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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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59.衝突

 メイの王都ジュカ。そのすぐ東側にある小高い丘の上に、一頭の馬が立ち止まっていました。鞍に乗っているのは男装をした金髪の若い女性――セシルです。じっと眼下の町並みを見ています。

 夜が明けたばかりの町は、まだ眠りから目覚めていませんでした。家々も通りも静まりかえる中、薄靄(うすもや)をついて朝日が差してくると、町の中央で黄金城が輝き出します。

 ふうっとセシルは溜息をつきました。朝靄は丘の上にも漂っています。ひやりと湿っぽい空気から身を守るように、セシルは黒いマントを自分の体に絡めました。いつか昔話をしたときにオリバンが着せかけてくれたものを、ずっとはおり続けていたのです。そのまま何かを思うように目を閉じます。

 けれども、また目を開けたとき、彼女は非常に強い顔になっていました。燃えるようなすみれ色の瞳で城をにらみつけて言います。

「今行く。待っていろ!」

 丘の上にいるのはセシル一人だけです。誰に対して待てと言っているのかはわかりません。馬の横腹を蹴って、丘の上から駆け下っていきます。

 

 すると、丘の麓に誰かがいました。馬にまたがって、行く手をふさぐように立っています。その人物が金の鎧兜を着ているのを見て、セシルはぎくりとしました。手綱を引いて立ち止まります。

「フルート!」

 勇者の少年は一人きりでした。オリバンも、籠にいつも一緒のポチもいません。少女のように優しい顔は、いつになく厳しい表情をしていました。セシルをまっすぐに見ながら言います。

「ぼくの金の石を返すんだ。今すぐ」

 静かですが、底に強いものを秘めた声です。

 セシルは顔を歪め、かみつくような勢いで叫びました。

「どうしてここがわかった!? どうやって追ってきたんだ――!?」

「金の石はぼくの石だ。居場所はわかる」

 とフルートは答えました。セシルがそのまま動かないので、自分のほうから近づいていきます。

「その石をどうするつもりだったんだ……? 魔石は人の命令は絶対に聞かない。君にその石を使うことはできないよ」

 セシルはそれに答えませんでした。代わりにいきなり腰の剣を抜き、フルートに襲いかかってきました。セシルの剣は細身のレイピアです。鋭い突きでフルートの顔を貫こうとします。

 フルートは素早く左腕の盾を掲げました。セシルの剣を跳ね返し、背中から自分の剣を引き抜きます。銀のロングソードです。また襲いかかってきたセシルの剣を受け止めます。

 剣と剣を合わせたまま、二人はにらみ合いました。セシルのほうが長身なので、上から剣を振り下ろした格好になっているのに、フルートの剣はびくともしません。次の瞬間にはセシルの剣を押し返してしまいます。

 

 思わずよろめき、急いで体勢を立て直した王女に、フルートは言いました。

「セシル――君はデビルドラゴンと一緒にいるのか? 本当にそうなのか!?」

 セシルは答えません。すさまじい形相で、また剣を繰り出してきます。鋭い一撃がフルートの頭に命中し、はずみで兜が飛ばされます。

 フルートは唇をかむと、セシルの鞍の後ろに飛び移りました。剣は使いません。セシルにつかみかかり、セシルからレイピアをもぎ取ろうとします。

 セシルが身をよじり、二人はそのまま鞍から落ちました。高い馬の背中です。魔法の鎧を着たフルートはともかく、セシルはまともに地面にたたきつけられてしまいます。

 ところが、セシルはすぐに跳ね起きました。まったくダメージを受けていません。彼女が持っている金の石が、彼女を即座に癒したのです。落ちた拍子に手放してしまった剣に飛びつきます。

 すると、そこにフルートがまた飛びかかりました。セシルの手首をつかみ、そのまま地面に押し倒して抑え込みます。セシルは目を見張りました。彼女よりずっと小柄で華奢な少年だというのに、力は驚くほど強くて、まったく振りほどくことができなかったのです。

「セシル!」

 とフルートは叫びました。

「金の石を早く返せ! そうしないと――!」

 セシルの靴がフルートの腹を蹴り上げました。いくら力があっても、体重の軽さはどうしようもありません。フルートは蹴り飛ばされて地面に転がりました。はずみでこちらも剣を手放してしまいます。

