仲間たちは驚きました。
フルートは、自分がセシルを追うから皆は森へ戻れ、と言ったのです。
「馬鹿者! 自分だけで行くつもりか!?」
とオリバンがどなりますが、フルートは考えを変えません。
「ナージャの森には聖なる魔法の力が残っている。怪物もあの中にまでは入り込まないはずだ。メールはもう先へ進めない。ポポロも今日はもう戦えない。女騎士団と一緒にナージャの森に戻るんだ」
「何を言う! 我々は隊長を救うために城へ行くぞ!」
とタニラが話を聞きつけて言いました。その後ろで女騎士たちも気色ばんでいます。何がなんでもセシルのもとに駆けつけようというのです。
「だめだ!!」
とフルートは大声を上げました。自分よりずっと大きな女騎士たちを、真っ正面からどなりつけます。
「あれはぼくを追ってきている! ぼくと一緒に来たら、あなたたちは必ず殺される! そんなことになったらセシルが悲しむぞ!!」
女騎士たちは、はっとしました。だが……と口ごもりながら反論しようとすると、フルートはたたみかけるように言い続けました。
「ナージャの森に戻るんだ! 怪物はぼくと一緒に去るはずだけど、間もなくメイ女王の軍勢が森を襲ってくる。セシルのために森を守るんだ。大丈夫、セシルは必ず連れ戻すから!」
言っているのはとても小柄な少年です。鎧兜を身につけていても、穏やかなその雰囲気は隠せません。兜からのぞく顔は、少女のような優しさです。それなのに女騎士団は誰も言い返せなくなっていました。少年の強い気迫に呑まれて、誰も言い逆らえなくなったのです。
フルートは繰り返しました。
「ナージャの森を守れ。ゼン、ルル、君たちも森に戻るんだ」
「な――なんだと!?」
「どうして私たちまで!?」
驚くゼンたちと一緒に、メールも声を上げました。
「あたいも行くよ、フルート……! 留守番だなんて、冗談じゃない」
けれども、メールは自力で立つことができませんでした。ゼンに抱かれたままで、相変わらず青ざめた顔色をしています。
わかるだろう? とフルートはゼンとルルに言いました。
「メールだけ森に戻したって、おとなしく待ってくれたりするもんか。ポポロだってそうだ。――今は、一刻も早くセシルに追いついて金の石を取り返さなくちゃいけないんだ。君たちはナージャの森にいてくれ」
「ワン、ぼくとオリバンは?」
とポチが尋ねました。
「二人はぼくと一緒だ。さすがに、ぼく一人でこの状況はどうしようもないからな」
とフルートはまた花畑を食う怪物たちを見ました。さっきよりずっと近づいてきています。
オリバンは、わかった、とうなずき、女騎士たちに向かって声を上げました。
「勇敢な女騎士団の諸君、ナージャの森へ戻れ! フルートが言うように、セシルが帰るまで城を守り抜くのだ! ナージャの森は彼女の城なのだからな!」
たちまち女騎士たちがどよめきました。ナージャの森はセシルの城だ、ということばが心に響いたのです。雨の中に横たわる白と金の森を、全員が振り向きます――。
ついに、タニラは女騎士団に命じました。
「全員退却! 勇者殿たちがいうとおり、我々は森の守備につく! メイ女王にナージャを渡すな!」
はい! と女騎士たちはいっせいに返事をしました。蹄の音を響かせて森へ駆け戻り始めます。馬を失ったものは、仲間の馬に同乗していきます。
一人後に残ったタニラは、オリバンを見つめました。
「我々女騎士団は隊長と亡きメイ王の命令にしか従わない。メイ女王やメイ軍の大将軍でも、我々に命じることはできないのだ。それなのに、おまえは女騎士団に命じて従わせた。……おまえはいったい何者だ? ただの貴族の子息などではないだろう」
大柄な女戦士は射抜くような目をしていました。オリバンは口の端を持ち上げて笑って見せました。
「私は金の石の勇者の仲間だ。それに、私はフルートのことばをもう一度伝えただけだ」
ふん、とタニラは鼻を鳴らすと、自分の馬を森へ反転させました。
「おまえたちの言うとおり、隊長の城は我々が守り抜く。おまえたちの仲間も守っていてやろう。だから、必ず隊長を連れ帰れ。――必ずだぞ」
「わかった」
「必ず」
とオリバンとフルートはうなずきました。タニラが馬の横腹を蹴って森へ駆け戻っていきます。
フルート、とポポロが言いました。涙で目をいっぱいにしています。フルートはもう一度うなずいて見せました。
「ぼくたちは今日中には戻れないかもしれない。もしも、明日またメールが倒れることがあったら、魔法で起こしてやって。頼むよ」
