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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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63.川

 ゼンとポポロは必死で川を渡り続けました。

 矢は背後から次々と飛んできます。ゼンほど狙いが正確ではありませんが、それでもすぐ近くを飛び過ぎていきます。ゼンもポポロも布の服に胸当てをつけただけ、メールに至っては袖無しシャツに半ズボンという格好です。矢が体に当たれば、ひとたまりもありません。

 足下では水が勢いよく流れていました。馬の膝より浅い川ですが、流れが強いので思うようには進めません。馬たちも懸命に水の中を進んでいきます。

 すると、カーン、という音がゼンの背中でしました。矢がゼンの胸当てに当たって弾き返されたのです。ちっ、とゼンは舌打ちして、メールを抱え直しました。自分の体でできるだけかばおうとします。

 ポポロも鞍の前の籠に言いました。

「絶対に顔を出さないでね、ルル――底のほうに伏せてるのよ」

 今にも泣きそうになりながらも、懸命に手綱を握っています。ポポロ、とルルが籠の中からそれを見上げます。

 

 前進する彼らには見えていませんでしたが、象使いの一人が、ひときわ大きな弓を取り出していました。ゼンが使っているのと同じような、飛距離の長い長弓(ちょうきゅう)です。矢をつがえて引き絞り、慎重に狙いを定めて放ちます。大きな弧を描いて飛んでいったのは、ゼンの上でした。兜も何もかぶっていない頭を直撃しようとします。

 その時、声が響きました。

「おいで――花たち!」

 メールがゼンの胸から片腕を空に伸ばしていました。その青い目は上空の矢を捉えています。

 とたんに、ザーッと音を立てて森の中から花が飛んできました。ゼンとポポロの上に広がり、さらに後ろにも壁を作ります。飛んできた矢は、花の壁にすべてさえぎられてしまいました。象使いたちのどよめく声が聞こえてきます。

「メール――!」

 驚くゼンにメールは言いました。

「早く! 川を渡りなよ! あいつら、追いかけてくるよ!」

 

 メールの言うとおりでした。矢で倒せないとわかった象使いたちは、象戦車で川に突っ込んできたのです。浅い川です。速い流れも力の強い象にはなんでもありません。鉄の車を引いたまま、ぐんぐん川を渡ってきます。

 ゼンとポポロの馬は、ようやく対岸に上がりました。青ざめて振り向きます。八頭の象たちは、もう川の真ん中まで来ていました。

 ちっくしょう! とゼンはまたわめき、行く手を見ました。森の木々はこちら岸でも密集していて、馬で抜けていくのはかなり手間取りそうです。その中に進路を探します。

 メールは川に手を向け続けていました。花に象や象使いを襲わせます。象が耳をばたつかせ、象使いたちも蜂の群れを追い払うように手を振り回します。

 すると、突然、花たちが力を失って落ちました。色とりどりの雪のように川面に舞い落ちていきます。メールは青ざめ、ルルが籠から伸び上がって言いました。

「また闇の魔力よ! デビルドラゴンのしわざだわ!」

 力尽きた花たちが流されていきます……。

「行くぞ!」

 とゼンはどなり、再び彼らは森を駆け始めました。

 作戦があるわけではありません。ただとにかく、巨大な象戦車しか逃げ回るだけです。振り切れば反撃のチャンスもあるのですが、森の中では象のほうが速いので、その余裕もありません。

「と――とにかく森を抜けるぞ――! そうすれば、こっちのほうが――」

 とゼンが言い続けます。激しく駆ける馬の上なので、声も切れ切れです。まだ川は見えています。象戦車がこちら岸に近づいています。

 

