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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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76.闇の風

 すると、管狐が魔王に飛びかかりました。赤黒い衣から突き出た手首に、鋭い牙でかみつきます。魔王は悲鳴を上げ、その拍子に狙いが狂いました。魔弾が女王たちからそれて壁に飛び、掲げてあったメイの紋章を撃ち砕きます。

 ひらりと飛び戻ってきた管狐に、セシルはほほえみました。

「ありがとう、助かった」

 大狐は笑うように目を細め返し、また大きく宙に飛びました。今度は群がるカニの怪物へ襲いかかっていきます。

 

 フルートはセシルや女王たちの前へ駆けつけました。オリバンやゼン、二匹の犬たちも集まってきます。

 管狐がカニたちを蹴散らしているのを見て、ゼンが言いました。

「こりゃいい。強いじゃねえか、あの狐」

 さすがのカニたちも、管狐に恐れをなして後ずさり始めています。

 そこへ、魔王がまた魔弾を撃ち出しました。玉座に集まる人々を直撃します。とたんに金の光が広がりました。魔弾が残らず砕けます。

 メイ女王はさらに驚いて、光の中心にいる金の鎧兜の少年を見ました。

「そなたが金の石の勇者か……。何故、ロムドの敵である我らを助けるのじゃ?」

 フルートは振り向きませんでした。小柄な体で誰より一番前に立ち、魔王を真っ正面に見ながら答えます。

「ぼくらの敵はあなたたちじゃない。魔王と、その中にいるデビルドラゴンだ。闇と戦っていくのに、ロムドかメイかなんて関係ない」

「ついでに人間かドワーフか、なんて種族の違いも関係ねえよな」

 とゼンがにやりとして、ロダを顎で示しました。

「あいつ、今までの魔王より力が弱いぞ。ぶちのめしたところに光を食らわせろ、フルート。きっと倒せるぞ」

「な――んだと!?」

 魔王のロダは怒りました。血の色の目をつり上げてわめきます。

「私を馬鹿にするか! 最強の魔獣使いで魔王の私を! 許さんぞ!」

 雨のような魔弾が飛んできました。四方八方から彼らに襲いかかります。闇の弾は金の光がすべて砕きますが、攻撃が激しくて、反撃することができません。

「ワン、すごい数だ」

「動けないわね」

 とポチとルルは言って悔しそうに顔を見合わせました。あたりはまだ魔王の支配下にあります。二匹は風の犬に変身することができないのです。

 

 同じ魔弾は玉座の間の至るところに飛び散っていました。ロダが呼び寄せた怪物にも命中して、カニたちが次々に死んでいきます。

 すると、ケーン、と管狐が悲鳴を上げました。足に魔弾を食らったのです。セシルが顔色を変えて叫びました。

「戻れ、管狐! 早く!」

 たちまち大狐の体が別れ、五匹の小狐に変わりました。魔弾を避けて部屋中を飛び回り、セシルが腰に下げた金属の筒へと姿を消していきます。最後に逃げ込んだ狐は、後足から血を流していました。

 腰で揺れる銀の筒を、セシルはぎゅっと手の中に握りました。

「ありがとう……」

 と感謝します。

 

「どうする、フルート!?」

 とオリバンが尋ねました。金の光の中にいる限り、彼らは魔弾から守られています。けれども、金の石はフルートと共にあるので、フルートがここから動けば、とたんに彼らは魔弾の餌食になってしまうのです。

「ちょっとの間、ここの攻撃をそらすことができれば――」

 とフルートはつぶやきました。そうすれば、自分たちが攻撃に転じる余裕も生まれてくるのです。けれども、降りそそいでくる魔弾はあまりに多すぎました。身動きが取れなくて、立ちすくんでしまいます。

 すると、玉座の間の入り口から、ザーッと音がして、何かが勢いよく流れ込んできました。色とりどりの美しい水――いえ、花です。赤、白、黄、青、ピンク、紫、薄緑……あらゆる色合いと大きさの花が水のように床を這い、フルートたちの前でそそり立って壁になりました。魔弾がそこへ命中しますが、花が受け止めるので後ろには届かなくなります。

「メール!!」

 とフルートたちは叫びました。

 部屋の入り口に、緑の髪の長身の少女が立っていました。さっきまであんなに弱っていたメールが、今は入り口の扉にもたれかかって立ち、反対側をポポロに支えられながら花を操っていました。

「お行き、花たち……行くんだよ……みんなをお守り……!」

 息を切らしながら、それでも青く燃える目で魔王をにらみつけています。花がザザザーッと音を響かせ、さらに厚い壁を作ります。

 

「行くぞ!」

 とフルートは叫んで花の壁の後ろから飛び出しました。オリバンとゼンがそれに続きます。

 魔弾は彼らの上にも降りそそぎます。フルートが盾をかざして防ぎ、オリバンは聖なる剣で切り払っていきます。ゼンはまったく平気です。

 ついに彼らは魔王の足下まで来ました。オリバンが剣をふるうと、闇の光が魔王の周りから消えます。フルートは魔王の足に切りつけました。血しぶきの代わりに炎がひらめき、傷口が、ぼっと火を吹きます。

