翌日の昼前、一行はとうとうナージャの森に到着しました。
森の入り口で見張りに立っていた騎士が、歓声を上げて馬で駆け寄ってきます。
「セシル隊長、ご無事でしたか!」
白い鎧兜に身を包んだ女騎士です。副隊長のタニラほどではありませんが、やはり女性にしては長身でたくましい体つきをしています。
王女はゴマザメの上から笑い返しました。
「ジュリエット。皆は変わりなかったな?」
「はい。森が攻撃を受けている知らせが入った、とタニラ副隊長から聞いていたので、隊長を案じていました。我々は何事も変わりはありません」
「わかっていた。私をナージャの森へ向かわせ、途中で襲撃する企てだったのだ」
「やはり、またメイ女王のしわざですか。えげつない」
怒りに肩を震わせる女騎士に、セシルは言いました。
「詳しい話は後だ。私を助けてくれた者たちも一緒にいる。皆のところへ行こう」
ナージャの女騎士団と呼ばれる女性たちは、森の奥にいました。森の一角が切りひらかれて、丸太作りの建物がいくつも並んでいます。彼女たちはそこに駐屯して森を守っているのです。
セシルの到着を知って勢揃いした女騎士たちは百名ほどもいました。全員が白い鎧兜を身につけ、メイ軍の赤いマントをつけています。隊長の前で整列していっせいに敬礼する様子は、女性であっても軍人そのものでした。統制の行き届いた見事な部隊です。
副隊長のタニラがセシルに言いました。
「やはりメイ女王のはかりごとだったのですね。ご無事で何よりでした」
見上げるような大女ですが、本当に安心した様子をしています。居並ぶ他の女騎士たちも同様です。セシルは彼女たちから隊長として慕われているのでした。
セシルはうなずき、後ろに立っているフルートたちを示して見せました。
「彼らのおかげだ。城の魔法使いのロダが怪物を使って何度も私を襲撃してきたが、彼らがそれを撃退してくれた。金の石の勇者の一行なのだ」
それを聞いて、女騎士たちはざわめき始めました。タニラが浅黒い顔に驚きの表情を浮かべます。
「金の石の勇者! グェン公の祝宴会場で怪物と戦う様子を見て、ただ者ではないと思っていましたが、そういうことでしたか――!」
と見つめた相手はフルートではありませんでした。いぶし銀の鎧を着たオリバンです。仲間たちやセシルはいっせいに苦笑しました。オリバンだけが大真面目で答えます。
「そうではない。金の石の勇者はこっちだ」
とかたわらに立つ小柄な少年を示して見せます。
たちまちざわめきが大きくなりました。女騎士たちは誰もが自分の目と耳を疑って驚いています。その前で、フルートは兜を脱いで見せました。少し癖がある金髪の、優しい顔が現れます。
タニラは今度は呆気にとられました。
「なんと。あなたが金の石の勇者だったのか、オリビア。金の石の勇者が女だったとは思いもよらなかったな」
とたんに仲間たちは吹き出しました。メールもゼンもポポロも、オリバンさえ笑い出してしまいます。
「これでもぼくは男です」
とフルートが恨めしげに言ったとたん、驚きの声がわき起こりました。女騎士団の全員が仰天したのです。いっそう憮然とするフルートに、タニラがまた言いました。
「あれほど女の格好が似合っていたのに? 金の石の勇者というのは、そういう趣味の人間だったのか!」
「全然違います!! 作戦があって女装していただけです!!」
フルートはとうとう大声を上げました――。
その後、セシルはタニラやオリバンやフルートと話を始めました。ゼンが腕組みしてそれを眺めていると、メールが声をかけてきます。
「どうしたのさ、ゼン? セシルがどうかした?」
「別に。なんでもねえよ」
「なんでもないって顔じゃないだろ。ゼンったら、さっきからずっとセシルをにらみつけてるよ。今日は朝から全然セシルと話してないし。どうしたってのさ?」
根が馬鹿正直なゼンは、フルートのように、本音を隠して平然とセシルと接するような芸当はできなかったのです。ゼンはますます仏頂面になりました。
「なんでもねえったら。……それより、おまえはどうなんだよ? 気分は?」
メールは肩をすくめました。
「それこそ、もうなんでもないさ。特に、ここに着いてからはいい気分だよ。やっぱり森はいいよね」
「ああ……それはそうだな。俺も森の中にいるほうが気分がいい」
「この森、本当に、すごくいい匂いがするよね。森の空気を吸ってるだけで、体中がすっとしてくるみたいだよ」
そう言って笑顔で森を見回すメールを、ゼンは黙って眺めました。本当に、このナージャの森に到着してから、メールは目に見えて元気を取り戻していたのです。春なのに秋のように黄色い葉をつけた森です。風に白い枝がざわめくたびに、すがすがしい香りがたちこめます。癒やしの木と呼ばれる金陽樹が、メールの体にも良く働いているのかもしれませんでした。
