メイ城の裏庭に二頭の馬が駆け込んできました。乗っているのはポポロとルル、そしてメールを抱いたゼンです。秘密の通路から城を抜け出したフルート、ポチ、オリバンとセシルがそちらへ走ります。
黄金城と呼ばれるメイ城に日の光は降りそそいでいますが、裏庭には樹が生い茂り、うっそうとした森のようになっていました。その薄暗がりの中で、仲間たちは駆け寄り一緒になりました。
「フルート!」
「ポポロ――!」
馬を停めたとたん鞍から飛び降りてきた少女を、フルートはあわてて受け止めました。たちまちポポロが泣き出してしまいます。
「メールが……メールが大変なのよ……! 早くなんとかしないと……!」
黒星の背中からメールを抱いたゼンが下りてきました。フルートたちがメイ城に出発するときにも弱っていた彼女ですが、今はもう自分で立つことも頭を上げることもできなくなって、力なくゼンの胸に寄りかかっていました。その顔は血の気をなくして真っ白です。
「メール!」
とフルートたちは驚きました。ゼンが顔を歪めながら言います。
「また発作を起こしたんだ……。やっと目を覚ましたけどよ。力をなくしすぎてやがる」
泣き出すのをこらえる顔と声でした。メールを片腕だけで抱き、もう一方の手でしっかりメールの手を握っています。
すると、一同の間に黄金の髪と目の少年が姿を現しました。金の石の精霊です。細い眉をひそめてメールを眺めて言います。
「ずいぶん生気が失われているな。命も危ないくらいの状態だぞ。よくここまでたどり着けたな」
フルートは急いで金のペンダントをはずし、メールの体に押し当てました。魔石は相変わらず輝きが鈍っていましたが、それでもメールの顔色はみるみる良くなっていきました。頬に血の気が通っていきます。
メールがゼンの胸から頭を上げました。
「少し気分良くなってきた……。もう大丈夫だよ、ゼン。下ろしなよ」
馬鹿言え! とゼンはどなり返し、強くメールを抱き直しました。顔色は良くなって話せるようになっても、それ以上のことができる状態ではなかったのです。
金の石の精霊も言いました。
「ぼくは弱った体を元に戻すことはできるけど、失われた生気を復活させることはできない。安静にして、自然に生気が回復するのを待つしかないんだ。無理は禁物だぞ、メール」
オリバンは大きく息を吐きました。
「これではメールは戦列に加われんな。デビルドラゴンと対決するというのに」
今度はゼンたちが驚きました。
「やっぱり、ヤツはここにいやがったのか!」
「いったいどこに隠れていたのよ!?」
そこで、フルートは手早く真相を話して聞かせました。ちっくしょう! とゼンがわめきます。
「で、どうするんだ!? 一度都の外に出て、改めてヤツをぶっ飛ばしに来るか!?」
「そんな時間はない!」
とセシルが叫ぶように言いました。
「ロダはメイ王になると言っていた! あいつにメイ城を奪われる――!」
フルートはうなずきました。
「そう、それに、城中がぼくらを捜しているから、一度外に出たら、また侵入するのが難しくなってしまう。メイがロダのものになったら、次に狙われるのはジタンとロムドだ。メイ城を死守しなくちゃならない」
でも、どうやって? とルルが尋ねました。
「メールはこの通りだし、私やポチは風の犬に変身できないわ。ポポロも今日の魔法は使い切っているのよ!」
「ロダを見つけたら、今度こそ金の石であいつからデビルドラゴンを追い払う。問題は、奴がどこにいるかなんだ。――ポポロ、ロダの居場所はわかる?」
フルートに聞かれて、ポポロは、ううん、と首を振りました。また涙ぐんでしまっています。魔王やデビルドラゴンの居場所は、光の魔法使いである彼女には見えないのです。
すると、セシルが突然城へ駆け出そうとしました。あわてたオリバンに止められます。
「どこへ行く!?」
