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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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第21章 玉座の間

72.脱出

 魔王になったロダは、巨人のように大きくなって、部屋の人々の前に立ちはだかっていました。

「貴様らは皆、私が進む道で邪魔をする石だ。すべて打ち砕いて、私の道の敷石にしてくれるわ!」

 振り上げた両手に大量の闇魔法が集まり、黒く染まっていきます。ロダ本来の魔力が、闇の竜によって強められているのです。オリバン、セシル、ポチが、はっと身構えます。皇太子がベッドから飛び下りて叫びます。

「やめろ、ロダ!! デビルドラゴンは敵だ! 力を貸せば、自分が破滅するぞ!」

 皇太子から闇の竜を追いだした金の光は、同時に病も癒しました。ずっと寝たきりだった皇太子が、今は自分の足で立っています。

 ロダがそれを見下して笑いました。

「貴様の命令など聞かぬ、王子。貴様など、さっさと死んでいれば良かったのだ。世界は我がもの。その足がかりに、まずこのメイをいただいてやる――」

 魔弾が皇太子めがけて発射されました。強力な闇魔法の塊です。王子の体を撃ち抜こうとします。

 

 けれども、その目の前に金の光が広がりました。魔弾を残らず砕きます。

 金の石を構えたフルートが前に飛び出していました。小柄な体の後ろに皇太子や仲間たちをかばいながら、ロダに向かって言います。

「メイにも世界にも手出しはさせないぞ! 消えろ、魔王!」

 金の石が再びまばゆく輝きます。

 ロダの前に黒い光の壁が広がって、それをさえぎりました。闇の障壁です。顔を歪めるようにして、ロダが笑います。

「貴様に何ができる、金の石の勇者。そのちっぽけな石ひとつで。見ておれ、すぐにこのメイも大陸も、私の手に収めてみせるぞ――」

 フルートは唇をかみました。背中から炎の剣を引き抜き、闇の障壁に自分から飛び込んでいきます。黒い光と金の光がまともにぶつかり合い、ガラスの砕けるような音を立てて、闇の壁が崩れ去ります。

 フルートはロダに飛びかかりました。黒い魔剣をふるいます。

 とたんにロダが消えました。どこにも姿が見えなくなります。

 あわてて見回すフルートたちの耳に、魔獣使いの声が聞こえてきました。

「貴様らは後でまとめて片づけてやる。貴様らの血を、私がメイ王になった祝いの杯に注いでやるぞ」

 不気味なことばと共に、声も消えていきます。

 

 フルートたちは顔を見合わせました。

 セシルが弟を見ました。皇太子は自分自身で立ち上がって、そこにいました。痩せ衰えた姿は相変わらずですが、顔には赤みが差し、瞳も明るくなっています。

 セシルはオリバンの腕から飛び出しました。弟に駆け寄り、ひしと抱きしめます。

「ハロルド!」

「姉上……!」

 皇太子がまた泣き出しました。姉を抱き返して繰り返します。

「すみません、姉上……すみません……。私は本当に、とんでもないことをしてしまった……」

 セシルは首を振りました。やはり泣き出していて、ことばが出なかったのです。弟をさらに強く抱きしめます。

 そんな二人の姿を見ながら、オリバンが言いました。

「ロダはどこへ行ったのだ? あれは何かを企んでいた。必ず何か仕掛けてくるぞ」

「ワン、いやにメイにこだわってましたよね。魔王になっても、メイ王になることはあきらめていないんだ」

 とポチが言うと、フルートが答えました。

「それがロダの第一の目的だったからだ。デビルドラゴンは人の考えを変えるわけじゃない。その人が元から持っていた闇の想いをかき立てて、人や世界の不幸を願う魔王に変えるんだ……」

 自身の中から闇の竜を追いだした皇太子は、姉と抱き合って泣いています。けれども、自分から進んで魔王になったロダに、そんな改心は望めるはずがありません。フルートは手の中の金の石を見つめ、きゅっとまた唇をかみました。

 

