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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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69.嫉妬

 皇太子の目の前で、セシルとオリバンが抱き合っていました。どちらも傷ついて血を流していますが、背の高いその姿は共に気高く美しく、非の打ちどころがないほど似合いの二人に見えます。

 皇太子が唇を震わせました。笑うような顔と声になって言います。

「だめですよ、姉上……そんな男にだまされては。そんなどこの馬の骨とも知れない男が、姉上を幸せにできるはずがない。姉上を幸せにして差し上げるのは、この私です……」

 笑い顔の上を涙がこぼれていきます。ハロルド、とセシルが弟に駆け寄ろうとして、オリバンに引き止められました。皇太子にはデビルドラゴンが乗り移っています。そばに行かせるわけにはいきません。

 そんな二人を見て、皇太子はさらに涙をこぼしました。

「姉上……姉上はいつも私の味方だった。母上から、皇太子らしくしろ、と叱られるたびに、優しく慰めて励ましてくださった。熱を出したときには、いつも見舞ってくれて、誰かが来るまで、ずっと手を握ってくださった。私は城でいつもひとりぼっちだったけれど、姉上がいたから淋しくはなかった。いつも、姉上が私を大切にしてくださったから……。だけど」

 皇太子は寄り添う二人を見つめ続けていました。また黒い目が嫉妬の熱い色を浮かべ始めています。

「姉上は、今までいつも男性に対して胸を張って立っておられた。頼ることもなく、従うこともなく、凛々しく自分お一人で。そんなふうに、誰かに肩を抱かせたことなんかなかったのに」

 セシルは真っ赤になり、あわててオリバンの手を振りほどきました。

「そうじゃない、ハロルド! 私は彼とはなんとも――」

 

 言い合う王子や王女を見ながら、フルートは痛ましく目を細めていました。このやりとりには覚えがあったのです。闇の声の戦いのときに、フルートにポポロを奪われた、と怒り狂ったルルと同じでした。

 デビルドラゴンは人が心に抱く嫉妬にもつけ込みます。そこを闇の竜につかまれると、正常な思考も判断もできなくなって、ただただ愛するものを独占しようと考えてしまいます。嫉妬は、人なら誰もが持つ闇の部分ですが、それを闇の竜にあおられるのです。

 皇太子は泣きながら叫びました。

「姉上は私のものだ! 誰にも渡さない! おまえなど消えてなくなれ――!」

 再び皇太子の目が光り始めていました。二人に手を向けます。まるで魔弾を撃ち出す魔王のようなしぐさです。

 とたんに、オリバンがセシルを突き飛ばし、部屋中に響く声で皇太子をどなりつけました。

「馬鹿者! おまえは姉まで巻き込むつもりか!? 狙うなら私だけを狙え!」

 オリバン! とセシルは悲鳴を上げました。オリバンは今は一人きりで立っています。皇太子が顔を歪め、泣きながら笑います。

「立派だな……。いいとも、殺してやる。おまえだけを、姉上の目の前で」

「いけない、ハロルド!」

 セシルは跳ね起きてオリバンに飛びつきました。鎧を着た胸に腕を回して抱きしめます。今度はオリバンが驚きます。

「離れろ、セシル! あなたまで巻き添えを食う!」

 王女は激しく頭を振りました。

「もういい……私のために誰かが死ぬのはもうたくさんだ! ハロルド、殺すなら私も一緒に殺せ! どうせ、こんな私など生き続けている意味はないのだから!」

「セシル!」

 オリバンは必死で王女を押しのけようとしましたが、横腹に受けた傷が痛んで、腕に力が入りませんでした。それでも、何とか遠ざけようとしますが、彼女は堅くしがみついていて離れません。その様子に、皇太子はさらに怒り狂いました。

「うるさい、うるさい――! おまえも、おまえを愛する姉上も、みんな私の前から消えてなくなれ! 私を愛さない者たちなど、みんな、この世から消えてしまえばいいんだ――!!」

 

 ベッドの枕元で蝋燭が燃え続けていました。揺らめく炎は皇太子の影を淡く部屋に映し出しています。それが、ふいにぐんと濃く大きくなったように見えました。床から壁へ、天井へ、影は伸び上がって形を変えていきます。ばさり、と影から音が聞こえます。

「来た!」

 とロダが歓声を上げました。皇太子から伸びる巨大な影は、四枚の翼を広げたように見えたのです。

 皇太子は両手を上げ、オリバンとセシルに狙いを定めました。その手のひらに黒い光が集まり、ふくれあがって魔弾に変わります。二人を見据える光る目は、憎しみだけに支配されて、すでに正気を失っていました。

「二人とも消えろ!! 死んでしまえ!!」

 手から魔弾がほとばしります――

 

