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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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第19章 皇太子

65.手

 ゼンは腕の中のメールを揺すぶり、必死で呼び続けました。

「メール! 目を覚ませ、メール!! メール!!!」

 ついさっきまで花を操って戦っていた彼女が、今は目を閉じ、ぐったりと意識を失っていました。いくら呼びかけても目を開けません。

「ポポロ! 早く魔法でメールを――」

 とルルは言いかけて、はっとしました。ポポロは象戦車を追い払うために、今日の魔法を二度とも使い切ってしまったのです。魔法でメールを起こすことができません。

 ポポロはメールと同じくらい青ざめていました。どうしていいのかわからなくて、馬の上で茫然としています。

「ちっくしょう!」

 ゼンはメールを抱いたまま馬から飛び下り、呼び続けました。

「メール! この馬鹿! 跳ねっ返りのわがまま鬼姫! 早く起きろよ! おい、メール――!!」

 意識をなくしている間に、メールの体からは生気がどんどん失われていきます。早くしなければ命に関わるのに、メールはまったく正気に返らないのです。ゼンがいくら悪口を言っても、ぴしゃぴしゃと頬をたたいても、目を覚ましません。

 メール!! とゼンは叫んで、声を詰まらせました。本当に、どうしたらいいのかわかりません。腕の中で少女の呼吸が浅く弱くなり、青ざめていた顔がさらに血の気を失って白くなっていきます。

 

 とうとうゼンはメールの上にうつ伏しました。おおいかぶさるようにメールを抱きしめてしまいます。

 生きる力を失って去ろうとする者を止める手段はありませんでした。何かに祈りたいと思うのに、ゼンには祈る神もありません。ただ必死で助けを求めます。

 頼む! 誰かこいつを助けてくれ! 頼む――!

 すると、その脳裏にひとつの面影が浮かびました。長い黒髪に痩せた頬、やつれた姿をしているのに笑顔の明るい女性です。以前、狭間の世界で夢に見たゼンの母親でした。

 母ちゃん! とゼンはあわてて心で叫び続けました。母ちゃん、こいつを連れていくな! こいつは生きなくちゃならねえんだ! 生きていかなくちゃならねえんだよ――!

 すると、母親がゼンに笑いかけました。ゼンによく似た笑顔で言います。

「お姫様の手を握っておやりよ、ゼン。あんたは強い子さ。きっと呼び戻してやれるよ」

 それきり見えなくなってしまいます。

 ゼンは夢中でメールの片手を握りしめました。やはり、声は出てきません。ただ全霊の力と想いを込めて心で呼びかけます。起きろ、メール! 起きろ――!

 

 すると、腕の中でメールが身じろぎしました。ん、と小さな声を上げます。

 ゼンはその上から跳ね起き、信じられないように見つめました。メールは目を開けていました。海の色の瞳がゼンを見上げています。

「あれ……あたい……?」

 と不思議そうな表情をします。

 ゼンはすぐには何も言えませんでした。ポポロとルルが馬から飛び下りて駆け寄ってきます。

「だ、大丈夫、メール!?」

「気がついたのね! 良かった!」

 メールは先よりさらに弱っていました。もう自力で身を起こすこともできません。それでも、友人たちを見回し、茫然としているゼンをまた見上げました。そのまま、かすかに笑います。

「なんかさ……黄泉の門の戦いの時みたいだね……。あの時も、こんなふうに手を握ったよね……」

 馬鹿野郎、とゼンはつぶやきました。今はそんなことを話している時じゃねえだろ――。そう言おうとしたのに、声が続きません。

 すると、ポポロが急に目を見張りました。しっかりつなぎ合った二人の手を見つめて言います。

「そこを……力が通ってるわよ。ゼンの手からメールの手に……。とても細いんだけど、力の道が通じてるの。だからメールが目を覚ましたんだわ」

 ゼンはまた驚きました。しばらく考えて、ようやく、そうか、と気がつきます。

 黄泉の門の戦いの時に死にかけたのはゼンでした。狭間の世界で力を失って、黄泉の門に呑み込まれそうになったとき、メールが夢の中まで下りてきて、ゼンに力を分け与えたのです。二人の間をつないだのは小さな魔法の花でした。今、二人が握っている手の間で、溶けるように消えていったのです――。

「守りの花だ……。見えなくなっても、まだ俺たちをつないでいたんだ……」

 とゼンは言いました。メールと指を絡め合い、さらにしっかりと手をつなぎます。

 すると、メールが驚いた顔になりました。

「やだな、ゼン……どうしたのさ……? らしくないじゃないか、あんたが泣くなんて……」

 うるせえ、とゼンはぶっきらぼうに答えて、頬を流れていく涙を腕でぐいとぬぐいました。それでもやっぱり涙はあふれてきます。

 

 そんな二人を見ながら、ポポロがまた言いました。

「ゼンからメールに行ってる力は、ほんの少しよ。メールが元気になるには足りないわ……」

「あたい……」

 大丈夫だよ、と言いかけて、メールはすぐにやめました。本当に、起きようとしてもまったく体が動かなかったのです。体全体がどこかに吸い込まれていくように重く感じられます。

「……そうだね。ちょっと具合悪いみたいだ……」

 ちょっとじゃねえだろう! とゼンはどなり、口をぎゅっとへの字に曲げて立ち上がりました。腕の中にはメールを抱いたままです。

「行くぞ! 出発だ!」

「出発って――どこに!?」

 ルルが驚いて尋ねると、ゼンは答えました。

「決まってる! フルートたちのところだ! 金の石なら、きっと、どうしたらいいかわからぁ!」

 メールを抱えたまま軽々と馬にまたがり、あっという間に駆け出します。向かっているのは、メイ城がある西の方角です。

 ポポロもルルを急いで籠に入れて馬に乗りました。ゼンの後を追って駆け出します。

 

 籠の中で、ルルは周囲へ神経を尖らせていました。自分たちは今、金の石の守りの中にいません。デビルドラゴンから姿が丸見えになっているので、いつまた、妨害や攻撃を受けるかわからなかったのです。

 ところが、いつまでたっても、いくら走っても、もう魔法は送り込まれて来ませんでした。ナージャの森からずっとつきまとっていた闇の匂いが消えています。

 激しく揺れる籠の中で、ルルは思わずひとりごとを言いました。

「これってどういうこと……? デビルドラゴンはどうしたのよ?」

 ゼンやポポロは馬を必死で走らせています。ルルのつぶやきには気がつきません。

 青く晴れた空の下、二頭の馬はメイ城のある都へと、ひたすら駆けていきました――。

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