昼食の準備ができると、セシルはフルートたちと宿舎でまた話を始めました。オリバン、ポポロ、ポチとルル、副隊長のタニラも一緒ですが、ゼンとメールは話し合いに混ざりませんでした。不思議がるセシルやオリバンにフルートが説明しました。
「メールは体調がよくないみたいだからね。少し休ませないと」
本当はセシルのそばにメールを近寄らせないためだったのですが、平然とそんなふうに言うので、誰もがそれで納得しました。
「ロダは父上が亡くなってから間もなく、メイ女王がどこかから見つけて雇いあげた魔法使いだったのだ――」
とセシルが話し出します。食事をしながらです。
「素性はわからない人物だったが、魔力は強いし、メイ女王の信頼も厚かったから、あっという間に城の有力者になってしまった。その彼が、まさか刺客だったとはな。最初から私を狙っていたのだろうか」
フルートは首を振りました。
「たぶん違うと思います。ロダの口ぶりでは、女王とは別の人物がその上にいるみたいだったから。いや、人でもないのかもしれないけれど。もしセシルの命が狙いだったら、セシルはもうとっくに殺されていたと思いますよ。彼らは魔獣を使った暗殺者集団です。こう言ってはなんだけど、怪物とほとんど戦った経験がないセシルたちが、今まで無事でいられたわけがない」
「問題は、上にいる者が誰かということと、その目的は何か、ということだな。どうも怪しい匂いがしている」
とオリバンが言うと、セシルはちょっと苦笑しました。
「すまないな。おまえたちは外国人なのに、メイの内情に巻き込んでしまって。だが、怪物や魔法を使ってくるロダに、我々だけでは充分対抗できないのだ」
「気にするな。乗りかかった船だ」
セシルとオリバンは妙に気の合った話し方をしていました。ポポロやルル、タニラが目を丸くし、フルートとポチは、セシルたちの気持ちに気がついて、密かに心配の表情になります。
すると、そこへ一人の女騎士が突然入ってきました。
「城からの早鳥です。知らせを運んできました」
「見せろ」
と副官のタニラが言って、女騎士から小さな筒を受けとりました。早鳥の足につけられていた通信です。中から小さく丸められた羊皮紙を取り出して広げます。
と、その顔つきが変わりました。あわててセシルに書状を渡します。
「隊長」
セシルは急いで文面を読み、やはり顔色を変えました。何度も読み返し、わなわなと唇を震わせたので、オリバンたちは驚きました。
「どうした?」
「ハロルドがメイ王になった――」
とセシルが答えたので、一同はいっそう驚きました。
ルルが言います。
「だって、メイの皇太子は重病なんでしょう? どうしてそれで王様になんてなれるのよ?」
「病床で戴冠式を執り行ったとある。その上で、ハロルドは改めて母親に王座を譲ったらしい。義母上は、正式にメイ女王になったのだ」
フルートたちは本当に驚きました。それって、と声を上げてしまいます。
「陰謀じゃないか! メイ女王に正式に王位を譲るための。そのために、重病でいるハロルド皇太子を王にしたんだ!」
と言うフルートに、セシルはうなずいて見せました。
「そうだ。茶番の戴冠式だ。ハロルドは、メイ女王に王座を譲った後、危篤に陥った、と書かれている――」
ふいにセシルは唇をかみました。知らせの文書を、くしゃりと手の中で握りつぶしてしまいます。
「どうします、隊長? この後どうなるのでしょう?」
とタニラが尋ねました。知らせを運んできた女騎士も青ざめています。
セシルは、椅子に座る自分の膝を見つめました。
「メイ女王は私からこの森を取り上げたがっている。おそらく、我々をナージャの守りから解任するだろう。国王軍がこの森に来るぞ」
「隊長が処刑されてしまいます! あのメイ女王です! 絶対にそうしますよ!」
と女騎士が叫びました。タニラもうなずいて同意します。
そんな部下たちを、セシルは改めて見つめました。
