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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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42.命令

 王女とポポロ、そしてゼンとメールは銀のスライムに取り囲まれていました。また一匹がポポロに飛びかかってきます。王女はポポロをかばうように抱いて剣を振りました。スライムを突き刺して跳ね飛ばします。

 ゼンもメールに襲いかかってきたスライムを切り払いました。切ればスライムは数が増えてしまいますが、それしか方法がありません。ゼンは歯ぎしりしました。メールは気を失ったまま、どうしても目を覚まさないのです――。

 じわりとまたスライムが迫ってきました。毒の花のすぐ際までやってきて、ふるふると銀色に揺れます。いつの間にか何百という数に増えています。

 ポポロがまた叫びました。

「来るわ――!」

 怪物たちがゼリーのような体を縮めて、飛びかかる姿勢に入ったのです。思わず王女にしがみついてしまいます。

 すると、王女が、きっと顔を上げました。腕の中にポポロをかばいながら、スライムをにらみつけて鋭く言います。

「下がれ!」

 

 とたんに、ざーっとスライムが下がりました。まるで見えない何かに押されたような勢いです。ゼンは目を丸くしました。

「なんだ?」

 王女は怪物たちをにらみ続けていました。また鋭い声で言います。

「下がれ! 我々を食らうことは許さないぞ!」

 燃えるようなすみれ色の瞳を馬に向けます。とたんに、馬を襲っていたスライムも離れました。大きく飛びのいて、スライムの群れに戻っていきます。

「あれぇ、なにがどうしたってわけぇ?」

 空中からランジュールが驚いていました。

「どうしたのさ、スーちゃんたちぃ。おいしそうな餌がいるじゃない。遠慮しないで食べていいんだよぉ」

 スライムたちがいっせいにざわめき始めました。銀の体に絶え間なくさざ波を立てています。王女とランジュールの命令の間でとまどって、進むことも戻ることもできなくなったのです。

 ランジュールは疑うような目を王女に向けました。

「ふぅん……? どうやら、キミも魔獣使いなのかなぁ? ボクのかわいい魔獣たちに命令するなんて、なかなかやるじゃない」

 口では誉めていますが、ランジュールの声には危険な響きがありました。笑うような表情の中、その細い目だけは少しも笑っていません。

 オリバンがそれを聞きつけました。

「逃げろ、セシル! 危ないぞ!」

 ルルと飛び戻ろうとすると、そこにスフィンクスが食いついてきました。

 ガキッと堅いものをかむ音が響きます。

 

 オリバンとルルは驚いて振り向きました。

 スフィンクスと彼らの間に、またポチに乗ったフルートが飛び込んでいました。怪物は剣を持ったフルートの右腕にかみついたのです。

「フルート!!」

 ルルが叫んで戻ろうとすると、フルートがどなりました。

「いいから早く行け! ぼくは大丈夫だ――!」

 フルートが着ている鎧は特別製で、鋭い怪物の牙にも食い切られることはありません。どれほどスフィンクスが力を込めて口を閉じようとしても、きしむ音をたてるだけです。

 ポポロがまた悲鳴を上げていました。彼らの目の前に新しい怪物が姿を現したのです。オレンジ色のうろこをきらめかせたファイヤードラゴンでした。

「そぉら、ファイちゃん二号! 生意気な王女様を黒焦げにしてやるんだよぉ!」

 とランジュールが叫びます。

 すると、ゼンがメールを放り出して飛び上がりました。ファイヤードラゴンが火を吐くより早く、その頭を殴り飛ばします。雄牛ほどの大きさの竜がのけぞって倒れます。

 怒り狂ってゼンに襲いかかろうとした竜を、王女がまたにらみつけました。

「おまえも下がれ! 手出しは許さない!」

 とたんに、ファイヤードラゴンも身をすくめました。長い首をぺたりと地面に伏せて王女やゼンから離れます。ゼンは驚いて王女を振り向きました。間違いありません。魔獣たちは王女の命令を聞いているのです。

 そこへオリバンとルルが駆けつけてきました。オリバンが剣をふるうと、オレンジ色の体に傷が走って竜が悲鳴を上げました。

「あ、まずい! ファイちゃん二号は撤収!」

 ランジュールの命令を受けてファイヤードラゴンが姿を消していきます。

 