「女王の執務室だ! ロダは城を奪うのに義母上を殺そうとする! ロダはあそこに姿を現すに違いないんだ――!」
「落ち着け! このままでは、そこまでたどり着けん。あなたは丸腰だぞ!」
オリバンの言うとおり、セシルは自分の剣を皇太子の部屋に残してきて、何一つ武器を持っていませんでした。それでも、オリバンを振り切って城へ向かおうとします。
「放せ! メイを守らなくてはならないんだ! 義母上とハロルドを殺されてたまるか――!!」
「セシル!」
オリバンが必死で抱きとめます。
その時、ポチがふいに、ぴんと耳を立てました。ちょっと首をかしげて言います。
「ワン、我らを使え? 金の石、そう言いましたか?」
精霊の少年は、たちまちむっとして、腕組みしました。
「何のことだ? ぼくは何も言っていないぞ」
「ワン、じゃあ、願い石の精霊――? ううん、そんなはずないな。今のは女の人の声じゃなかったもの」
子犬が意外そうな顔でさらに耳を澄ましていると、ふいにセシルが抵抗をやめて叫びました。
「誰だ――!?」
「なんだ?」
と今度はオリバンが驚きました。大勢が城の内外を駆け回って彼らを捜していますが、まだ周囲に人影はありません。セシルはとまどってあたりを見回しました。
「今、声がしたのだ。確かに、自分たちを使え、と言っていた……」
「自分たち?」
オリバンはさらに驚きました。セシルのすぐそばにいたのに、そんな声は聞こえなかったのです。すると、ポチがセシルの周りをぐるぐる回り、やがて彼女に前足をかけて伸び上がりました。
「ワン、これですよ。セシルを呼んでるのは」
それは小さな銀の笛のような、短い金属の筒でした。セシルの腰のベルトから、鎖でつり下げられています。いつの間に、とセシルは目を丸くしました。こんなものを身につけた覚えなどなかったのです。
すると、ケンケーンと声がして、筒の中から次々と小さなものが飛び出してきました。手のひらに載るほど小さな五匹の狐――管狐です。木から木へ飛び回り、セシルの目の前へ下りると、ひとつに溶け合って、見上げるような灰色の大狐に変わります。
オリバンがとっさに剣で斬りかかろうとすると、セシルがそれを止めました。
「待って! 敵意を感じない!」
ポチも言いました。
「ワン、話しかけてきたのはこの管狐ですよ。自分たちを使えって、セシルに言ってます」
「ああ、私にもそう聞こえる――」
とセシルは言って、巨大な狐を見ました。狐のほうでも、じっとセシルを見下ろします。襲ってくる様子はありません。
やがて、セシルは言いました。
「助けてくれるというのか、我々を? 私はおまえたちの主ではないというのに」
すると、ケーン、と大狐が高く鳴きました。笑うような声です。
ポチがまた言いました。
「ワン、管狐が言ってますよ。自分たちはもう誰のものでもないから、自分たちのしたいことをする。だから、セシルを手伝ってやるんだ、って」
セシルは笑顔になりました。大狐に手を差し伸べて言います。
「ありがとう――」
狐が巨大な頭をセシルの両手に押しつけます。
彼らを捜し回る人々の声が迫っていました。いたぞ、こっちだ、とどなる声が聞こえます。木立の奥に隠してあったフルートたちの馬が発見されたのです。大勢がこちらへ向かってくる気配がします。
大狐が一同の前に立って頭を大きく振りました。自分についてこい、と言うようです。わかった、とセシルは答え、フルートたちに言いました。
「行くぞ。城の中に戻る!」
「よし!」
フルートが答えたとたん、大狐がひらりと宙に飛び上がりました。地上に舞い下り駆け出します。セシルと勇者の一行がそれに続きます。オリバン、フルート、ポポロ、ポチとルル、そしてメールを抱きかかえたゼン。精霊の少年はいつの間にか姿を消し、金の石がフルートの胸で光ります。
全員は一団となって、メイ城の正面玄関へ向かっていきました――。