 すると、セシルがフルートの剣に飛びつきました。少年より先に立ち上がり、剣を振り上げます。フルートは、あっという表情をしました。兜を失った頭に剣がまともに振り下ろされてきます。

 

 血しぶきが飛び散り、石や草を染めました。銀色の剣も紅く染まります。

 セシルは大きく目を見張りました。彼女の繰り出した剣が、フルートの顔をまともに切り裂いたのです。こめかみから首にかけて大きな傷ができ、そこから血が吹き出します。

 すると、いきなり彼らの脇に人が姿を現しました。淡い金の光を帯びた小さな少年です。フルート! と大声を上げ、茫然としているセシルを振り向いて叫びます。

「ぼくを出せ! フルートに使うんだ! 早く!」

 セシルはますます混乱した顔になりました。突然現れた少年が何者かわからなかったのです。フルートはうめきながら傷を押さえ、ようやく片目を開けて言いました。

「無事だったね……金の石……」

 深手を負っているのに、それでも笑うような声です。精霊の少年は叫び続けました。

「それは誰の台詞だ、馬鹿! このままじゃ失血死するぞ! ぼくを使えったら。早く!!」

 金の石……? とセシルは茫然とつぶやき、次の瞬間、はっとしました。剣を放り出し、ズボンのポケットに手を突っ込みます。そこから取りだしたのは金のペンダントでした。透かし彫りの真ん中で小さな魔石が輝いています。

 ペンダントを押し当てたとたん、ほとばしる血が止まり、みるみるうちに傷がふさがっていきました。肉が盛り上がり、皮膚ができ、どこに傷があったのかまったくわからなくなってしまいます。顔と鎧に流れた血だけが、事実の痕を留めます。

 

 傷が完全に消えると、ふぅ、とフルートは息をして地面に座り直しました。まだ茫然としている王女を見上げて言います。

「やっぱり闇に取り憑かれていたわけじゃなかったね、セシル」

 とたんに王女はわなわなと震え出しました。怒ったように叫びます。

「ど――どうして防がなかった! おまえの腕前なら、あの剣は充分返せたはずだぞ!」

「だって、盾や鎧で防いだら、剣が折れたかもしれないもの。あれはぼくが剣の先生からもらった大切なものなんだ」

 すると、精霊の少年もどなりつけてきました。

「だからって――! 急所をやられて即死したらどうするつもりだったんだ!? いくらぼくがいたって、死んだらもう生き返らせることはできないんだぞ!」

 黄金の髪を振り立てて怒っています。フルートは、くすくすと笑いました。

「うん、君も元気そうだね……よかった」

 たちまち精霊がふくれっ面になります。

 

 そこへ近くの茂みからポチが飛び出してきました。フルートに駆け寄り、顔に残った血をなめながら言います。

「ワン、無茶はしないでくださいよ、フルート。見ていてはらはらしましたよ」

「だって、セシルが全然話を聞いてくれようとしないから」

 とフルートは答え、改めて手を差し出しました。

「金の石をぼくに返して、セシル。それがないと、オリバンが大変なんだ」

 えっ、と王女が驚いていると、ポチが飛び出した茂みの陰から、馬に乗ったオリバンが現れました。いぶし銀の鎧を着た体を馬の首にもたせかけ、左腕をかばうように前に抱え込んでいます。たてがみの中に半ば埋めた顔は土気色で、脂汗にびっしょりと濡れていました。

「ワン、馬で揺られたから、全身に毒が回ってるんですよ。毒消しの薬くらいじゃ、完全に解毒することはできないから」

 とポチが言ったので、王女はまた立ちすくんでしまいました。驚きのあまり何も言えなくなっているのが、傍目にもはっきりとわかります。

 すると、オリバンが顔を上げました。苦痛に顔を歪めながらセシルに言います。

「やっと、あなたに追いついたぞ……」

 いつもの生真面目な口調です。

 王女の手の中からペンダントが滑り落ちました。音を立てて地面を転がります。

「オリバン!!」

 セシルは悲鳴のように叫んで青年に駆け寄りました――。

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