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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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49.湖

 森の中をいくら探し回っても、メールは見つかりませんでした。風が吹くたびに白い木々が揺れ、金の葉がざわめきますが、夏の梢のようなメールの緑の髪は見当たりません。フルートも次第に心配になってきました。

「どこに行っちゃったんだろう、本当に?」

 とひとりごとを言います。

 メールは、まるで野生の鹿のように自由自在に森を歩き回ります。それだけに、どこかで具合が悪くなっていたら、フルートたちにはなかなか見つけられなくなってしまうのです。闇雲に探しても駄目だ、とメールの行きそうな場所を考え始め、やがて思い出したのは、森の中央にある湖でした。半分海の民のメールは水辺が大好きです。あそこへ行ったのかもしれない、と駆け出します。

 

 ところが、ちょうどその頃、そのメールがひょっこりゼンの元に戻ってきました。

「あれ、どうしたのさ、ゼン?」

 あまりのんびりした調子だったので、ゼンは安心するより先に腹が立って、どなりつけてしまいました。

「おまえ――どうしたじゃねえ! 今までどこに行ってやがった!?」

 その声にポチが森の中から飛んできました。別の場所からはオリバンやポポロやルルもやってきます。

 メールが負けずに腹を立ててどなり返してきました。

「ちょっと、いい加減にしなよ、ゼン! あたいがどこに行こうと、そんなのあたいの勝手じゃないのさ! あたいはじっとしてるのが大嫌いなんだ。いつもそばにいろだなんて言われたら、息が詰まっちゃうよ! そんなゼンなんか嫌いだよ!」

「な――んだとぉ――?」

 ゼンは真っ赤になりました。怒りのあまり声が低くなってきています。

 ポチはあわててメールの足に頭を押しつけました。

「ワン、ゼンは本当に心配してたんですよ。フルートだってぼくだって、メールを探していたんだから。メールも、もう少し自分のことに気をつけなくちゃ」

「まったくだ」

 とオリバンにも言われて、さすがのメールもそれ以上は文句が言えなくなりました。もう、と口を尖らせて黙ります。

 

 ポチは改めてオリバンたちを見ました。

「ワン、セシルはどうしたんですか? 一緒じゃなかったの?」

「少し一人にしておいてほしいと言われてな。祈りに行くと言っていた」

 とオリバンが答えました。憮然としているのは、同行を申し出たのに、セシルに断られたからです。

「祈りに?」

「セシル、森にいるときには、毎日湖に祈りに行っているんですって」

 とポポロが言います。

 ふぅん、とポチは言いました。その湖にフルートが向かっていることを、そこにいる者たちは誰も知りませんでした――。

 

 

 湖の岸まで来たフルートは、ふう、と息をつきました。長い距離を走ってきたので、さすがに息切れがしたのです。兜を脱いで、汗ばんだ顔を風に当てます。

 森の中に広がる湖は、空の青を移した水面に、ちらちらと銀のさざ波を立てていました。美しくて静かな眺めです。フルートは水辺まで近寄って呼びかけてみました。

「メール――メール?」

 返事はありません。やれやれ、とフルートはまた溜息をつきました。どうやら無駄足だったらしい、と気がついたのです。

 天気の良い日で、日差しはまぶしく湖に降りそそいでいました。澄んだ水が涼しげに揺れています。フルートはかがみ込み、両手で水をすくいました。ほてった顔から汗を洗い流します。

 すると、湖から水音が聞こえてきました。岩陰になって見えませんが、誰かが水の中にいる音です。

「メール!」

 フルートは兜を抱えて駆け出し、岩を回って音のするほうへ向かいました。

 とたんに、一面の青と、鮮やかな金色と白が目に飛び込んできました。湖の中に若い女性がいたのです。金色は濡れた髪の色、白は日差しを浴びて輝く素肌です。女性は岸に背を向けて湖の中に立っていました。長い髪が腰の近くまで流れて背中に貼りついているだけで、他には何も身にまとっていません――。

 フルートは立ちすくみました。あまり驚いてしまって、とっさには声も出せません。湖の中に裸で立つ女性を、目を見張って眺めてしまいます。

 すると、女性が沖へ両手を伸ばしました。腕から銀のしずくがこぼれて湖に落ちます。呼びかける声が聞こえてきます。

「おいで……ここへ出ておいで……」

 今にも泣き出しそうな、切ない響きの声です。セシルでした。

 そして、それはフルートが夢の中で聞いた呼び声と、とてもよく似て聞こえました。思わず息を呑んでしまいます。

 そのとたん、セシルが鋭く振り向きました。気配に気がついたのです。岸部に立つフルートを見て驚いた顔になり、次の瞬間、きゃーっ!!! とものすごい声を上げます。さすがに、前回フルートが男と気がついたときよりも大きな悲鳴でした。水音と共に湖に裸を沈めます。