「この……!」

 魔王は魔弾を撃つのをやめ、代わりにフルートの上へ拳を振り下ろしました。巨人のような魔王です。拳も大岩ほどの大きさがあります。

 すると、ゼンが隣に飛び出しました。両手を差し上げ、フルートの頭上で魔王の拳を停めます。魔王はそれきり、手を動かせなくなってしまいます。

 その隙にフルートはまた切りつけました。今度は魔王の膝から火が吹き出します。オリバンも反対側の足をなぎ払いました。リーンと音がして、足そのものが消滅し、魔王がその場に崩れました。足を復活させるまで、少しの間、身動きが取れなくなります。

 そこへフルートはペンダントを突きつけました。輝きの弱った金の石へ、精一杯の想いと力をこめて叫びます。

「光れ!!!」

 まばゆい光りがほとばしり、また魔王の全身を溶かし始めました。魔王は気合いを込めて体を戻しますが、溶ける速度のほうが速くて再生が間に合いません。金の輝きの中、魔王の体がどんどん縮んでいきます。そこへオリバンがまた聖なる剣をふるうと、黒い霧が吹き出し、さらに魔王は小さくなります――。

 

 とうとう魔王は元のロダと同じ大きさになってしまいました。金の石が光を収めていきましたが、もう巨大になることができません。うつぶせに倒れ、うなりながら床をかきむしっています。その指先にはまだ長い爪が生えていました。

 フルートはペンダントを首に戻して言いました。

「今すぐデビルドラゴンを追い出せ、ロダ! そうすれば、命までは取らない!」

 魔王がまたうなりました。呪詛の声です。床に伏せたまま、フルートを見ようとしません。

 そこへオリバンが剣を突きつけました。

「嫌だというなら、貴様をたたき切るだけだ。私はフルートとは違う。命乞いしても容赦はせん」

 オリバンの声は低く迫力があります。決して嘘や冗談などではないのだと、聞く者にはっきり伝わります。そのかたわらで、ゼンもぽきぽきと指を鳴らします。

 

 すると、突然魔王が頭を上げました。顔を大きく歪め、何もない天井へどなり出します。

「何故力を出し惜しみする――!? 貴様の持つ力は、こんなものではないはずだぞ! 私にもっと力をよこせ――!!」

 すると、天井ではなく床の下の方から、這い上がるような声が聞こえてきました。

「オマエニ、ソレ以上ノチカラハ耐エラレナイ。オマエノ器ノ限界ナノダ」

「なんだと!?」

 魔王はさらにわめきました。

「貴様――誰に向かってそんな口をきいている! おまえの主はこの私だぞ! 私の命令に従え! 貴様の力があれば、この城を跡形もなく吹き飛ばすことだってできるはずだ! その力を私によこせ!」

「愚カナ人間ヨ」

 と闇の竜は声だけで答えました。

「ソレホド望ムナラ、オマエニ我ノチカラノ総テヲ与エヨウ。コノ城、コノ国、コノ世界ノ総テノ命ヲ呑ミ尽クスガイイ――」

 とたんに、窓がない玉座の間に、どっと風が吹き出しました。セシルたちを守っていた花が風の渦に巻き込まれていきます。同時に、メールが入り口で倒れそうになりました。ポポロが悲鳴を上げて支えます。

「メール!」

 ゼンが駆けつけて抱き上げると、幸いメールは気を失っていませんでした。青ざめた顔でゼンの首にしがみついて言います。

「花をもぎ取られたよ……! もう操れない」

 渦を巻く花がみるみる色を失って枯れていました。強すぎる風が、燃える怪物の死体から火を吹き消していきます。風の中心にいるのは魔王です。

「闇がふくれあがってるわ――!」

 とポポロが言いました。

「あたりの闇を魔王が引き寄せてるのよ!」

 とルルも叫びます。

 

 荒れ狂う風は闇の色に染まり始めていました。それを巨大なマントのようにまといながら、魔王は立ち上がり、笑い出しました。

「来たゾ、これガ本当の闇の竜の力だ! 桁違いではナイか! 貴様ラなど、この城ごと食ライ尽クシ、呑ミ干シテくれるワ――」

 フルートたちは反射的に身構えました。魔王の声はまともではありませんでした。時々信じられないほど甲高く跳ね上がります。ハ、ハ、ハ、と鋭く笑いますが、その笑い声も、苦痛にあえぐ声に似ています。

 すると、魔王が突然倒れました。魔王の両脚が消えていました。代わりにそこに現れたのは、黒い泥の塊です。

 フルートたちは息を呑み、さらに後ずさりました。目の前で魔王の体が崩れ、どんどん黒い泥に変わっていきます。やがて、体も腕も頭も崩れ落ち、ひと塊の泥になってしまいます。うごめきふくれあがっていく、生きた泥です。以前フルートたちが出会ったことのあるものでした。

 フルートたちは思わず声を揃えて叫んでしまいました。

「おどろだ――!!!」

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