うん、とポポロはうなずきました。涙がこぼれて流れ出します。
「フルート……あたいも行くったら……」
メールが言いました。やはり力のない声です。自分を抱くゼンの腕を払いのけて立つこともできません。
フルートはそれには答えずに親友のほうを見ました。
「わかってるな、ゼン?」
ゼンは目を細め、顔を歪めてうなずきました。なんだか、怒り出しそうにも、泣き出しそうにも見える表情です。黙ったままメールを抱きしめ直します。
フルートは自分の馬に飛び乗り、ポチに呼びかけました。
「来い、ポチ!」
「ワン!」
子犬はジャンプして鞍に飛びつきました。フルートがそれを捕まえて籠に入れてやります。
「みんな、気をつけなさいよ。怪物に捕まらないようにするのよ」
とルルが言います。やはり、今にも泣きそうに聞こえる声です。
「行くぞ!」
とフルートはオリバンとポチに言いました。怪物がうごめく花畑へ馬で駆け出します。後ろにオリバンの馬が続き、すぐにフルートの前に出ていきます。
そこへ泥水のような怪物が飛びかかってきました。馬ごと彼らを押しつぶそうとします。オリバンが剣をふるうと、リーンという音と共に怪物が霧散します。
フルートは炎の剣を構えて行く手へ振りました。炎の弾が飛び出して、群がる怪物を焼き払います。
すると、それにつられるように、周囲の怪物たちが集まり始めました。泡立つような声が聞こえてきます。
「イタゾ、イタゾ」
「アレガ――金ノ石ノ勇者ダ」
「輝イテイル。間違イナイ――」
「捕マエテ、願イ石ヲ奪エ」
フルートたちの行く手が黒い沼のようになりました。いくら炎を撃ち出しても、聖なる剣で切り払っても、消滅しきれない大きさです。渦巻きながらフルートとオリバンに襲いかかろうとします。
すると、ふいに周囲の花畑が動き出しました。
激しく降り続ける雨の中、生き物のようにざわめきながら寄り集まり、やがて行く手に長く伸びていきます。花を敷き詰めた一本道です。
花の道は黒い泥水の怪物の中にも伸びていきました。怪物が花を呑み込もうと押し寄せますが、すぐに消えてしまいます。花がまた泥水を吸い込み始めたのです。
フルートやオリバンは驚いて振り向きました。メールが、ゼンに抱かれたまま手を伸ばしていました。
「今のうち――行きな、フルート、オリバン――」
メールの声が雨音の中に聞こえます。メールは弱った体で力を振り絞って花を操り、彼らの行く手から怪物を追い払っているのです。
フルートは素早く剣をしまうと、両手で手綱をつかみました。馬の腹を強く蹴って、花の道を全速力で駆け出します。オリバンがそれに続きます。やがて、彼らの姿は雨の中に見えなくなっていきました。黒い泥水が後を追って動き出します。上空で渦巻き、激しい雨を降らせる黒雲も――。
やがて、雨はやみ、代わりに日差しが降ってきました。もう、フルートたちの姿は見当たりません。遠くへ流れていく雨雲だけが、彼らのいる場所を教えています。
メールは手を下ろし、ふうっと溜息をつきました。疲れきった声です。そんな彼女を、ゼンがまた、ぎゅっと抱きしめます。
メールはちょっと顔をしかめると、口を尖らせて言いました。
「無茶するな、って言いたいんだろ、ゼン……? わかってるよ、それくらい。でもさ、そうしなかったらフルートたちが――」
「言わねえよ」
とゼンは答えました。うなるような声です。
「おまえはやっぱり最高だぜ、メール。だから――だからな――」
ゼンは顔を上げませんでした。メールにさえ表情を見せずに言い続けます。
「絶対に、死ぬんじゃねえぞ」
ゼン、とメールは言いました。青ざめた顔に笑いを浮かべて、少年の首に腕を回します。
「死なないさ……やだなぁ、もう」
ゼンはそれには何も言わずに歩き出しました。ゼンやメールの馬はすぐ近くにいますが、乗ろうとはしません。両腕の中にメールを抱いて、静かに森へ戻っていきます。
それについて歩き出したポポロが、すぐに足を止めて振り向きました。
ずぶ濡れの荒野は太陽に照らされ、木々や草の葉が緑色に輝き始めています。もう渦巻く雨雲は見当たりません。丘の向こうへ行ってしまったのです。
ポポロは目を閉じて意識を集中させました。たちまち魔法使いの目にフルートたちの姿が見え始めます。彼らはまだ土砂降りの中を馬で駆け続けていました。その後を黒い泥水がしぶきを立てながら追いかけてきます。怪物との追いつ追われつはまだ続いているのです。
フルート――! とポポロは心で叫び、祈るように両手を堅く組み合わせました。