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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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60.泣き声

 「ど――どうしたんだ、これは!? いったい――何があったの!?」

 青ざめて尋ねるセシルに、オリバンは笑って見せました。苦笑いです。

「あなたがフルートから金の石を持ち去ったせいだ、セシル……。その石は、守りの魔石だ。その石がなければ、フルートはたちまち闇の怪物から襲われるのだ……」

「ワン、闇の怪物のグールにかまれたんですよ。命までは奪われないけど、ものすごく腫れて、三日三晩苦しむようになるんです。早く手当てしないと」

 とポチが言ったので、セシルはまた驚きました。フルートが金の石を拾い上げ、オリバンに押し当てるのを、茫然と見つめてしまいます。

 金の石の力は絶大でした。見る間にオリバンの顔色がよくなり、苦痛の表情が消えていきます。すぐにオリバンは大きく息をして、鞍の上で姿勢を正しました。

「もう大丈夫だ。ありがとう」

 

 フルートは、ほっとした顔で笑い、すぐに精霊の少年を見ました。

「君は? もう大丈夫?」

 少年は首をかしげました。

「さっきから何をそんなにぼくの心配をしているんだ? ぼくは魔石の精霊だぞ。人間とは違う」

「だって、君はぼくから離れていると、ぼくの守りの心から力を得られなくなって、弱って消滅するんだろう? そんな大事なこと、どうして言わなかったのさ」

 とたんに、精霊の少年はぽかんとしました。その顔がみるみる赤く染まっていきます。

「願いの! 願いの――!!」

「なんだ、守護の」

 と赤い髪とドレスの女性が姿を現しました。自分の半分ほどの背丈しかない精霊の少年を見下ろします。

 金の石の精霊は怒ってどなり続けました。

「フルートにいったい何を言った!? フルートがいなければ、ぼくが消滅するとでも話したのか!? 冗談じゃない! ぼくがそんな非力な石だと思うのか!」

「そなたは小さい、守護の」

 と願い石の精霊は答えました。落ち着き払った声です。

「それにそなたはいつも無理をしすぎる。早くフルートの手元に戻ったほうが良いに決まっている。――そなたが消滅するかもしれない、と言えば、フルートたちが本気で追いかけるのはわかっていたからな。嘘も方便というものだ」

 嘘? とフルートたちは目を丸くしました。もしここにゼンが一緒にいれば、なんだと、本気で心配させるんじゃねえ! とわめいたところです。

 金の石の精霊は腰に手を当てたまま、ドレスの女性をにらみつけていました。

「今度ぼくを侮辱をしてみろ。いくら願いのでも承知しないからな」

「侮辱――そうだろうか、守護の? こんな短期間でそなたが消えるはずはないが、それでも、フルートから離れた状態で力を使いすぎれば、そなたはやっぱり力を失って砕ける。己の限界を見極めるのは大切なことであろう?」

「うるさい!」

 精霊の少年が全身から光を放ちました。爆発するような金の光です。

 その中に薄れて消えながら、願い石の精霊は言いました。

「そら、こういう真似のことだ――。たいがいにするがいい、守護の。そのうち本当に消滅してしまうぞ。それでは、フルートも世界も守れない――」

 淡々とした声が、姿を消した後まで残ります。

 金の石の精霊はまだ怒った顔をしていましたが、フルートたちが見つめているのに気がつくと、ふん、と顔をそらしました。何も言わずに、こちらも姿を消していきます。

 フルートは、やれやれ、と苦笑して、手にしていたペンダントを首にかけました。鎧の胸当ての真ん中で、金の石が静かに輝きます。

 

 それを見ていたセシルがうつむきました。黙ったまま唇をかみ、やがて、はらはらと涙をこぼし始めます。

 ポチがその足下にすり寄って言いました。

「ほら、まただ。セシルはいつもそうやって悲しい匂いをさせてる……。ワン、いったいどうしたんですか? 何をそんなに心配して悲しんでるの?」

 けれども、セシルは何も言いませんでした。ただ泣きながら首を振ります。

 馬からオリバンが下りました。

「何かわけがあるのだろう、セシル。話せ。我々が力になれるかもしれないのだから」

 すると、セシルは泣きながら笑いました。皮肉な笑い声です。

「おまえたちはロムド人なのに? しかも、おまえたちは世界を救う勇者の一行ではないか。こんなメイの内情など、おまえたちには関係のないこと――」

 とたんにフルートがセシルの腕をつかみました。彼女が思わず顔をしかめるほど強く握りしめて言います。

「世界を救う勇者だからだ! メイだって世界の一部なんだ。メイの人たちのことだって、ぼくたちは守っている。それに、セシルはぼくらの友だちだ。友だちを助けたいと思うのは、あたりまえのことじゃないか。メイもロムドも、それには全然関係ない!」

 何にも曲げられることのない、強い声でした。セシルの瞳をじっと見つめます。

 

 オリバンも言いました。

「弟の皇太子を助けたかったのか? 金の石の力で」

 王女は驚いたように振り向きました。

「どうしてそれを――!?」

「あなたの部下たちが話していた。やはりそうだったのか」

 重々しくオリバンに言われて、セシルは肩を落としました。そのまま涙を流し続け、ついには両手で顔をおおって、すすり泣きを始めました。

「ハロルドは――ハロルドは、どうしても生きなくてはならないのだ――。メイの次の王は彼だ。彼がいなくては、メイは滅びる――。なんとしても、助けてやりたかったのだ――」

「そのためにユニコーンを呼ぼうとしたけれど、現れないから、金の石を奪った。そうなんだね」

 とフルートは静かに言いました。もうセシルの腕は放していました。王女が泣きながらうなずくのを見守ります。

 すると、オリバンがまた言いました。

「話せばよかったのだ、セシル。そうすれば、フルートも我々も、あなたに協力したのだ」

 セシルは驚いたように顔を上げました。まだ涙が止まらない目でオリバンを見上げます。

「ハロルドを助けてくれるというのか? ――彼は敵国の皇太子だというのに!?」

「それならば、あなただって敵国の王女だ。だが、フルートの言うとおりだ。メイもロムドも関係ない。ハロルド皇太子は、あなたにとって大切な人だから、我々も彼を助ける。ただそれだけのことなのだ」

 セシルはオリバンを見上げ続けました。青年の生真面目な顔には、どこにも嘘が見当たりません。

 やがてセシルの目から、新しい涙が、どっとあふれました。次々にこみ上げてきて止まりません。セシルはまた顔をおおい、そのままオリバンの胸に突っ伏してしまいました。声を上げて泣き出します。

 オリバンはそんな彼女にそっと腕を回しました。黒いマントの上から抱きしめます。

 丘の麓に、セシルの泣き声はいつまでも響いていました――。

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