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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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64.皇太子の部屋

 古い石造りの通路を、フルートたちは歩いていました。

 通路の中は真っ暗です。先頭に立つセシルが掲げるランプと、フルートの胸の上の金の石が、足下や石壁の上に影を作ります。床には砂埃がたまっていて、歩く靴の下で音がします。

「もうずいぶん使われていない通路のようだな」

 とオリバンが言うと、セシルが答えました。

「メイ城が大改築された時に廃止された通路だから、もう二十年以上になる。だが、造りはまだまだしっかりしているし、入り口も完全にふさいであるわけじゃない。非常通路として残されているんだ」

「ワン。こういう通路って、城で暮らす王族しか知らないんですよね。メイ女王は知らないんですか?」

 とポチが尋ねました。かび臭い通路に残っているのはセシルの匂いだけです。

「義母上も知ってはいる。だが、彼女はメイ女王だ。こんな通路をこそこそ使う必要はない。私がハロルドのところに行くのに利用していただけだ。城の者に見つかると訪問を止められるからな」

 とセシルが答えます。相変わらず虐げられていた王女ですが、今は逆にそれが幸いしていました。

 

 彼らがたどっているのは、メイ城にある隠し通路でした。裏手からこっそり城に入り込んだ彼らは、セシルの案内で、誰も知らない道を通って皇太子の部屋へ向かっていたのです。通路の先に古い階段があり、また別の通路が続きます。

 やがて、ポチが顔を上げました。フルートがずっと黙り込んでいるのに気がついたのです。

「ワン、どうかしたんですか、フルート?」

 勇者の少年は考え込む顔をしていました。うん、ちょっとね、と言って、それきりまた黙ってしまいます。ポチは首をかしげましたが、それ以上は尋ねませんでした。フルートの考え事を邪魔しないようにしたのです。

 

 一方、オリバンはセシルと話し続けていました。

「皇太子は今、危篤状態なのだろう? 女王がそばにいる可能性はないのか?」

「それはありえない」

 とセシルは即答しました。

「義母上は、こう言ってはなんだが、およそ母親らしくない女性なのだ。非常に頭の良い方で、政治手腕も確かだが、肉親の情に薄い。ハロルドは昔から体が弱くて、しょっちゅう熱を出して寝込んでいたが、その容態を心配してそばにいたところなど、一度も見たことがない。ハロルドの世話は乳母や侍女任せ、教育は家庭教師任せ、病気は魔法医や魔法使い任せだ。この国には国王と王妃がいるのではなく、国王が二人いるのだ、と父上も生前話していたほどだ。今も、おそらく義母上は執務室にいるだろう。ハロルドのそばになど、いるはずがない」

 なるほどな、とオリバンは言い、セシルを見つめました。

「だが、あなたはそんなハロルド皇太子を心配して、しょっちゅうそばにいたのだな。皇太子はあなたを慕っている、とナージャの女騎士たちが話していたが、それも当然のことだな」

 生真面目な目は、その奥で優しい色をしていました。セシルが思わず顔を赤らめます……。

 

 すると、ポチが頭を上げて、くん、と鼻を鳴らしました。

「外の匂いがする。出口が近いんですか?」

「あ、ああ――ここだ」

 セシルがあわてたように答えて、近くの壁を押しました。わずかに隙間があって、向こうから光が細く差している場所です。壁があっけないほど軽く横に動いて出口が開きます。外に出てみると、そこは立派な通路でした。足下には分厚い絨毯が敷き詰められ、壁には絵が何枚も並び、たくさんの燭台が明るく燃えています。

「ハロルドの部屋がある階だ。ここは通路の外れになっているから、めったに来る者もない」

 とセシルが出口の壁を戻しながら言いました。外から見ると、それは大きな一枚の鏡になっていました。元に戻せば、どこに隠し通路があるのか、まったくわからなくなります。

「こっちだ」

 とセシルがまた先に立ちました。小走りになって一行を案内しますが、曲がり角から先を確かめて、急に不安そうな顔になりました。

「人気がない。何故だろう? ハロルドが危篤ならば、医者や家臣たちが出入りしていておかしくないのに」

 セシルが見ていたのは、通路の真ん中にある立派な扉でした。ぴったり閉め切られたままで、そばには警備兵さえ立っていません。いくら様子を見ていても、女中一人出入りしないのです。

「まさか、ハロルドは……」

 不吉な予感に襲われたセシルに、オリバンは言いました。

「それは違うだろう。もし彼が亡くなれば、逆に部屋の周囲はあわただしくなっている。彼は王座をメイ女王に譲ったのだろう? もう王位継承者ではないわけだ。だから、城の者たちから省みられなくなっているのだろう」

 それはしごくもっともなことでした。セシルは唇をかみ、すぐに曲がり角から出て行きました。扉へ近づき、そっと押し開けて中をうかがいます。部屋の中は暗く、静まりかえっていました。

「ハロルド」

 とセシルは部屋に呼びかけ、するりと中に入り込みました。フルート、ポチがそれに続き、最後に入ったオリバンが後ろ手で扉を閉めます。

 

 天蓋から薄いカーテンを下ろしたベッドの中に、誰かが横たわっていました。苦しそうな息づかいが聞こえてきますが、そばに人影はありません。部屋には寝ている人物がいるだけで、他には誰一人いなかったのです。

 セシルはベッドに駆け寄って呼びかけました。

「ハロルド。ハロルド――!」

 燭台の灯りが枕元を照らしていました。メイの皇太子は、意外なくらい穏和な顔立ちの少年でした。青ざめ痩せこけていますが、いかにも高貴そうな顔をしていて、セシルにもよく似ています。ただ髪の色だけは、セシルは金色なのに、ハロルド皇太子は赤みがかった茶色をしていました。

 いくら呼びかけられても、皇太子は目を開けませんでした。苦しそうに息をしているだけです。

 フルートはすぐにベッドに駆け寄りました。首からペンダントを外して、皇太子に癒しの魔石を押し当てようとします。

 

 ところが、その時、フルートの手元に何かがぶつかりました。フルートは、思わず、あっと声を上げました。ペンダントを奪い取られたのです。灰色の小さなものが床に落ちます。

 それはネズミのような生き物でした。体が長く、ネズミより太い尾をして、口に金のペンダントをくわえています。フルートは驚き、とっさにペンダントを取り返そうとしました。ポチも、ワン、とほえて飛びかかります。

 すると、生き物はひらりと飛びのきました。セシルの手やオリバンの剣もかわして、壁を蹴り、部屋の端から別の端へと飛んでいきます。

 そこへ、扉が開いて、誰かが入ってきました。ちょうど飛んできたネズミを手の中に受け止めます。黒みがかった赤い長衣の男です。

「やはり来たな、金の石の勇者ども。皇太子は、貴様らには渡さんぞ」

 冷ややかな声でそう言ったのは、魔獣使いのロダでした――。

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