「おまえたちは王の命令を受けてこの森を守る部隊だ。私はその隊長に任じられているのに過ぎない。メイ女王が解任を命じてきたときにそれに逆らえば、おまえたちは国や軍に謀反を起こしたことになるぞ」
意外なほど静かな声ですが、乾いた響きがありました。感情をどこかに置いてきてしまったようです。
とたんに、タニラが立ち上がりました。激しくテーブルをたたいてどなります。
「今まで何度も言ってきましたよ、隊長! メイ女王がたとえ何を命じたとしても、我々はそれには従いません! 我々はナージャとあなたを守る部隊だ!」
真剣そのものの声でした。セシルはたちまち泣き出しそうな笑い顔になりました。
「馬鹿だな……。私に荷担すれば、おまえたちの家族にまで被害が及ぶんだぞ」
「そんなことは、女騎士団全員が、とうに覚悟を決めています。我々の隊長はあなたしかいないのです」
タニラはそうきっぱり言い切ると、そばにいる部下に命じました。
「全員に知らせろ。女王の軍隊は必ずここに来る。迎撃の準備だ」
「了解!」
女騎士が敬礼をして足早に出て行きます。タニラもすぐにその後を追っていきます。
オリバンが立ち上がり、何も言わずにセシルの肩に手を置きました。王女はついに泣き出しました。うつむいたまま、膝に涙をこぼします。
フルートたちは遠慮する気持ちになって、宿舎から出て行こうとしました。彼らを二人きりにしようとしたのです。すると、オリバンが言いました。
「ポポロ、ちょっと残ってくれ。メイ城の様子を透視してほしいのだ」
魔法使いの少女はうなずいて立ち止まり、ルルもそれにつきあいました。フルートとポチだけが、建物の外に出ます。
駐屯地はせわしく動き出していました。ざわめきと緊張の中、女騎士たちが戦闘に備えて準備を始めています。武器や防具がぶつかり合う音が響き、気配を察した馬たちが囲いの中でいななきます。
「意外だったな。まさかこんなことになるなんて、思ってもいなかった」
とフルートが言うと、ポチもうなずきました。
「ワン、皇太子が王になって、メイ女王に王座を譲ったとなれば、女王が正式なメイの国王です。もう誰も女王の命令に逆らえないでしょうね」
「王座を女王に譲ったってのは、本当のことなのかな?」
「ワン。絶対に、でっちあげでしょうね。たぶん、それより前にハロルド皇太子が危篤になっちゃったんだ。このまま皇太子が死んだら、セシルが女王になっちゃうんで、焦って、こんなふうにしたんですよ。セシルたちが心配するとおり、この森が女王から攻撃されます。メイ女王は、正式な王位継承者のセシルが、何よりも邪魔なんだから」
「放ってはおけないな。ぼくらもセシルを守らないと」
すると、ポチは首をかしげました。心配そうに小声で言います。
「セシルはデビルドラゴンに取り憑かれてるかもしれないのに?」
フルートはそれをまっすぐに見返しました。
「もちろんさ。もし本当にそうだとしても、セシルはぼくらの友だちだ」
フルートは、何にも揺らぐことのない、あの強い声をしていました。なんだかそれがとても嬉しくて、ポチは尻尾を振りました。
「ゼンとメールを見つけよう。ぼくらも作戦会議を開くんだ」
とフルートが言ったところへ、そのゼンがやってきました。小走りに駆け寄ってきて言います。
「おう、メールを見なかったか?」
「いないの?」
「ああ。ちょっと目を離した隙に姿を消しやがってよ。……セシルはまだ中か?」
「うん。オリバンやポポロたちが一緒にいる。こっちも話があったんだけど、メールがいないんじゃ、彼女を探すのが先だな」
「ワン、どこかで倒れていたら大変ですからね」
「ったく! あの馬鹿、どれだけ心配かけりゃ気がすむんだよ!」
ゼンはわめきながらあたりを見回しました。気が気でない様子です。フルートとポチはゼンと手分けしてメールを探すことにしました。それぞれ、別の方向へ駆け出します。
戦闘準備をする女騎士団と、メールを探すフルートたち。
ナージャの森は、慌ただしさに包まれていました。