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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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46.潜む影

 セシル王女とオリバンが昔話をしているのと同じ頃、林の奥ではフルートとゼンとポチが話し合っていました。

 焚き火からそう遠くない場所です。火の近くにメールが横になって眠り、それにポポロとルルが付き添っているのが見えます。

「ワン、やっぱり具合が悪そうですね」

 とポチは言いました。元気そうにふるまっていたメールですが、全体での話し合いが終わると、誰よりも早く眠ってしまったのです。

「気を失っても金の石を使えば目を覚ますけど、絶対に前より弱っているよね。本当にどうしたんだろう」

 とフルートも心配そうに言います。ゼンが頭をかきむしりました。

「今までこんなことは一度もなかったんだぞ! どうなってんだよ、本当に!?」

 しっ、とフルートはささやきました。メールの眠りを邪魔したくなかったのです。

 

 すると、そんな一同の真ん中に淡い金の光がわき起こって、小さな少年が姿を現しました。金の石の精霊です。幼い姿に似合わない、落ち着いた口調で話しかけてきます。

「メールの体内から生気が減ってきているぞ。だから弱っているんだ」

「生気が!?」

 フルートたちは驚きました。ゼンが精霊に飛びつきます。

「な――なんでだよ!?」

「それはわからない」

 と精霊は答えました。淡々と聞こえる声です。

「ただ、メールの内側にある生気が、倒れるたびに失われるのは見える。このままだと、また発作を繰り返して、ますます弱っていくぞ」

 少年たちは驚いて絶句しました。生気が失われていけばどうなるか、それはわかりきっています。生気が完全に尽きたとき、メールは死んでしまうのです。

 ゼンは精霊の小さな肩をつかんで激しく揺すぶりました。

「お――おい! ど、どうすりゃいいんだよ!? どうやったら――!」

「どうすればいいのかもわからない」

 精霊の声は、腹立たしいくらい冷静です。思わずその首を絞めそうになったゼンを、フルートがあわてて引き離しました。顔色も変えずにいる精霊に尋ねます。

「どうしてそんなことになったんだ? 病気か? それとも闇の魔法をかけられたのか?」

「病気だったら、ぼくが治せる」

 と精霊の少年は答えました。

「でも、そうはならない。病気ではないな。だが、では闇の魔法かというと、闇の気配も感じられないんだ。本当に、ぼくにもわけがわからない」

「ったく! 役に立たねえ魔石だな!」

 とゼンが八つ当たりすると、精霊の少年は初めてむっとした顔になりました。腰に手を当てて見上げてきます。

「メールの生気は常に失われているわけじゃない。発作を起こして倒れている間に減っていくんだ。ぼくが彼女を起こすから、この程度ですんでいるんだぞ」

「ワン、でも、発作を繰り返したら、いずれは生気がなくなっちゃいますよね……。どうすればいいんだろう?」

 メールはたき火のそばで眠り続けています。少年たちは立ちつくし、茫然とそれを眺めてしまいました。本当に、どうしたらいいのかわかりません――。

 

 すると、金の石の精霊が口調を変えて話しかけてきました。

「夢を覚えているか、フルート?」

「夢?」

 話が見えなくなって、フルートは聞き返しました。

「何かを呼び出そうとしていた者の夢だ。あの呼び声は、誰かの声に似ている気がしないか?」

 え? とフルートはさらに目を丸くして、思い出そうとしました。精霊が言っているのは、シースー卿の屋敷でフルートが見た夢のことです。霧の中のような白い世界で、誰かが腕を伸ばして、呼びかけていました。おいで、ここに出ておいで、と。それに応えて現れたのは、邪悪な想いが集まった闇の存在でした。フルートも危なく捕まりかかったのです。

 フルートは、はっとしました。精霊を見直します。

「まさか……セシル?」

「断定は出来ない。夢の中では姿が見えなかったからな。ただ、よく似た声だとは思う」

「なんだ、なんの話だよ?」

「ワン、セシルがどうかしたんですか?」

 と仲間たちが口々に尋ねてきたので、フルートは答えました。

「夢を見たんだよ。何かを呼び出そうとして闇に取り憑かれた人の。実際にあったことの夢だった。あれはセシルだったんだろうか……?」

「ワン、闇って――デビルドラゴンですか?」

「セシルがデビルドラゴンに取り憑かれてるっていうのか!?」

 しっ、とフルートはまた言いました。焚き火のほうを眺めますが、その頃にはメールだけでなく、ポポロもルルも眠ってしまっていました。旅と戦闘に疲れ切っていたのです。

 それでも声を潜めながら、フルートは言い続けました。

「セシルと決まったわけじゃない。なにしろ夢だから、顔は全然見えなかったからね……。それに、もし本当にセシルがデビルドラゴンに取り憑かれていたら、それは魔王だってことだ。でも、金の石も魔王の誕生は感じていない。そうだろう、金の石?」

