玉座の間に飛び込んだフルートは、魔王のロダに向かってペンダントを突きつけました。
とたんに金の石から澄んだ光がほとばしり、そびえるように立つロダを照らしました。その体の表面が溶け始めます……。
けれども、すぐに黒い光の壁が現れました。ロダが闇の障壁を張ったのです。聖なる光がさえぎられ、溶けた体がたちまち元に戻ってしまいます。
くそっ、とセシルが管狐の背中で歯ぎしりをしました。彼女が後ろにかばっているのは、皇太子のハロルドと、メイ女王です。
すると、ロダが部屋中に響く声で笑いました。
「貴様らに私が倒せるものか! 私は魔王だぞ! 世界で最も力のある魔法使いなのだ! 全世界が私の前にひれ伏すのだ!」
フルートは即座に言い返しました。
「デビルドラゴンの狙いは世界中の命を全滅させることだ! 生きているものが何もなくなった世界で、たった一人きりの王になって、それが何になるって言うんだ!」
金の石は光を収めていましたが、フルートはペンダントをまだかざし続けていました。見上げるようなロダ相手に一歩も引きません。
ロダがまた笑いました。
「殺しはせん! 私に逆らう者はすべて殺すが、服従する者は生かしておいてやる。彼らは私に恐怖と尊敬を捧げる。それが私をますます強大にするのだ!」
「違う! デビルドラゴンの狙いはそれでは終わらない! 奴の本当の目的は、この世界の破滅なんだ! おまえ自身も最後には奴に破滅させられるんだぞ、ロダ!」
「私は奴の主だ」
とロダは言い切りました。にやにやと笑い続ける口元から、白い牙がのぞきます。
「かのデビルドラゴンも、最強の魔獣使いには従うしかないのだ」
フルートは唇をかみました。これ以上いくら説得しても無駄だと悟ったのです。ペンダントを握る手に力を込めて声を上げます。
「魔王を倒せ、金の石!!」
金の石が再び輝きます――。
けれども、やはり聖なる光は闇の障壁にさえぎられてしまいました。金の石は長時間輝き続けることはできません。じきに光は弱まり、吸い込まれるように消えていきます。
すると、入り口から二人の人物が飛び込んできました。
「闇の壁を破るぞ、フルート!」
「魔王の野郎、ぶっ飛ばしてやる!」
オリバンとゼンでした。管狐に少し遅れて到着したのです。オリバンが剣をふるうとリーンと音が響き、黒い薄絹を切り裂くように、障壁に裂け目ができました。その隙間からゼンが飛び込み、ためらうことなく魔王に駆け寄っていきます。
「しゃらくさい」
魔王がゼンへ手を向けました。闇の弾を撃ち出します。
ところが、魔弾はゼンの体に届く前に、すべて溶けて消えてしまいました。目を見張った魔王に、へっ、とゼンが笑います。
「俺には魔法攻撃は効かねえって、前に言っといただろうが! 忘れたかよ!?」
そのまま魔王の足に飛びつき、力任せに持ち上げて引っ張ります。
「でりゃあ!!」
ずしーん、と地響きを立てて魔王が倒れました。床も壁も女王が座る玉座も、激しく揺れ動きます。
フルートがまた叫びました。
「光れ!」
金の石が三度輝き、闇の障壁の隙間から魔王を照らしました。魔王の体がまた溶け出します。赤黒い衣も、白髪まじりの頭も、長い爪が生えた手も、熱せられた蝋細工のように溶けていきます。
「やめろ!!!」
と魔王が腕を振りました。とたんに溶けた手も、崩れかけた顔も、一瞬で元に戻りました。全身が黒い光に包まれて闇の色に輝き、金の光を跳ね返してしまいます。
オリバンとゼンがフルートの両脇に駆け寄りました。
「もう一度、闇の壁を切るか、フルート!?」
「何度だって奴をひっくり返してやるぞ!」
フルートは首を振りました。
「そんなに何度もできない――。金の石が弱ってるんだ」
ペンダントの中央で、金の石は光を収め、ぼんやりと輝くだけになっていました。元からかなり力を失っていた金の石です。繰り返し強く光って、さらに力をなくしているのでした。
すると、彼らの後ろでセシルが声を上げました。
「見ろ! 何か出てくるぞ――!」
再び立ち上がった魔王が周囲へ手を振っていました。招かれて部屋の中に現れるものがあります。四本足の大きなカニのような怪物でした。あっという間に何十匹にも増えてしまいます。
とたんに、フルートが命じていないのに、金の石がまた光りました。大ガニを照らしますが、カニは溶けることがありません。闇の怪物ではなかったのです。
「ロダが魔獣使いの力で呼び出したんだ!」
とフルートは言って、急いでペンダントを首にかけました。背中から炎の剣を引き抜きます。
「来るぞ!」
とセシルは管狐の背中から飛び下りました。衛兵の死体のそばから剣を拾い上げます。オリバンとゼンも身構えます。
大ガニがいっせいに動き出しました。長い四本足を縮めて空に飛び、頭上から襲いかかってきます。
フルートは剣を振り上げました。炎の弾が飛び出して、カニを火だるまにします。
オリバンも襲ってきた怪物へ剣をふるいました。聖なる剣を愛用の大剣に持ち替え、幅広の刀身でカニを真っ二つにします。
ゼンは怪物が着地したところへ自分から飛びかかっていきました。背中へ拳をたたき込むと、堅い殻におおわれた体が、ぐしゃりとつぶれます。
セシルは皇太子とメイ女王に飛びかかった怪物へ剣をふるっていました。長い足を切り払うと、カニは倒れて立ち上がれなくなります。そこへ管狐が飛びかかって、かみ砕いてしまいます。
「エミリア――」
とメイ女王は驚いた顔をしました。姉上、と皇太子も言います。セシルはそんな二人を守って戦い続けていました。金の髪と黒いマントをひるがえし、舞うように剣をふるい続けます。
けれども、怪物は数が多すぎました。いくら燃やしても切り倒しても、際限なく襲いかかってきます。
炎の剣に倒された怪物が、玉座の間のあちこちで燃えていました。石の床と壁の部屋なので燃え広がることはありませんが、煙と悪臭がたちこめ、視界が悪くなってきます。
そこへルルとポチが駆け込んできました。ワンワン激しくほえながら叫びます。
「怪物に集中し過ぎちゃダメよ!」
「ワン、ロダが仕掛けてきますよ!」
全員は、はっと魔王に注目しました。煙にかすむ向こうに、女王と皇太子へ手を突きつけている大きな姿がありました。
「いかん!」
「よけろ!」
オリバンとフルートが駆け出しますが間に合いません。セシルはとっさに女王たちの前に飛び出しましたが、魔王は攻撃を止めようとはしません。痩せたその手の中で、魔弾が黒くふくれあがりました――。