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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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62.象戦車

 荒野にはところどころに小さな森や林がありました。朝日に照らされて、若葉が柔らかな緑色に光ります。

 そんな森のひとつに三人の少年少女と一匹の犬がいました。全員が馬に乗っています。

 ポポロが言いました。

「もうじき象戦車が見えてくるわ……。まっすぐナージャの森を目ざしてる。この速さだと、絶対に今日中にナージャに到着しちゃうわ」

「象戦車は九台あるって言ったっけ? そんなのがずらっと並んで迫ってきたら、いくら女騎士団でも降伏するしかなくなっちゃうよね」

 とメールが言います。相変わらずゼンに抱かれたままですが、口調はずいぶんしっかりしていました。

「どうする? 俺が象をひっくりかえして戦車をぶっ壊すか?」

 とゼンが尋ねました。冗談を言っているわけではありません。赤いドワーフの戦いでは、ゼンは本当に象を力ずくで投げ飛ばしてきたのです。

「九頭もいたらちょっと無理よ。一度に倒さなくちゃいけないんだもの、やっぱりポポロの魔法だわ」

 とルルが答えます。

 

 荒野の西の方から雷鳴のような音が近づいていました。象戦車の鉄の車輪が大地を転がってくる音です。

「連中はどのあたりを通りそうだ?」

 とゼンがまた尋ねます。魔法使いの少女は遠い目になりました。

「すぐ近く……あのあたりになると思うわ」

 と荒野を指さして見せます。よし、と言って、ゼンはメールを膝から鞍の上に下ろしました。

「乗ってろ。それくらいならできるだろう? 俺は象を足止めする」

 と馬から飛び下ります。ゼンは青い胸当てを身につけ、魔法の弓矢を背負っていました。森の端まで駆けていって弓を手にします。

 やがて西の彼方から土煙を上げて象戦車が姿を現しました。大きな耳と長い鼻をした巨大な獣が、重い鉄の戦車を引いてやってきます。人が乗るためのものではなく、敵や障害物をなぎ倒して踏みつぶすための車です。象は鉄の防具を身につけ、背中には象使いの兵士も乗せていますが、何の苦もなく前進してきます。雷鳴のような車輪の音がたちまち大きくなってきます。

 ゼンは矢をつがえ、弓弦を引き絞りました。先頭の象に慎重に狙いを定めて矢を放ちます。ばしゅっと空を切る音に続いて、びぃん、と弦が鳴ります。

 まだ百メートル以上も距離があったというのに、矢は先頭の象に命中しました。それも、小さな左目にまともに突き刺さります。象は悲鳴を上げて頭を振り、乗っていた象使いがたちまち振り落とされました。

 

 敵襲だ! 待ち伏せだぞ! と象使いたちが声を上げる中、また矢が飛んできました。今度は別の象に突き刺さります。その狙いの正確さに象使いたちは仰天しました。矢はまだ遠い森から飛んでくるのに、防具におおわれていない象の体を確実に狙っているのです。

「一カ所に集まれ! 矢を防ぐんだ!」

 と八頭の象が集まり、円陣を作りました。兜のような防具を着けた頭を外に向けます。目を射抜かれた象は、戦車を引いたまままったく別の方向へ駆け去っていました。体に矢を受けた象は、象使いに必死でなだめられています。

 すると、彼らの頭上に黒雲がわき起こりました。みるみる空が暗くなり、ぴかり、ぴかりと稲妻が光り出します。不安にかられた象使いたちが空を見上げていると、突然、誰かの声を聞いた気がしました。

「ローデローデリナミカローデ……」

 か細い少女の声です。次の瞬間、雲間がまばゆく輝き、ひとかたまりになった象と象使いたちを、巨大な光の柱が打ちのめしました。バリバリッと空気を引き裂く音に続いて、ドドドーン……と大地が大揺れに揺れます。

 

 きゃっとポポロは悲鳴を上げました。真っ青になって両手で口をふさぎます。象戦車を雷で気絶させようとしたのですが、稲妻の規模が大きすぎたのです。象も人も木っ端みじんになるほどの威力でした。

 ところが、すぐにルルが叫びました。

「見て、ポポロ! 雷が効いてないわよ!」

 稲妻が地面を直撃した煙が風に散ると、その後から象戦車がまた姿を現したのです。象も人も無傷です。ただ象たちが稲妻の光に興奮しているので、象使いがそれをなだめていました。