 一方フルートはスフィンクスにかみつかれたままでした。炎の剣もそれを握った腕も怪物の口の中です。身動きが取れません。

 すると、いきなり怪物が頭を振りました。ポチの背中からフルートを奪い取り、空中で振り回します。ポチが飛びかかって奪い返そうとしますが、とても歯が立ちません。

 抵抗できないフルートを、スフィンクスが高々と持ち上げました。そのまま地面にたたきつけようとします。

「フルート!」

 とポチが叫んだとき、怪物の口の中で、どうっと鈍い音がしました。怪物が口を開けて甲高い悲鳴を上げます。フルートが怪物の咽へ炎の弾を撃ち出したのです。

 真っ逆さまに落ちていくフルートを、ポチが背中にすくい上げました。

「ワン、大丈夫ですか、フルート!?」

「もちろん。それより、あいつの口を狙うんだ。体の外側は頑丈でも、内側は攻撃できる」

 言いながら、またポチと怪物の頭まで飛び上がり、もだえる怪物の口へ炎の弾をたたき込もうとします。

 すると、怪物のすぐ隣にランジュールが姿を現しました。

「スーちゃんキング、羽ばたきぃ!」

 とたんにスフィンクスが二枚の翼を広げました。羽音を立てて打ち合わせると、猛烈な風が巻き起こります。

 風にあおられてきりもみになったポチの背中に、フルートは片腕でしがみつきました。もう一方の手に剣を握って、怪物を見つめ続けます。

 女の顔をした怪物が口を大きく開けてまたほえました。ライオンのような鳴き声です。そこへフルートは剣を振りました。特大の炎が飛んでいって、怪物の頭に激突します。口の中を焼かれて、怪物がまた悲鳴を上げます。

 

「もう! ボクのかわいい魔獣をいじめないでよぉ、勇者くん!」

 とランジュールが文句を言いました。

「このままじゃやられちゃう。しょうがない、奥の手で行こう、スーちゃんキング!」

 すると、急にスフィンクスの体が縮み始めました。吸い込まれるように小さく小さくなって、人ぐらいの大きさになってしまいます。いえ――それは本当に人でした。ライオンの体も翼も消えて、髪の長い美しい女性の姿になったのです。服を着ていない体は、銀色から人間の肌の色に変わっていました。

 フルートが思わず目を丸くしていると、どなり声が飛んできました。

「馬鹿野郎、フルート! 見とれてんじゃねえぞ!」

 ゼンが離れた場所からこちらを見ていました。その腕にはまたメールを抱き上げています。オリバンがそちらへ駆けつけていきます。ルルは、遠巻きにしているスライムを風の体で跳ね飛ばしているところでした。

「誰が見とれるか! こいつは怪物だぞ!」

 とフルートは憤慨して言い返すと、ポチの背中から地上へ飛び下りました。裸の女性に変身したスフィンクスの目の前です。切り捨てようと炎の剣を振り上げます。

 とたんに、女性が悲鳴を上げました。両手を顔の前にかざして泣き出します。

「いや、いや、やめて……! そんな恐ろしいことはやめてちょうだい!」

 人のことばで嘆願します。

 フルートは思わず剣を止めました。本物の人間を前にしているような気持ちになったのです。あわてて頭を振って自分に言い聞かせます。これは怪物だ。スフィンクスだぞ――!

 すると、女性が泣きながら言いました。

「助けてちょうだい! 私は本当は人間なの! 悪い魔法でスフィンクスに変えられているのよ! お願い、呪いを解いて私を助けて……!」

 フルートが本気でためらったので、ポチはあわてて言おうとしました。

 ワン、だまされちゃだめですよ、フルート! そいつは本物の怪物ですよ――!

 犬のポチは、美しい女性から怪物の匂いをかぎ取っていたのです。

 ところが、そんなポチの口を何かがふさぎました。半ば透き通った女性の手です。スフィンクスとはまた別の女性がすぐ隣にいて、風の犬のポチを抑え込んでいました。ポチと同じように、半透明な白い風の体をしています。

 シルフだ! とポチは気がつきました。風を司る精霊です。ランジュールはこんなものまで捕まえて操っていたのです。必死で体を揺すりますが、同じ風でできた相手を振り払うことができません。

 

 フルートに裸の女性が抱きつきました。さめざめと泣き出します。波打つ長い銀髪が、嗚咽に合わせて揺れて光ります。

「フルート!」

「馬鹿者、フルート! しっかりしろ!」

 仲間たちは叫び続けますが、フルートは身動き一つしません。

 うふふっ、とランジュールが笑いました。

「勇者くんの攻略法の決め技はこれさぁ。こぉんなに強いくせに、人間の敵になると、からきしになっちゃうんだから。ほぉんと、優しすぎる勇者だよねぇ」

 女性はフルートの首にしがみついて泣き声をあげています。けれども、その目は涙を流していませんでした。作り物めいた銀の瞳が、ぎょろりとフルートの方を見ます。赤い唇の中に見えたのは、ずらりと並んだ鋭い牙でした――。

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