 その時、いきなりポポロが馬を停めました。

「ど、どうしたの、ポポロ!?」

 ルルが驚いて声をかけますが、少女は馬の上で茫然としているだけです。ゼンがあわてて引き返してきました。

「おい、急がねえと――!」

 すると、ポポロは両手を耳に当てました。音をさえぎるのではなく、何かに耳を澄ます格好です。つぶやくように言います。

「フルート……?」

 仲間たちは、はっとしました。ゼンがまた尋ねます。

「フルートがどうした!?」

 ポポロは誰にも聞こえない声に耳を傾けながら言いました。

「フルートが言ってるの……川を使え、って……」

 川を使え? と仲間たちはまた驚きました。

「どうしてフルートがそんなこと? あたしたちのことが見えているの?」

 ルルが尋ねますが、ポポロはそれには答えませんでした。ただ、象が渡ってくる川を振り向いて眺めます。

 と、その顔が急に輝きました。

「わかったわ!」

 と叫んで、すぐにゼンに言います。

「あたしが呪文を唱えたら、大急ぎでまた走って! できるだけ川から離れてね――!」

「お、おい、ポポロ……?」

 と驚くゼンたちの前で、魔法使いの少女は片手を上げました。細く高い声で呪文を唱えます。

「セガーナシオーヨワカオキテ!」

 言い終わると同時に、馬の腹を蹴って全速力で駆け出します。

 ゼンもあわててそれに続きます。

 

 すると、ドドドドド……と何万という馬が疾走するような音が聞こえてきました。象使いたちが驚いたように音を振り向きます。それは川の上流から響いていました。たちまち迫って大きくなってきます。

「急いで! 早く!」

 とポポロが叫びました。ゼンもメールを抱えたまま黒星を急がせていました。馬たち自身が、ただならない気配を感じて必死で駆けていきます。

 すると、象使いたちが大声を上げました。真っ青になって川の上流を指さしています。川の曲がり角を越えて大水がやってきたのです。しぶきを上げ、雷のような音と地響きを立てながら押し寄せ、巨大な波になって襲いかかってきます。

 それは信じられないほど大量の水でした。巨大な象を戦車ごと押し流し、荒れ狂う波と渦の中に呑み込んでいきます。象がバオォォ……と悲鳴を上げながら濁流に消えていきます。背中に乗っていた象使いたちも一緒です――。

 

 象を押し流しても、川はますます水かさを増していました。これはポポロの魔法です。暴走して、歯止めがきかなくなっているのです。後から後から水が押し寄せ、みるみる川幅が広がっていきます。

 水は逃げるポポロとゼンの後ろにも迫っていました。あまりに流れが激しいので、巻き込まれれば彼らも無事ではすみません。濁流が森の木にぶつかってしぶきを立て、太い木が折れて押し流されていきます。

「もう少し――もう、少し――」

 ポポロが呪文のように繰り返していました。彼女は今日の魔法をもう使い切ってしまいました。あとはただ逃げることしかできないのです。ちっくしょう! とまたゼンがわめきます。逃げる馬の蹄をしぶきが濡らします――。

 

 すると、始まったときと同じように、唐突に濁流が止まりました。荒れ狂いながら押し寄せてきた水が、あっという間に流れ去り、みるみる川が細くなっていきます。ポポロの魔法は強力ですが、ほんの二、三分しか続きません。魔法の効果が切れたのです。

 ポポロとゼンは馬を停めました。馬も人も汗だくです。

 振り向けば、水が引いていった痕は木々がへし折れ、泥まみれの草や茂みがひとつの方向へ押し倒されていました。大きな岩もいくつも流されてきて転がっています。すさまじいまでの水の力に、ゼンたちは何も言えませんでした。ただ、深い安堵の息をつきます。

 やがて、ポポロがぽつりと言いました。

「象や、象に乗っていた人たちはどうなったかしら……?」

 ルルが即座に答えました。

「すぐに水が引いたんだもの、死んだってことはないわ。あんな人たちのことなんか探したりしないのよ、ポポロ。こっちにはもっと大事なことがあるんだから!」

 叱りつけるような声の陰に、ポポロを思いやる響きがありました。そんなこと気にしなくていいのよ、と言ってくれているのです。ポポロは涙ぐむと、うん、とうなずきました。

 

 ゼンは頭をかきました。

「まあ、とにかくこれで象戦車はナージャの森に行けなくなったわけだ。作戦成功だな」

 作戦など何もなかったのに、そんなことを言います。

 ところが、いつもすかさず突っ込むメールが、何も言いませんでした。ゼンはそれを見下ろして、たちまち、ぎょっとしました。ゼンの腕と胸の中で、メールは目を閉じて、ぐったりしていたのです。その顔色は死人のように真っ青でした。

「メール! おい、メール! 目を覚ませ――!!」

 ゼンは抱きしめ、必死で揺すぶりましたが、メールは目を開けませんでした。

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