「勇者フルートの冒険」シリーズのタイトルロゴ

第12巻「一角獣伝説の戦い」

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43.誤算

 仲間たちは必死でフルートの名を呼んでいました。

 怪物が変身した女性が牙をむき、フルートの頭を捕まえていくのが見えるのに、フルートは少しも抵抗しないのです。ついに女性はフルートの頭を両手で抑え、ゆっくりと身を引きました。牙の並ぶ唇で、口づけするように顔に食らいつこうとします。ポポロが思わず叫びます。

「だめよ、フルート――!!」

 とたんにフルートが動きました。

 右手に握っていた剣を、ためらうことなく女性の脇腹に突き刺したのです。剣が体を貫き、切っ先が反対側の脇腹から飛び出します。

 女性が目をむきました。口を大きく開けて絶叫します。その体がたちまちふくれあがり、また元の怪物に戻っていきました。女性の上半身にライオンの体のスフィンクスです。

 と、その全身が火を吹きました。あっという間に炎に包まれ、ほえながら地面を転げ回ります。

 え、え、え!? とランジュールが驚きの声を上げました。

「ど、どぉしてぇ!? なんでキミ、攻撃できるのさ!? 相手は身を守るものが何もない、か弱い女性だったんだよぉ!?」

「あれは人間じゃない。怪物だ!」

 とフルートは答えました。厳しいくらい強い声です。

「でも、たとえ相手が本物の人間だって、ぼくは殺されたりしない! だって――みんなと約束したんだから――」

 急に声が震えました。燃えていく怪物を見つめます。炎の中で怪物は苦痛に顔を歪めていました。体はライオンの怪物でも、顔は人間の女性です。助けて、と言うように口が動きます。

 同じ炎で焼かれているように、少年も顔を歪めます――。

 

 そこへ二匹の風の犬が飛んできました。ポチはルルにシルフから解放してもらったのです。

 フルートは我に返って言いました。

「ポチ、ルル、スライムを残らず吹き飛ばせ!」

「ワン!」

「わかったわ!」

 風の犬たちはうなりながらスライムに飛びかかり、片端から吹き飛ばしていきました。風の精のシルフがそこに襲いかかりますが、風の犬たちの勢いがすさまじすぎて、とても抑えることができません。

 スフィンクスがまたほえました。燃えながら銀の目でフルートをにらみつけ、いきなり頭上からかみついてきます。フルートを道連れにしようとしたのです。

 フルートはまた剣を振りました。女性の顔に傷が走り、次の瞬間には頭全体が火を吹きます。スフィンクスは絶叫して倒れ、そのままもう、起き上がらなくなりました。

 

「あららぁ」

 ランジュールが空中で頭を振りました。

「そんなのってありぃ? 勇者くんが人を切れるようになってただなんて、ものすごい誤算だよぉ。まいったなぁ」

 本気で弱ったようにそう言うと、次の瞬間にはまた、うふふ、と笑います。

「ステキだよねぇ、勇者くん。シビアに強くなって、ますます男っぽくなってきてさ。それでこそ倒し甲斐があるってものだよねぇ。――これは、もう一度勇者くんの攻略法を練り直さなくちゃ。この次こそキミたちの命を奪ってあげるから、それまで元気でいるんだよぉ」

 いつものとぼけた声と笑い顔でそう言うと、ランジュールは姿を消していきました。銀色のスライムの群れや風の精のシルフも一緒です。後には燃えるスフィンクスだけが残されました。もう絶叫は聞こえてきません――。

 

 フルートは仲間たちのところへ駆けつけました。首からペンダントを外し、ゼンに抱かれているメールに押し当てると、とたんにメールは目を開けました。自分をのぞき込むゼンやフルートを見て、驚いた顔になります。

「あ、あれ……あたい、いったい……?」

 ゼンはその場に座り込みました。膝から力が抜けて、立っていられなくなったのです。ものも言わずにメールを抱きしめてしまいます。

「ちょ、ちょっと――ゼン、苦しいよ!」

 とメールは抗議しましたが、その声に力はありませんでした。顔色もまだ真っ青です。

「本当に、どうしたというのだ?」

 とオリバンがつぶやきます。

 すると、子犬に戻ったポチが呼びました。

「ワン、フルート! ゴマザメにも早く!」

 ゴマザメは横倒しになったまま、スライムに食われた傷から血を流して、今にも息絶えそうになっていました。フルートが金の石を押し当てると、みるみる傷がふさがり、また元気になって立ち上がります。

「すごい……!」

 金の石の劇的な癒しの力に、セシル王女は目を見張って驚きました。

 

 静かになった荒野に風が吹き始めました。

 もうランジュールも怪物たちもいません。スフィンクスを燃やす炎が、時折風にあおられて音を立てます。黒い炭の塊になった怪物は、人のようにも、人でないようにも見えます。

 すると、フルートが手に持っていた剣を地面に突き立てました。黒い柄に両手を置くと、燃える怪物に向かって頭を垂れます。死者を弔う戦士の姿勢です。

 そんなフルートに、ポポロが歩み寄りました。そっと顔をのぞき込みながら話しかけます。

「あれは怪物よ……人間じゃないわ」

「それはわかってる」

 とフルートは目を閉じたまま答えました。

「でも――怪物だから殺して良くて、人間だから殺して悪い、ってことじゃないよね――。怪物だって人間だって、持っているものは同じ命だ。殺すっていうのはその命を奪うことなんだ。いいとか悪いとか、正義だとか悪だとか、殺すことにそんな価値の違いはないんだよ――」

 静かすぎるくらい静かな少年の声は、とても深い場所から聞こえてくるようです。

 フルート、とポポロは言って、それ以上、何と言っていいのかわからなくなってしまいました。ランジュールが言っていたとおり、フルートは優しすぎる勇者です。たとえそれが自分を殺そうとした怪物でも、本当は殺したくなどないのです。燃えていく怪物の苦痛を、自分自身の苦痛のように感じてしまうのです。

 

 すると、フルートが剣の柄から手を放しました。ポポロに向き直ると、いきなりその体を抱きしめます。

 ポポロは驚き、すぐに涙ぐみました。フルートは泣いていません。けれども、その優しい顔は、泣くより悲しい表情をしていたのです。思わず夢中で話しかけます。

「正義でも悪でも、なんでもいいのよ、フルート……あたしたちと一緒にいてくれれば、それでいいの。ただ、あたしたちと生きてくれたら、それだけで……」

 うん、と少年はうなずいて、少女の肩に額を載せました。金色の兜は氷のような冷たさです。それを少しでも暖めようとするように、少女は少年の頭を抱きしめ、大粒の涙をこぼしました。

 

 座り込んだままメールを抱きしめているゼン。

 抱きしめたポポロに頭を預けて立ちつくすフルート。

 少年たちは何も言いません。

 それを、オリバンと犬たちが安堵と不安の入り混じった表情で眺めています。

 そして、その光景を、セシル王女が意外そうに見ていました。やがて、王女の唇が動きます。

「ひょっとして……?」

 誰にも聞こえない声でつぶやくと、王女はオリバンをそっと見つめました。

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