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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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第20章 真相

68.真相

 皇太子に突然刺されて、オリバンはうめきました。針のような短剣は、鎖かたびらの鉄の輪を通して、オリバンの横腹を突き刺しています。普段から危険には敏感なオリバンですが、さすがに、瀕死の病人がこんな真似をするとは想像もしていませんでした。信じられない気持ちで皇太子を見下ろします。

 セシルが悲鳴を上げる中、フルートが駆け出しました。皇太子が短剣を引き抜き、またオリバンを突き刺そうとしたのです。オリバンの前に飛び出し、自分の鎧で短剣を受け止めます。たちまち剣が根元から折れます。

「ワン、オリバン!」

 よろめいた青年にポチが駆け寄りました。脇腹を押さえた手の下から、血があふれ出しています。けれども、すぐにオリバンは頭を上げてどなりました。

「何をする!?」

 皇太子はフルートに両手をつかまれてベッドに抑え込まれていました。その格好で叫んできます。

「私の姉上だ! 私だけの姉上だ! 母上はいつも私に皇太子らしくしろ、と言うだけで、少しも愛してくれなかったけれど、姉上は私をいつも愛してくれたんだ! いつもそばにいて、私に語りかけ、私に笑いかけ、私に優しくしてくださって! そんな私たちの間に突然入ってきて――! 姉上を渡すものか! おまえなど消えてしまえ!!」

 ハロルド! とまたセシルが叫びました。青ざめて立ちすくんでしまいます。皇太子の口ぶりは、あまりに普段と違っていたのです。

 オリバンは反論しようとしました。誤解だ、私は彼女を奪ったりしていないぞ――。

 

 すると、それをフルートがさえぎりました。

「言っても無駄だよ、オリバン。この人には届かない」

 フルートはまだ皇太子をベッドに抑え込んだままです。身をよじって振り切ろうとする皇太子は、今にも死にそうになっていた人物とは思えない、激しい表情をしていました。それを見つめながら、フルートは続けました。

「ぼくはずっと考えていたんだ……。ぼくは夢の中で、誰かが確かに闇の竜を呼び出すのを見た。セシルによく似た声と口調の人だったから、てっきりセシルなんだと思っていたけれど、実際にはセシルにデビルドラゴンはいなかった。それじゃ、あれは誰だったんだろう? デビルドラゴンは誰のところにいるんだろう? ずっと考えて、ふと気がついたんだよ」

 フルートは決して声を荒げません。淡々と話します。

「あの呼び声は、ユニコーンを呼ぶセシルの声とそっくりだった。ユニコーンを呼び出せるのは、メイの王族の血を引く人だけだ。今王室にいる人の中で言えば、セシルと――そして、皇太子だ」

 フルートは青い眼で少年の黒い瞳をのぞき込みました。静かな声で、けれども、はっきりとこう言います。

「ユニコーンを呼び出そうとしていたのは、あなたですね、ハロルド王子? でも、その呼びかけに応えて現れたのはデビルドラゴンだった。そうでしょう?」

 

 オリバンもポチもことばを失いました。セシルも茫然とします。

 フルートの腕の下で皇太子が答えました。

「なんのことだ? 私にはわからないぞ」

 声変わり前のその声は、姉のセシルにとてもよく似ています――。

 セシルが短い悲鳴を上げました。弟に向かって言います。

「ユニコーンを呼び出そうとしたのか!? なんて馬鹿なことを――! ユニコーンを召喚するには、引き替えに自分の命が必要だ! 父上から聞いてなかったのか!?」

 なに? とオリバンが驚きました。そんな話は初耳です。

 すると、皇太子が笑いました。怒り恨んでいた顔が、突然優しい表情に変わります。

「それを承知でユニコーンを呼んでいたのは、姉上ではないですか……。長く生きられないぼくを助けようとして。わかっていました。姉上は、ご自分の命を捨てて、ぼくを助けようとしていたんです。ずっと……。だから、ぼくは姉上を救いたかった……。ぼくにだって、ユニコーンは呼び出せるはずだったから」

「ユニコーンはナージャの森の湖でなければ現れないはずだ」

 とフルートは言いました。

「あそこが契約の場所だからだ。ハロルド王子、あなたはどこでユニコーンを呼びました? 湖には行かなかったはずですよね? そんなこと、メイ女王が許すわけないんだから――。あなたたちの一族は、魔法の生き物を呼び出す召喚師の力を持っている。その呼び声で、あなたは、宿主を捜していたデビルドラゴンを呼び寄せてしまったんですよ」

 

