をさせすぎると言っているのだ。私の喧嘩相手を消滅させるつもりか?」

 フルートは思わず目を丸くしてしまいました。願い石の精霊はいつも通りの無表情ですが、その手からフルートの中へ力が流れ込んでいました。それが金の石へと伝わっていきます。

 ますます輝きを強める金の石から、少年の声が聞こえた気がしました。

「誰が喧嘩相手だ。冗談じゃない――!」

 

 部屋中を照らす光の中で、人々は歯を食いしばっていました。光が強すぎて、全身に痛みを感じるほどだったのです。互いに寄り集まることで、少しでも光から身を守ろうとします。ゼンとメールとポポロ、セシルと皇太子とメイ女王、オリバンは足下に駆けつけていたポチとルルを抱えます。

 フルートだけは一人で立ち続けていました。同じ光の痛みはフルートにも襲いかかります。それでも決して引かず、石をかざし続けます。

 おどろがみるみる小さくなっていました。光の中で闇の泥が消滅していくのです。吹き込む闇の風が弱まり、やがてとだえます。それでも光が輝き続けるので、おどろはさらに小さくなり――ついには人間の姿になりました。痩せた長身に高いわし鼻、赤黒い長衣を着たロダです。

 すると、その体から巨大な黒い影が抜け出していきました。蛇のように長い首を伸ばし、部屋中をびりびりと震わせながら咆吼を上げます。その姿も声もすぐに光の中に薄れて消えていきます――。

 

「やった! 逃げていったぞ!」

 とゼンが歓声を上げました。セシルたちもオリバンたちも顔を上げて光を見ます。その中にいるのは、人の姿に戻ったロダだけです。

「デビルドラゴンが去って元に戻ったのか」

 とセシルが言うと、フルートが答えました。

「まだだ――まだ、終わってない――」

 フルートの手の中で、金の石はまだ輝き続けていました。ロダの上に光を浴びせ続けています。

 すると、今度はロダの体が溶け始めました。赤黒い衣も白髪まじりの髪も、痩せた顔も体も、崩れて流れていきます。

 思わず息を呑んだ人々の足下で、ポチが言いました。

「ワン、ランジュールと同じだ――! 魔獣使いは闇に近い存在だから、闇の怪物と合体すると、体が闇に変わってしまうんです! だから、金の石の光で溶け続けてるんだ!」

 ロダは全身がただれたように崩れていました。

「よくも――金の石の勇者――よくも、よくも――」

 自分自身が怪物のようになった姿でフルートに迫ってきます。

 フルートは金の石をかざし続けました。その優しい顔は歪み、唇は血がにじむほど強くかみしめられています。

 ロダが両腕をフルートに突き出してつかみかかってきました。その頭に髪の毛はもう一本もありません。まぶたも鼻も唇も流れ落ちた顔で口を大きく開けます。

「許さん――金の石の勇者――絶対に、許さん――!」

 フルートの腕をつかんだ手が溶け、音を立てて崩れ落ちます。金の鎧の上に残った指が光の中で消えていきます。

 許さん、許さん、許さん――とロダは繰り返していました。恨みの声です。その体がどんどん溶けていきます。立っていられなくなってその場に倒れ、さらに小さく小さく溶けていきます――。

 

 金の石がついに光を収めました。また穏やかな金色に戻ります。

 もう、フルートの目の前にロダはいませんでした。溶けた痕もありません。何一つ残すことなく、消滅したのです。

 フルートはペンダントを下ろすと、唇をかんだままうつむきました。他の全員は茫然と立ちつくしてしまいます。フルートの隣から、願い石の精霊が音もなく消えていきます――。

 すると、部屋の入り口からポポロが駆けつけてきました。フルートは顔を上げると、目の前に来た少女へ優しくほほえんで見せました。

「これで全部終わったね」

 ポポロは泣き出しそうになりました。フルートは痛みに耐えるような顔で笑っていたのです。

 ポポロはフルートに腕を伸ばしました。冷たい鎧の背中に手を回して強く抱きしめます。フルートもそれを抱きしめ返しました。そのまま、少女の暖かな肩に顔を埋めてしまいます。

 風がやみ、敵が消えた玉座の間。ひっそりと抱き合う少年と少女を、仲間たちが見守っていました。

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