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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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52.黒い泥水

 ポポロが唱えたのは強力な聖なる光を呼ぶ呪文でした。少女の小さな体が、まぶしく輝き出し、澄んだ緑の光があたり一帯を照らします。

 とたんに闇の怪物たちが溶け出しました。まるで金の石の光を浴びたように崩れながら倒れ、小さくなって消えていきます。

 やがて光がおさまったとき、周囲にはもう一匹も怪物はいませんでした。フルートたちとオリバン、そして女騎士団がいるだけです。

 ふぅ、と手を下ろしたポポロを、メールが笑顔で抱き寄せました。

「さっすがポポロ! 相変わらずすごい力だねぇ!」

「雷じゃみんなを巻き込むと思ったから、光を呼んでみたの……。うまくいって良かったわ」

 とポポロが頬を赤らめながら答えます。

 女騎士たちは呆気にとられていました。集まって笑顔で肩をたたき合う少年少女たちを、声もなく眺めてしまいます。この一行は確かに金の石の勇者たちなのだと思い知ったのです。

 

 すると、そこへ二匹の犬たちが駆け戻ってきて言いました。

「ワンワン、安心するのは早いですよ!」

「まだ闇の気配がしてるわ! 敵が送り込まれてくるわよ!」

 ルルのことばが終わらないうちに、突然天候が変わりました。

 それまでよく晴れていたのに、急に黒雲が広がり、風が吹き出します。風はさらに雲を集め、やがて、大粒の雨が降り出しました。あっという間に土砂降りになります。

「なんだ、この天気は!?」

 と驚くタニラにオリバンが答えました。

「闇のしわざだ! 油断するな! また敵が来るぞ!」

 雨の音がうるさくて、どならなければ互いの声が聞こえません。足下の地面がたちまちぬかるんできます。

 

 すると、地面の上を雨と一緒に黒いものが流れてきました。泥が押し流されていくように見えますが、低い場所から高い場所へさかのぼっていくのが不自然です。ポチとルルが叫びました。

「ワン、来た!」

「足下よ!」

 とたんに流れてきた泥水が蛇か何かのように鎌首を持ち上げました。一頭の馬の足にするすると絡みながら這い上っていきます。馬は狂ったように暴れてそれを払い飛ばそうとしました。乗っていた女戦士が放り出されて落馬します。

 泥水は馬をすっかり包みこみました。悲鳴のようにいななく馬をおおいつくし、やがて、どおっと馬を押しつぶします。泥水が馬の血で紅く染まります――。

「怪物だ! 下がれ!」

 とオリバンがどなり、犬たちに襲いかかろうとしていた泥水を剣で切り払いました。リーン、と鈴のような音が響いて、泥水が一瞬で消え去ります。

 フルートも女騎士団に襲いかかろうとしていた泥水へ炎の弾を撃ち出しました。土砂降りの中、じゅうっと音と水蒸気がわき起こり、怪物が消滅します。

 けれども、怪物は流れる雨の中を次々と這い上ってきました。フルートたちや女騎士団に迫ってきます。

 ゼンがどなりました。

「おい、メール! 花でなんとかできねえのか!?」

「無理だよ! 雨が激しすぎて花が飛べなくなってるんだ!」

 すると、フルートが口をはさんできました。

「メール、あれは水の怪物だ! 植物は水を吸う! あいつらを花に吸収させることはできない!?」

 メールは目を丸くしました。一瞬考えてから、うなずきます。

「それ、いいかもね――。やってみよう!」

 花はメールの周囲に落ちて絨毯のように広がっていました。それに両手を振って呼びかけます。

「根をお張り、花たち! 水の怪物を吸い取っておやり!」

 たちまち花が地面から浮き上がってきました。花首の下に茎が伸び、地面に突き刺さって根を張り始めたのです。緑の葉が広がり、地面から黒い泥水が消え始めます。

「やった! 花が吸収してるよ!」

 とメールが歓声を上げると、ゼンが心配しました。

「でも、大丈夫かよ、闇の怪物なんか吸わせて! 花がおかしくならねえか!?」

「大丈夫だよ。この子たち、あたいの言うこと聞いてくれてるから。闇に勝ってるんだ。そら、もっとお行き、花たち! 水の怪物なんか、全部飲み干しちゃいな!」

 その声に花がいっそう大きく葉を広げ始めました。あたり一面が花畑のようになっていきます。土砂降りにも負けずに咲き誇り、一帯から黒い泥水を吸い取っていきます。メールが両手を頭上で振ります。さらに花が増えて広がっていきます――。

