「フルート! おい、フルート!」
体を揺すぶられて、フルートは目を覚ましました。
そこは湖の岸辺でした。地面に横になったフルートを、仲間たちがのぞき込んでいました。ゼン、メール、ポポロ、ポチ、ルル――オリバンも一緒です。フルートが気がついたのを見て、全員がほっとした顔になります。ポポロは大きな目を涙でいっぱいにしていました。
「大丈夫か? どうしたんだよ、おまえまでこんなところでぶっ倒れて?」
とゼンに尋ねられて、フルートは何があったのかを思い出しました。跳ね起きて叫びます。
「セシルは!?」
そこに、金髪の王女の姿はありませんでした。オリバンが答えます。
「ここにいたのはおまえだけだったぞ。セシルがどうかしたのか?」
「彼女にいきなり頭を殴られたんです。大きな石で」
「石で!?」
全員が驚きました。フルートのすぐそばには、子どもの頭ほどもある岩が転がっていました。
「別にどうもなってねえぞ?」
とゼンがフルートの頭を見て言いました。かすり傷ひとつ負っていなかったのです。フルートは首を振りました。
「金の石が治したんだよ。思いきり殴られたんだ。それでぼくは気を失って――」
そこまで言って、フルートはまたぎょっとしました。自分の胸に手を当てます。そこにあったはずの金の石が消えていました。首から下げたペンダントごとなくなっていたのです。
「金の石を盗られた! ――セシルだ!!」
とフルートが叫んだので、全員はまた仰天しました。
「落ちつきなよ、フルート。どうしてセシルがそんなことするってのさ?」
「いったい何があったというのだ?」
メールやオリバンが口々に言う中、ゼンだけは、やっぱりかよ、とうなりました。他の者がそれに注目すると、ポチが答えました。
「ワン……セシルは闇に取り憑かれているのかもしれないんです。ユニコーンを呼び出そうとして、デビルドラゴンを呼び出したところを、フルートが夢で見てるんです」
「夢の話か!?」
とオリバンがまた言います。ほとんどどなるような口調です。
フルートは真剣な顔で言い返しました。
「過去に本当にあった出来事の夢です。もう少しでぼくまで闇に捕まりそうになって、精霊たちに助けられました。そのことをセシルに確かめようとしたら、いきなり後ろから石で殴られたんです」
事情を知らなかった仲間たちは、また驚きました。すぐには声も出せません。
やがて、ルルが言いました。
「でも、それならどうして全然気配をさせていなかったの? セシルが闇に取り憑かれていたなら、私にはそれがわかったはずだわ。でも、一度だってセシルから闇の匂いがしたことはなかったのよ」
「ワン、完全に闇に乗っ取られてたわけじゃなくて、すぐそばにデビルドラゴンが潜んでるらしいんですよ。だから、フルートの金の石を奪うこともできたんだ。まだ完全な闇じゃないんです」
もう! とメールが声を上げました。
「なんでそんな大事なことを黙ってたのさ! 早く言いなよ!」
「馬鹿野郎、セシルのせいでおまえが何度も倒れてたのかもしれねえんだ! うかつに言えるか!」
とゼンが言い返し、メールたちはまた驚きました。
オリバンが信じられないように言います。
「セシルは本当にデビルドラゴンに取り憑かれているのか……? 本当に?」
「彼女はぼくの金の石を奪い去りました。デビルドラゴンに命令されたんだ」
とフルートは答え、厳しい顔で立ち上がりました。
「ポポロ、セシルを捜して! 彼女を追いかけて金の石を取り戻すんだ」
魔法使いの少女はあわてて両手を組みました。遠いまなざしを周囲に向け、やがてひとつの方向で目を止めます。
「見つけた……。ナージャの森の外にいるわ。一人だけで馬を走らせてる」
ポポロの魔法使いの目は、荒野を馬で走るセシルの姿を捉えていました。白いシャツに深緑のビロードのズボンと茶色の上着を着て、黒いマントをなびかせています。オリバンのマントです。彼女の服のポケットに金の石のペンダントがあることまで、ポポロには見えていました。
その視線の方向を見て、ゼンが言いました。
「あっちにゃメイの王都と城がある。セシルのヤツ、メイ城に向かってやがるぞ」
「ワン、追いかけましょう!」
ポチが体を低くして風の犬に変身しようとしました。