 その時、フルートが皇太子に飛びかかりました。再びベッドに押し倒してしまいます。魔弾はフルートの鎧で炸裂し、激しい音を立てて飛び散りました。

「ワン、フルート!!」

 ポチは仰天しました。フルートの金の鎧は物理攻撃にも炎にも強いのですが、魔法を完全に防ぐことはできないのです。

 けれども、フルートは皇太子を抑え続けていました。

「やめろ!」

 と強く叫びます。鎧の隙間から布団の上に血がしたたっていました。金の鎧は無傷ですが、その下の体を魔弾に傷つけられたのです。

 それでも、フルートはどなり続けました。

「やめろ! セシルを殺してどうする!? 君は、君を愛してくれるたった一人の人を、自分の手で消してしまうんだぞ!」

 皇太子は光り続ける目でフルートをにらみつけました。激しく言い返します。

「私の大事な姉上だ! 誰にも渡さない! 誰かに渡すくらいなら、私のこの手で殺してやる――!」

 とたんに、フルートの顔が厳しくなりました。少女のように優しい顔立ちなのに、誰もがたじろぐほど険しい表情に変わります。ぐい、といっそう強く抑え込まれて、皇太子が思わず悲鳴を上げます。

 フルートは言いました。

「それなら、君はオリバンに負けて当然だ。君は本当はセシルを愛していたんじゃないんだから」

 なに!? と皇太子が顔を歪めます。また激しく言い返そうとしますが、それより早くフルートは続けました。

「セシルを愛してるって言うなら、どうしてその幸せを願ってやらないんだ。彼女が不幸なのが痛ましかった、幸せになってほしかった、って言うのなら、どうして幸せになることを許してやらない。君と一緒に王室に閉じこめられて、まわり中から疎まれ憎まれて、セシルが幸せになれると思っているのか? 君はただ、自分を愛してくれる人がいなくなるのが嫌で、それにしがみついてるだけだ。その人がどういう気持ちでいたって、この先どうなったって、君は関係ないと思っているんだ。――そんなものが、本当の愛のもんか! 君はセシルを愛してたんじゃない! セシルから愛されている自分を、愛してたんだ!」

 

 皇太子は鋭く息を吸い込みました。憤怒の表情でフルートをにらみ続けます。けれども、同時に、ぎくりとしたように皇太子がたじろいだのも事実でした。とっさには言い返せなくなります。

「どうした!? 早くそいつを倒せ!」

 とロダが声を上げましたが、やはり皇太子はすぐには反応しません。ロダは歯ぎしりしました。

「ええい、まったく軟弱者の王子め!」

 と自分がフルートへ魔法攻撃を繰り出そうとします。

 ベッドでフルートがうずくまっていました。激しい傷の痛みに襲われたのです。鎧の間から血がしたたり続けています。

 ワン! とポチがロダに襲いかかり、たちまちまた魔法で弾き飛ばされました。床にたたきつけられ、体がしびれて動かなくなります。

「いかん!」

 とオリバンも駆け出そうとしましたが、とたんに、がくりと膝が崩れました。脇腹の傷から流れる血は鎧の下で衣類を紅く濡らし、オリバンから力を奪っていたのです。目眩がして倒れそうになったところを、セシルに支えられます。

 視界の端にそんな二人の姿を捉えて、皇太子はまた青ざめました。憎しみと嘆き、怒りと淋しさ、そんなものが痩せた顔の上で交錯します。

 フルートは痛みにあえぎながら、皇太子に言いました。

「セシルの幸せを……願ってやれ。本当に、彼女を愛してるって言うなら……彼女がどうやったら幸せになれるのか、それを考えてやるんだ……。自分のためじゃなくて、彼女のために……。それが、本当に愛する、ってことだ……」

 皇太子はフルートを見ました。黒い瞳は相変わらず怪しく光り続けています。それなのに、その目はなんだか今にも泣き出しそうに見えました。痩せた顔が大泣きする子どものように歪みます。

 

 その時、ロダがついに攻撃を繰り出しました。

「邪魔をするな、金の石の勇者! 死ね!」

 光る魔法の弾がフルートめがけて飛んでいきます。それは見えているのに、フルートは動きませんでした。セシルたちを守るため、皇太子自身を闇の竜から守るため、鎧を自分の血で染めながら、皇太子を抑え込んでいます。

 フルート! とポチやオリバンが声を上げます。

 

 すると、空中で突然魔法の弾が砕けました。何かに激突したように、粉々になって消えていきます。フルートの体には届きません。魔法が弾けた瞬間に見えたのは、淡い金の光の壁でした。

 ポチとオリバンは振り向きました。フルートも驚いて部屋の片隅を見ます。金の石が割れて落ちている場所です。

 魔石はいつの間にか金の輝きを取り戻していました。ペンダントの透かし彫りや鎖はまだ砕けたままですが、石はまたひとつに戻っています。

 そのかたわらに鮮やかな金色の少年が姿を現しました。

「本当に、君って奴は、フルート」

 いつものように腰に手を当てて、金の石の精霊はそう言いました――。

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