 

 ところがその時、メールが急に腕を下ろしました。

 細い体が力なく揺れたと思うと、花畑の真ん中に崩れるように倒れてしまいます。仲間たちは仰天しました。

「メール!」

「おい、メール!?」

 抱き起こしたゼンの腕の中で、メールはまた意識を失っていました。揺すぶっても顔をたたいても反応がありません。

「ワン、まただ!」

 とポチが叫びました。他の仲間たちはメールを口々に呼びますが、花使いの姫は目を覚ましませんでした。

「ど――どうしてだよ!? セシルは今、ここにいないじゃねえか!」

 とゼンがわめく隣で、フルートは言いました。

「早く起こさないと! こうして倒れている間に、メールは弱っていくんだ!」

「でも、金の石が――!」

 とルルが悲鳴のように言いました。メールを目覚めさせる金の石は、セシルが持ち去ってしまったのです。

 そこへオリバンが駆けつけてきました。少年少女たちの先へ飛び出し、聖なる剣をふるいます。リーン、と音が響いて、襲いかかってきた泥水の怪物が霧散します。

 彼らの目の前で花畑がどんどん消えていました。メールが花を操れなくなったので、泥水が勢いを盛り返し、花を呑み込み始めたのです。咲き誇っていた花たちが、黒い泥水の中に沈んで見えなくなっていきます。

「早くメールを起こせ! 襲ってくるぞ!」

 とオリバンはどなり、また剣をふるいました。別の方向から飛びかかってきた泥水がまた消えます。

「ワン、ポポロ! 気つけの魔法を早く!」

 で、でも……とポポロはためらいました。周囲には泥水が迫っています。泡立つような低い声まで聞こえてきます。ドコダ、金ノ石ノ勇者、願イ石、と言い続けています。ポポロの魔法はあと一回しか残っていません。メールを起こすのに使ってしまったら、もう怪物を撃退することはできなくなるのです。

 すると、フルートが叫びました。

「早く、ポポロ! 倒れている間にメールの生気が失われるんだ! 早くしないとメールが死ぬぞ!!」

 ポポロやルルは、ぎょっとしました。オリバンも驚いて振り向きます。まさかそこまでの状況だとは思わなかったのです。

 ポポロは急いで両手をメールに押し当てました。

「ロメーザメ!」

 呪文と同時に、ばりっと電撃が一同を襲います。同じ衝撃が濡れた花畑の上も走り、泥水の怪物にも伝わりました。驚いたように怪物たちが退きます。

 メールが目を開けました。自分がゼンに抱かれているのを見て、驚いた顔をします。

「あ、あれ……あたい……?」

 土砂降りの雨は降り続いています。夕暮れのように暗くなった中でも、メールが死人のように青ざめた顔をしているのは、はっきりとわかりました。声にもまったく力がありません。

 ゼンはものも言わずにそれを抱きしめました。メールのほうは、もうそれに抵抗する力もありませんでした。ゼンに抱かれたままでいます。

 

 それを見ていたフルートが、ぎゅっと唇をかみしめました。雨が降り続ける荒野をにらみつけます。ポポロの魔法で一度退いた泥水の怪物が、またこちらへ動き始めていました。花畑が黒い水に押しつぶされていくのが見えます。

 フルートは、はっきりした声で言いました。

「ぼくがセシルから金の石を取り戻してくる。みんなはナージャの森へ戻れ――!」

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