 デビルドラゴンがこの世に依り代を得て、その生き物を魔王に変えたとき、金の石はガラスの鈴を鳴らすような音を立てて知らせてくるのです。その警告はまだありません。

 まあね、と金の石の精霊は答えました。

「まだ魔王は生まれてきていないと思う。そこまでの闇の気配はしていないからな。ただ、あいつは最近、本当に巧妙だ。人の心の影のすぐ隣に潜んで、身を隠していることが多い。取り憑かなくても、人の心の闇の中にいれば、ぼくにはもうそれは見分けられない。人は誰でも必ず心に闇を持っているからな。そうやって、誰かのすぐそばにいる可能性は高いだろう」

 

「まさか――それでメールの具合が悪いのか!? デビルドラゴンがあいつの生気を吸い取ってるのかよ!?」

 とゼンが叫んだので、フルートたちは、ぎょっとしました。想像もしていなかったことです。

 金の石の精霊が落ち着き払った声で言いました。

「その可能性はあるな。もちろん、違っているかもしれないが」

 なろぉ! と飛び出していこうとしたゼンを、フルートが引き止めました。

「待てよ、ゼン。どこに行くつもりだ?」

「決まってる! セシルをとっつかまえて問い詰めてやる! あいつ、メールをこんな目に遭わせやがって!」

「おちつけったら。そうと決まったわけじゃないんだぞ」

「ワン、そうですよ。それに、問い詰めても無駄です。セシル自身は何も知りませんよ。闇の匂いもごまかしている匂いも全然――」

 言いかけて、ポチが思いだした顔になったので、なに? とフルートは尋ねました。子犬が口ごもりながら答えます。

「ワン……そういえば、さっき、セシルから嘘の匂いがしていたんですよ……。ユニコーンなんて迷信だ、自分は命令で森を守っているだけだ、って言ったときに……。セシル、本当はユニコーンを信じているんだと思います。たぶん、呼び出そうとしたことがあるんだ。その時に、ユニコーンじゃなく、デビルドラゴンを呼び出してしまったのかも……」

 ゼンがまた飛び出していこうとしたので、フルートは必死で止めました。

「早まるなったら! 今、セシルを問い詰めたって何もわからないよ。むしろデビルドラゴンに用心させるだけだ。――様子を見よう。もし、本当にデビルドラゴンがセシルのそばにいるなら、必ず尻尾を出してくるはずだから」

「だが、メールが――!」

 

「ぼくが守っていてやる」

 と金の石の精霊が言いました。いつも通りの冷静な顔ですが、きっぱりした口調です。

「ぼくがそばにいれば、奴はメールに手は出せない。万が一また倒れても、すぐに起こしてやれるしな。ただし、メールにぼくを持たせる、というのは駄目だぞ、フルート」

 フルートが何を考えたかを即座に読んで、精霊はそう言いました。

「それこそが奴の狙いかもしれないからな。つまり、君がメールを助けようとぼくを手放したときに、君を襲うつもりでいるかもしれないんだ。大丈夫だ。近くにさえいれば、ぼくは君たち全員を守っていられる」

 フルートはうなずき、鎧の胸当てからペンダントを引き出しました。透かし彫りの真ん中で、金の石は鮮やかに輝いています。

 ちっくしょう! とゼンは座り込み、拳で地面を殴りつけて歯ぎしりしました。

「行こう。メールのそばから離れないようにしよう」

 とフルートが焚き火のほうへ歩き出します。金の石の精霊がそれについて歩き出し、すぐに姿が見えなくなっていきました。フルートの胸の上でペンダントが光るだけになります。

 まだ座り込んでいるゼンの隣で、ポチはあたりを見回しました。どうしてデビルドラゴンはメールを狙ったんだろう? と考えます。メールももちろん大切な仲間ですが、戦力や精神的な意味合いから言えば、ポポロやゼンを狙った方が、はるかにダメージは大きいのです。特に、フルートにとってはそうです。それなのに、どうしてわざわざメールを? と考え続けます。賢い子犬の疑問に答えてくれる者はありません。

 夜の中、風が木立の向こうからセシル王女とオリバンの匂いを運んできていました――。

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