 

 フルートは急いで背中を向けました。兜を放り出して両手で顔をおおいます。本当に、前と同じような展開ですが、前回よりもっとうろたえてしまって、声を出すことができません。

 水から頭だけを出して、セシルがどなりつけてきました。

「何故ここにいる! そんなところで何をしていた!?」

 フルートは顔をおおったまま答えました。

「メ、メールを探していたんです……。セシルが水浴びをしていたなんて、し、知らなかったから……」

 心臓が早鳴って、全身が熱くなって、答える声もしどろもどろです。一瞬ですが、彼女の裸をまともに見てしまったのです。

 まったく、とセシルは溜息をつきました。片手を水から出して頭を抱えます。

「どうして、おまえとはこういうふうになってしまうのだろうな……。上がって服を着るから、そっちを向いていろ」

 フルートはうなずき、言われたとおり背中を向け続けました。セシルが湖から上がってくる音が聞こえてきますが、フルートは、絶対にそちらを向きません。

 

 やがて、少し落ち着いたらしいセシルが、また話しかけてきました。

「メールを探していたのか? どうかしたのか?」

「み、見当たらなくなっちゃったんです……。また倒れたりしたら、金の石が必要になるから、それで……」

「メールならさっきすれ違ったぞ。駐屯地に向かっていた」

「そ、そ、そうですか……」

 フルートのほうは、相変わらずどぎまぎして、うまく話せません。背後からはセシルが体を拭いて服を着る気配が伝わってきます。思いきり意識してしまって、動くこともできません。

 すると、少し考えるような沈黙の後で、セシルがまた言いました。

「その癒しの魔石は、おまえにしか使えないのか? 他の者では力を発揮しないのか?」

「い、いえ、そんなことはないです……。ただ、この石はぼくの石だから、他の人に預けるわけにはいかないんです……」

 ふぅん、とセシルが言いました。話がとぎれると、セシルが服を着ていく気配だけが伝わってきます。

「セ、セシルはどうしてここに……? オリバンたちと一緒じゃなかったんですか?」

 と今度はフルートが尋ねました。沈黙がどうしても気まずかったのです。

「こんなところに彼を連れてこられると思うか」

 とセシルが皮肉に笑ったので、フルートはまた真っ赤になりました。確かにその通りです。

 すると、少しの間の後、またセシルは言いました。

「私は水浴びをしていたわけではない。身を清めて祈っていたんだ――いや、呼んでいた、というほうが正しいな。私はナージャにいるときには、毎日ここでこうしているのだ」

「ユニコーンを呼び出すために?」

「そうだ。ユニコーンはこの場所に現れると言い伝えられている。私はまだ一度も見たことがないがな」

 フルートは思わずセシルを振り向こうとしました。とたんにまた鋭い声が上がります。

「こっちを向くな! まだだ!」

 フルートはまた赤くなって、急いで顔を伏せました。そのまま横目で見たのは、セシルではなく青く広がる湖でした。ちらちらと波が揺れる湖面を眺め、ここが契約の場所なんだ、と考えます。湖は静かです。湖の上にも、周囲の森にも、聖なる獣の姿は見当たりません――。

 

 セシルは静かでした。何かを考え込んでいるようです。

 フルートは相変わらず後ろを向いたままで言いました。

「セシル、ひとつ聞いてもいいですか……?」

 なんだ、とセシルが答えました。なんだか上の空のような声でしたが、気にせず言い続けます。

「セシルはユニコーンを呼んでいて、何かを呼び出したことがありませんか……? ええと、その……ユニコーンじゃない何かが、呼びかけに応えてきたことって、なかったですか?」

 フルートは夢に見た場面を思いだしていました。白い霧の中のような世界で、呼ぶ声に応えて、巨大な闇の渦が現れたのです。その中心から聞こえてきたのは、ばさり、とはばたく翼の音でした――。

 セシルは何も言いませんでした。物音ひとつ聞こえてきません。それでもフルートは待ちました。セシルがその時のことを思い出せば、何か手がかりを得られるかもしれないのです。

 

 太陽はまだ頭上高い場所にありました。フルートの影が足下にくっきりと落ちています。

 すると、その影にもう一つの影が重なりました。すぐ後ろに気配もなく何かが立ったのです。

 フルートは、はっとして振り向き、そのまま目を見張ってしまいました。

 後ろに立っていたのはセシルでした。もう服をすっかり着終えて、両手を高く上げています。そこに抱えられていたのは、大きな石の塊でした。

「セシル、何を!?」

 思わず声を上げ、とっさにかわそうとしたフルートに、岩が振り下ろされてきました。兜を脱いだ金髪の頭の上です。

 がつん、と鈍い音がして、目の前が真っ暗になり、フルートはそのまま気を失ってしまいました――。

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