ところが、その体が変わりません。白い子犬のままです。ポチは驚き、何度か試してから声を上げました。
「ワン、変身できない!」
えっ、とルルも驚き、同じように身構えてから言いました。
「本当! 風の犬になれないわ! 妨害されてるのよ!」
一同は思わずうめきました。デビルドラゴンのしわざに違いありません。
「駐屯地へ戻るぞ! 馬で後を追うんだ!」
とフルートは叫び、全員は宿舎のある駐屯地へと駆け出しました。
駐屯地では白い鎧兜の女騎士団が出動準備を整えて整列していました。隊長のセシルの命令を待つばかりだったのです。
そこへ戻ってきたフルートたちを見て、副隊長のタニラが駆け寄ってきました。
「隊長を知らないか? どこにも姿が見当たらないのだ!」
フルートたちは一瞬返事に詰まりました。セシルを慕っている彼女たちに、真実を告げることをためらいます。
オリバンが低く答えました。
「彼女はフルートから金の石を奪って森を出た」
それを聞いて、女騎士たちはいっせいにざわめき出しました。タニラがオリバンに詰め寄ります。
「それはどういうことだ!?」
人より大柄で男のようなタニラですが、さすがにオリバンよりはひとまわり小さく見えます。オリバンはさらに重々しく答えました。
「それはこちらのほうが聞きたい。金の石はフルートにとって命と同じくらい大事なものだ。あれがなければ闇と戦うことができないし、怪我をしたときにも癒すことができないのだからな。セシルから取り返さなければならん」
すると、タニラは、はっとした顔になりました。
「そういえば聞いたことがある……。金の石の勇者が持つ魔石は、どんな怪我や病気も治すことができると。それは本当なのか?」
「本当です。あれは癒しと守りの聖なる石なんです」
とフルートは答え、唇をかみました。大切な石を奪われてしまったうかつさに、今さらながら自分が腹立たしくなります。
タニラは、さらに何かに思い当たった表情になりました。そうか、とつぶやいて、こう言います。
「隊長がどこに向かわれたかわかった。メイ城だ。癒しの魔石でハロルド殿下を助けようとしているのだ」
メイの皇太子を? と驚くフルートたちに、タニラは言い続けました。
「隊長はハロルド殿下の命を救おうとしてユニコーンを呼び続けておられた。あの生き物はどんな病も癒すことができると言われているからだ。だが、隊長の前にユニコーンは現れない。それで、勇者の魔石を――」
「ちょ、ちょっと待ちなよ!」
とメールが声を上げました。
「それじゃ、なに!? セシルは弟を助けようとして、フルートから金の石を盗っていったわけ? だけど、ハロルドって、あのメイ女王の息子なんだろ!?」
「ハロルド殿下とメイ女王は性格がまったく違う。殿下は亡き陛下によく似ている。メイ女王は隊長を邪魔者にしているが、殿下はそんなことはない。非常に仲の良いごきょうだいなのだ」
フルートたちは思わず呆気にとられてしまいました。どう考えて良いのか、わからなくなります。
すると、整列した騎士団からジュリエットという女騎士が進み出て言いました。
「本当のことです。ハロルド殿下は陛下に似た優しい性格をしていて、そこは隊長とそっくりです。まだ元気だった頃には、よく隊長と二人で遠乗りにも出かけていました。殿下は隊長をとても慕っていたし、隊長も殿下をかわいがっておられた。隊長が王座を求めなかったのも、殿下がいたからです。メイはハロルドが治めるべき国なのだから、と言って、絶対に王位簒奪など企てようとしなかったんです」
「隊長は誰よりも一生懸命メイのことを想っているのよ」
と別な女騎士も言いました。
「あんなにメイ女王たちから虐げられて、ないがしろにされているのに、いつだって、どうするのが一番メイのためになるか考えていたの。ハロルド殿下が国王になるのがメイにとって一番良いんだって言って、殿下を助けようと毎日湖でユニコーンを呼び続けて……。毎日よ。この森にいる間中、岸に氷が張る真冬でも、毎日湖で水ごりをして呼んでいたの! そんな人なんだもの――守らずにはいられないじゃない!」
その声に、他の女騎士たちもいっせいにうなずきました。涙を浮かべ、すすり泣きを始める者さえいます。
フルートたちは顔を見合わせてしまいました。本当に、何をどう考えれば良いのかわからなくなっていました――。