 すると、突然外から声がしてドアが開き、大勢が部屋になだれ込んできました。

「ハロルド殿下! ご無事ですか――!?」

 鎧を着て赤い上衣をまとった城の衛兵たちです。手に手に剣や槍を構えていましたが、部屋の中のフルートやオリバンを見て、いっせいに武器を向けてきました。

「いたぞ! 侵入者だ!」

「殿下をお救いしろ!」

 衛兵が切りつけてきたので、セシルは弟と一緒に飛びのきました。ハロルド皇太子が叫びます。

「やめろ! 何をする!?」

 殿下! と衛兵の隊長が驚いた顔になりました。王女と一緒にいるのが皇太子だとは気がつかなかったのです。

「お元気になられたのですね、殿下。――たった今、ロダから知らせを受けて、はせ参じました! エミリア王女が刺客を率いて殿下を暗殺しようとしていると。間に合ってよかった!」

 フルートたちは驚き、歯ぎしりをしました。ロダは彼らを皇太子暗殺の一団に仕立て上げたのです。

 もぎ取るように姉から引き離されて、皇太子は叫び続けました。

「違う! 違う! そうではない! 彼らは金の石の勇者たちだ! 私を助けてくれた――」

 皇太子が言い終わる前に、衛兵たちはいっせいにどよめきました。金の石の勇者の噂は、彼らもよく聞いています。敵国ロムドの英雄なのです。

「王女は敵と手を結んだぞ!」

「殿下を守れ!」

「メイへの謀反だ! 裏切り者だぞ!」

 いっせいにフルートたちへ襲いかかろうとします。とても話を聞いてもらえる状況ではありません。

 オリバンはセシルの手をつかみました。

「来い! この場は逃げるぞ!」

 フルートはまた前に飛び出して、金の石を衛兵たちに突きつけました。

「光れ!」

 と叫んだとたん、強烈な光が彼らを照らします。目がくらんで衛兵たちがたじろいだ隙に、フルートたちは彼らの間を駆け抜け、部屋の外に飛び出しました。姉上! と皇太子の声が追いかけてきます。

「姉上! 必ず誤解を解きます! だから、今は逃げてください――」

 オリバンが振り向きざま部屋の戸を蹴飛ばしました。扉がバターンと音を立てて閉まり、追っ手をさえぎります。その間に廊下を走って逃げます。

 

 オリバンに手を引かれて逃げながら、セシルは涙をこぼしていました。悔し涙です。

「誰が裏切り者だ……誰が……」

 その足下を走りながら、ポチが言いました。

「ワン、下の方からもっと人が来ますよ。足音と武器の音が聞こえます」

「あの隠し通路を使おう!」

 とフルートは言い、来るときに通った廊下へ駆け込みました。行き止まりにある大きな鏡を動かすと、後ろに古い通路が現れます。その中へ飛び込んで鏡を元に戻したとたん、廊下に追っ手がなだれ込んできました。消えたぞ! どこへ行った!? と口々に叫んでいるのが聞こえます。

「今のうちだ。急いで城を抜け出すぞ」

 埃の積もった通路を走りながらフルートが言うと、セシルが急に立ち止まりました。泣きながら首を振ります。

「できない……。ロダはこの城を狙っている。防がなくては」

「それはわかっている。体勢を立て直すために、一度脱出するのだ!」

 とオリバンが説得しますが、セシルは動きません。

 

 すると、フルートの耳に急に少女の声が聞こえてきました。

「フルート……フルート……!」

「ポポロ!」

 とフルートは思わず声を上げました。ポポロが魔法使いの声で呼びかけてきたのです。

「どこにいるんだ、ポポロ!? ゼンやメールも一緒なのか!?」

「メイ城のすぐ近くよ……。都の門を強行突破してきたの。メールが大変なのよ。どこに行けば会える?」

 ポポロは今にも泣き出しそうな声をしていました。増水させた川で象戦車を振り切ったあと、森を抜け、メイ城目ざしてゼンと全速力で駆けてきたのです。今も必死で馬を走らせているのが、気配でフルートに伝わってきます。

「よし、今すぐそっちに行く! 城の裏手で落ち合おう!」

 とフルートが言うと、うん、とポポロが返事をしました。その瞬間、目を涙でいっぱいにして笑う彼女の顔が見えた気がします――。

 フルートはオリバンやセシルたちに向かって言いました。

「ゼンたちがすぐ近くまで来てる。このメイ城を目ざしているんだ。合流して作戦を立てるぞ」

 それには、さすがのセシルも異論はありませんでした。

 追っ手はまだ隠し通路には気がついていません。金の石の光に照らされた古い廊下を、フルートたちは大急ぎで駆けていきました――。

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