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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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第16章 女王

54.助力

 フルートとオリバンは土砂降りの中を馬で駆け続けました。フルートの前の籠にはポチもいます。

 彼らの後ろを怪物が追いかけていました。ほとばしる泥水のように地面の上を移動してきます。馬は全速力で駆けているのに、振り切ることができません。

「しつこいな!」

 とオリバンが振り向きながら言いました。片手には闇を霧散させる聖なる剣を握っています。フルートは頭上を見ました。

「雨のせいです。あれは水の怪物だ。濡れた地面伝いに追ってくるんですよ」

 けれども、彼らに雨を止めることはできませんでした。雨雲はどこまでも彼らにつきまといます。どこかで彼らを見ているものがいて、魔法で雨を降らせているのです。

 駆ける馬の足下に、泥水を退ける花の道はありませんでした。メールの花使いの力も、もう届かないのです。ただぬかるんだ地面が、彼らの行く手にどこまでも続きます。

 ポチが激しく揺れる籠の中から言いました。

「ワン、セシルはどっちだろう? こっちの方角でいいのかな――?」

 フルートは唇をかみました。セシルに追いついて金の石を取り返せば、怪物は簡単に撃退できます。セシルはメイ城に向かっていると思うのですが、まっすぐ城を目ざしているのかどうかがわかりませんでした。きっと、メイのどこかにデビルドラゴンがいます。それはメイ城なのか、それとも、また別の場所なのか。セシルは奪った金の石をどこへ持っていこうとしているのか。ポポロの魔法使いの目がない今、フルートたちには、それさえよくわからないのです。

 

 すると、彼らの行く手に光がわき起こって、空中に一人の人物が姿を現しました。赤い髪を高く結って垂らし、炎のような赤金色のドレスを着た女性です。馬と同じ速度で空中を移動しながら、彼らに話しかけてきます。

「そなたたちには、あきれてものも言えぬ――。守護のを奪われてしまうとはな。うかつにもほどがある」

 フルートの内側に眠る願い石の精霊でした。呼んでもいないのに、姿を現したのです。フルートが何も言い返せずにいると、精霊の女性はさらに続けました。

「守護のは小さい。かつてはもっと大きく、非常に力のある石だったが、初代の金の石の勇者に裏切られたときに砕けて、力の大部分を失ってしまったのだ。守護のはそなたたちをずっと闇から守っているが、ああして常に目覚めているだけで、さらに力は失われていく。そなたたちは、守護のに無理をさせすぎている」

 願い石の精霊はいつものように無表情ですが、とても厳しい口調をしていました。まるで叱りつけているようです。フルートは驚いて尋ねました。

「金の石は弱っていたのか!? それでセシルに奪われて――!?」

 女性はそれには答えずに言い続けました。

「守護のはフルートの守りの心から力を得ている。フルートから引き離された今、さらに力は失われるだろう。早く取り戻さなければ、守護のは消滅するぞ」

 フルートもオリバンもポチも、思わずことばを失いました。金色の少年の姿の精霊を思い出します。いつも腰に手を当てて頭をそらし、決して弱みを見せようとはしない精霊です……。

 フルートはまた唇をかみました。馬の横腹を蹴って、さらに先へ急ごうとします。

 

 すると、願い石の精霊が言いました。

「違う。守護のが向かっているのはこちらだ」

 と少し北よりの方角へ進路を変えます。

「ワン、金の石のいるところがわかるんですか!?」

 とポチが尋ねると、精霊の女性は冷笑しました。

「石には他の石のいる場所がわかる」

 愚かな質問をする、と言わんばかりの調子ですが、彼らの行く手から消えようとはしません。まるで案内をするように、空を飛び続けています。フルートはまた驚きました。

「ぼくらを助けてくれるのか、願い石……? ぼくは君に願っていないのに」

「守護のがいなくては、私が退屈なだけだ。そなたたちを助けているわけではない」

 と精霊は、つん、と顔をそらします。

 その間も雨は激しく降っていました。次第に馬の速度が落ちて、後ろに泥水の怪物が迫ってきます。先頭の怪物が蛇のように身を縮めて飛びかかってきます。オリバンが気づいて切りつけましたが、一瞬タイミングが遅れました。剣が間に合いません――。

 すると、願い石の精霊が鋭く振り向きました。

「退け!」

 ばっと赤い光が輝き、泥水の怪物が弾かれたように散りました。そのまま崩れて消えていきます。

 精霊の女性は他の怪物たちを眺め、眉間に小さなしわを作って言いました。

「おどろを思い出させて不愉快だな……。去れ、闇の怪物ども! 我々に近づくことは許さぬ!」

 再び女性の体が光を放ちました。まぶしい赤い光の中で、黒い泥水が次々と蒸発していきます。

 フルートは、とっさに言いました。

「願い石、あの雲もだ! 敵は雲から雨を降らせて怪物を呼び寄せているんだ!」

「そのようだな」

 と答えて、女性は空の雲に手を向けました。さっと指先を振ったとたん、強い風が吹き出して、みるみる雲を押し流していきました。やがて雨はやみ、雲の陰から太陽が姿を現します。

 

 フルートたちは馬を停めました。もう、怪物はどこにも見当たりません。ただ濡れた荒野を日差しが照らしているだけです。本当に、あっという間のことでした。

 すると、願い石の精霊がまた空を飛び始めました。やや北よりの方角へと向かっていきます。口ではどう言おうとも、確かに彼らを助けてくれているのです。

 フルートとオリバンは顔を見合わせてうなずくと、精霊の女性の後について、雨上がりの荒野をまた駆け出しました――。

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