 その時、ポチが、はっと気がついて言いました。

「ワン、皇太子が突然倒れて重体になったのは、デビルドラゴンが神の都のミコンから逃げていった直後だ。じゃあ、それも――」

 フルートはうなずきました。

「そう。デビルドラゴンがハロルド王子に取り憑いたからだ。完全に乗り移ったわけじゃない。王子は魔王になってないからね。だけど、一緒にいた。そして、そこからジタン山脈の秘密をメイ女王やサータマン王に教えたんだ。奴の目的は、ジタンの魔金をドワーフたちから奪って、大陸中に大戦争を引き起こすこと。それに失敗すると、今度はセシルの命を狙った。セシルはずっとユニコーンを呼び続けていた。ユニコーンは聖なる生き物だ。本当に呼び出されてしまったら、デビルドラゴンは皇太子の中から追い出されてしまう。だから、その前にセシルを殺そうとしたんだよ」

 

 そのとたん、フルートは吹き飛ばされました。抑え込んでいた皇太子の全身が、突然黒く光ったからです。壁まで飛ばされて、ガシャンとたたきつけられます。

「フルート!!」

 仲間たちの声に、また別の声が重なりました。

「まったく、嫌になるほど賢いものだな、金の石の勇者というのは」

 いつの間にか部屋にまたロダが姿を現していました。赤黒い衣を着た姿で腕組みしています。

 すると、ベッドから皇太子が起き上がりました。やつれて痩せ衰えた姿ですが、その両目だけは異様に強く光っています。それへロダが尋ねました。

「ついに皇太子の体を手に入れたのか?」

「マダダ」

 と声が答えました。ハロルド皇太子はまったく口を動かしていないのに、同じ場所から聞こえてきます。地の底から這い上がってくるようなその声は、フルートたちにはおなじみのものでした。

「コレホド痛メツケテイルトイウノニ、コノ王子ハマダ自分ヲ譲リ渡ソウトシナイ。マダ我ニ抵抗ヲ続ケテイルノダ。ダガ、ソノ守リモ、ダイブユルンダ」

「恋敵が現れたからだ」

 とロダは答えました。

「愛しい姉に恋人が現れたので、皇太子の心が憎しみを抱いて、一気に闇の方向へ傾いたのだ」

 そして、ロダは倒れているフルートに向かって言いました。

「ひとつだけ思い違いがあるから、教えてやる。王女を殺そうとしたのは、ユニコーンを恐れたからではない。皇太子が、姉のために強情に闇の竜を拒絶し続けたからだ。王女さえいなくなれば、皇太子はもう抵抗できなくなる。そうすれば、この世界にまた魔王が復活してくるのだ」

 フルートは床から身を起こしました。たたきつけられても、鎧のおかげで大したダメージは食らっていません。

「そうやって魔王を誕生させて、その魔王に自分の野望をかなえさせようとしたのか、ロダ! 自分が世界の王になるために! そんなことのために、皇太子を魔王にしようとしているんだな!」

「私は魔獣使いだ――」

 とロダが答えました。

「あらゆる魔法の生き物が、私の前にひれ伏して従う。デビルドラゴンであっても、それは同じこと。私は私の力で世界を我がものにしていくのだ。デビルドラゴンを宿した魔王を使ってな」

 馬鹿者! とオリバンがどなりました。セシルも真っ青になって叫びます。

「そんなことはさせない! メイも世界も、ハロルドも、おまえたちの思い通りになどさせるものか! ここから立ち去れ!」

 そんな王女へ、ロダは目を向けました。

「貴様さえ死ねば、皇太子はデビルドラゴンのものになる。何度刺客を差し向けても生き延びた王女。今度こそ貴様の命を絶ってやるぞ」

 冷ややかな声と共に、魔法の弾がセシルへ飛んでいきます。セシルは避けられません。オリバンがとっさに体でかばいます。

 

 とたんに、また声が響きました。

「やめろ!!」

 黒い光がひらめき、魔法の弾が砕け散ります。皇太子が目を光らせながら叫んでいました。

「姉上に手出しはさせない! 退け、ロダ!」

 魔獣使いの男は憎々しく顔を歪めました。

「まったくしぶとい王子だ。闇の竜の力まで使って、姉を守ろうとするとは」

「王女ヲ殺セ、ろだ」

 とデビルドラゴンの声が言いました。

「王女サエイナクナレバ、王子ハタチマチ心ヲ明ケ渡ス。早ク王女ヲ殺スノダ」

「姉上は絶対に死なせるものか!」

 同じ場所で皇太子が叫び続けていました。身の内に闇の竜を宿しながら、それでもセシルへ言います。

「姉上、早くここから逃げてください! 早く!!」

「姉ハ、愛シイ男ト共ニ逃ゲルゾ。ソレデモ良イノカ?」

 とデビルドラゴンの声が言いました。どこかでほくそ笑むような、冷ややかな響きです。

 皇太子が、はっと口をつぐみました。

 暗く光る目が見つめたのは、姉のセシルと、それをかばうように抱くオリバンの姿でした――。

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