すると、メールが離れて行こうとしたので、ゼンはあわてて引き止めました。
「待てよ。どこに行くつもりだよ」
「どこって、ちょっと散歩」
「駄目だ。ここにいろ」
「なぁんで!? どうしてじっとしてなくちゃならないのさ!」
「なんでもだ。俺たちがいるところから離れるな!」
ゼンは説得も苦手です。無理やり従わせるような言い方しかできません。
「なにさ、横暴だね!」
ぷうっとふくれっ面になってそっぽを向いたメールに、ゼンは渋い顔になりました。
「では、この後の話は食事をしながらすることにしよう。タニラ、皆に昼食の準備にかからせろ」
「了解です、隊長」
大柄な女戦士がセシルに答えて、騎士団に解散を命じました。きちんと整列していた白い鎧兜の集団が、たちまち崩れて動き出します。ざわざわと賑やかな話し声も始まります。
フルートとオリバンは、それぞれ、あっという間に女騎士たちに取り囲まれてしまいました。
「本当に君が金の石の勇者なの? かわいい! 信じられないわね」
「何か証拠はあるの?」
「その首から下げているのが魔石? ずいぶん綺麗なものなのねぇ」
女騎士と言っても、中身は普通の女性たちです。タニラのように男勝りな雰囲気の者もいますが、大半は、城の貴婦人や町の女たちと大差ありません。オリバンを囲んでいる女性たちのほうは、特にそうでした。
「あなたのほうが絶対に金の石の勇者に見えるわ。あなたは誰なの?」
「立派な体つきね。それにハンサムよね。結婚はしているの?」
「たくましくて素敵。ものすごく強そうだし、後で腕前を見せてくれないかしら?」
フルートを囲む女性たちはからかい半分の雰囲気ですが、オリバンの回りには色めいた華やかさが漂います。
とたんにセシルが離れた場所から呼びました。
「ちょっと来てくれ、オリバン。話がある――!」
失礼、と青年がすぐにそちらへいくと、女騎士たちはいっせいに顔を見合わせ、くすくすと笑い出しました。彼女たちの大部分はセシルよりも年上です。自分たちの若い隊長がオリバンにどういう気持ちを抱いているのか、あっという間に見抜いたのでした。
「奥手だった隊長にもようやく春到来かしらねぇ?」
「いいことよ。あの方も幸せにならなくちゃ」
笑いながら、隊長に優しい目を向けます――。
フルートのほうは女騎士たちに取り囲まれて困惑していました。男のフルートより、回りにいる女性たちの方が背が高く体も大きいので、よってたかって、おもちゃのようにされていたのです。
「見て、この子の肌。男の子なのにすべすべよ。うらやましい」
「髪も目も綺麗な色をしてるわよね。本当にお人形さんみたい。男の子にしておくのは惜しいわ」
「ずいぶん立派な剣を持ってるわね。その細い腕で本当に使えるの?」
「君、食事の後で時間を空けといて。あたしが森を案内してあげるわよ」
「もう。ピアったら、相変わらず美少年趣味なんだから!」
どっと笑い声が起きます。グェン公の祝宴会場で貴族の男女から囲まれたときのように、フルートは何も言えなくなっていました。何か言っても、すぐ女性たちに切り返されるのに違いありません。そんなフルートを見て、また女騎士たちが笑います。
「やだ。この坊や、赤くなってるわ」
「だめよ、ピア。純情な青少年を誘惑しちゃ」
すると、困惑しているフルートの腕に絡みついてきたものがありました。か細い少女の手です。
「ポポロ」
とフルートは驚きました。あの引っ込み思案のポポロが、自分から人の輪の中心に入ってきたのです。フルートの腕を強く抱きしめ、誰とも目を合わせずにしがみついてしまいます。
あら、と女騎士たちも驚きました。少女は小さな体で彼女たちを追い返そうとしているようです。少年がまた赤くなります。
「これは悪かったわね。からかったりして」
「あなたの彼氏は盗らないわよ。安心しなさい、お嬢ちゃん」
「かわいい彼女ね。大切にしなさい、勇者くん」
と女騎士たちは笑い、口々に言いながら離れていきました。後には、顔を真っ赤にした少年と少女が残されます――。
陽気な女騎士団を、ポチは離れた場所から眺めていました。ナージャの森と同じような、すがすがしい感情の匂いが彼女たちから伝わってきます。人を陥れようとするような、邪(よこしま)な暗い匂いはまったくありません。
いい人たちなんだなぁ、とポチは考えました。そんな彼女たちが、隊長のセシルをとても大切に思っていることも、匂いではっきりわかります。
こんなに慕われている人が、デビルドラゴンに取り憑かれているとは信じられなくて、ポチはセシルを見つめてしまいました……。