「どういうことだ! ポポロの魔法が効かねえなんて――!?」

 と驚くゼンに、ルルが言い続けました。

「闇の気配が強いわ! この場所に闇魔法が送り込まれているのよ! それがポポロの魔法を弾き返したんだわ!」

 ポポロはさらに青ざめました。彼女の強力な魔法を防げる相手は、そうはいません。抑えた手の下で思わずつぶやきます。

「デビルドラゴン……」

 彼らは金の石で隠されてはいません。どこかで闇の竜が彼らを見ていて、魔法の力を送り込んでいるのに違いありませんでした。

 すると、象使いたちが森にいる彼らに気づきました。指さし、森に向かって突進を始めます。

「来るぞ! 象戦車だ!」

 とゼンはどなり、駆け戻って馬に飛び乗りました。メールをまた抱きかかえ、ポポロに叫びます。

「逃げるぞ! いくら俺たちでも、あの戦車にまともに突っ込まれたらぺしゃんこだ!」

 ポポロはあわてて手綱を握り直しました。ゼンの後について馬で駆け出します。ゼンは森の中を飛ぶように駆けていきます。

 

 ベキベキッという音が背後から聞こえてきました。象戦車が森に突入したのです。象の巨大な体と重い鉄の戦車で木々をへし折り、乗り越えて進んできます。あっ、とメールが叫んで、ゼンの胸に顔を埋めました。半分森の民の彼女には、象戦車になぎ倒されていく木々の悲鳴が聞こえてきたのです。森に侵入してきたのは八頭もの象です。森の悲鳴はたちまち大きくなっていきます。

 激しく揺れる籠の中でルルが言いました。

「ど――どうすればいいの!? どうしたら象戦車を防げるのよ!?」

 ポポロはそれに答えることができません。頭の中で必死に追っ手を防ぐ魔法を考え続けているのですが、デビルドラゴンを出し抜いて敵を倒す方法が思いつかないのです。今にも泣き出しそうになっています。

 ちっくしょう! とゼンがわめきました。一頭二頭の象なら投げ飛ばしすこともできるのですが、八頭同時となると、ゼンにも無理です。戦車が突進してくるので、立ち止まって矢を射かける余裕もありません。象使いたちが象を走らせる、ハリッシャ、ハリッシャ、というかけ声が聞こえてきます――。

 

 すると、彼らは突然行き止まりに出くわしてしまいました。大きな木が根元から腐って、行く手をふさぐように倒れていたのです。高すぎて飛び越すことができません。木の下に人がくぐれるくらいの隙間はあるのですが、馬には障害物をくぐり抜けることもできません。

「追いついてくるわよ!」

 とルルが叫びました。象戦車の音が後ろに迫っていました。

「こっちだ!」

 とゼンは左へ走りました。倒木を避けようとしたのですが、木やツタが入り組んで茂っている場所なので大回りになってしまいます。ついにすぐ後ろで木が倒れ、象が顔を現しました。鉄の兜をつけた頭で木に突撃し、折れた木を巨体で押しのけて進んでくるのです。逃げるゼンたちを見つけると、長い鼻を持ち上げてブオォ、と鳴き、いっそう速度を上げます。

 ゼンとポポロは必死で手綱を握り続けました。たくさんの木の間をぬって逃げていくしかありません。その後ろを象戦車が追ってきます。すぐに茂みや木立に行く手をふさがれるので、距離がみるみる詰まってきます。

「あれだ!」

「子どもだぞ――!?」

 象の背中で象使いたちが叫ぶ声も聞こえてきます。

 

 すると、ゼンたちはまた立ち止まってしまいました。いきなり川に出くわしたのです。幅十メートルほどの小さな川ですが、意外なくらい流れは速く見えます。どのくらいの深さがあるのかも見当がつきません。対岸にはまた木が生い茂っていました。

 木を折りながら象戦車が姿を現しました。象が力ずくで切り開いた上を重い戦車が通っていくので、後ろには道ができます。後続の象戦車がそこを通って追ってきて、彼らの後ろに並びます。

 ゼンとポポロは馬で川に飛び込みました。流れの中を前進します。幸い、そう深い川ではありませんでした。流れに足を取られながらも、馬は川を渡っていきます。

 すると、彼らをかすめて水に落ちたものがありました。矢です。ゼンがぎくりとして振り向くと、川岸に並んだ象の上で象使いたちが弓を構えていました。彼らに向かって矢を放ってきます。

「急げ、ポポロ!」

 次々と飛んでくる矢の中で、ゼンは叫びました――。

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