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第12巻「一角獣伝説の戦い」

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41.銀の怪物

 突然姿を現したスフィンクスに、一行は驚きました。

 見上げるような怪物です。全身は銀色に輝き、人間の女性の頭部と胸にライオンの体が続き、背中には二枚の翼が生えています。女性の顔はしかにも美しいのですが、その目には凶暴な野生の光がありました。

「な――なんだよ、これは!? スーちゃんキングって、スライムの親方じゃねえのかよ!?」

 とスフィンクスを知らないゼンがどなると、うふふっ、とランジュールが笑いました。

「南大陸の怪物でね、スフィンクスって言うんだよぉ。こっちもスーちゃんになるから、区別するのにスーちゃんキングって言ってるのさ」

 相変わらず、とぼけきったネーミングセンスの青年です。

 スフィンクスは彼らを見てよだれを垂らしていました。人を襲って食うのです。ネコ科の体を低くして飛びかかってこようとします。

 フルートは叫びました。

「ポチ、ルル、ぼくとオリバンをスフィンクスへ! ゼン、メール、後を頼む!」

 飛んできた風の犬たちへオリバンと共に飛び乗り、まっしぐらにスフィンクスへと向かっていきます。

 うふふふふ、とランジュールは笑い続けていました。

「勇者くんたちの攻略法、その六。大きくて強力な魔獣を繰り出すこと。スーちゃんキングはボクが苦労して捕まえてきた、とびきりの怪物だからね。倒せるものなら倒してごらんよぉ」

 ポチが先にスフィンクスへ飛んでいきました。背中からフルートが炎の剣を振ります。巨大な炎の弾がスフィンクスを襲いますが、怪物は平気です。炎が銀の体に散らされます。

「通常のスフィンクスはあんな色をしていないはずだ。ランジュールめ、特別な奴を捕まえてきたな」

 とルルの上からオリバンが言いました。大剣で切りつけますが、スフィンクスはそれも跳ね返してしまいます。

「いやに丈夫よね。スフィンクスに剣が効かないなんて、聞いたことがないのに」

 とルルも言ったとき、スフィンクスがオリバンに向けて口を開けました。巨大な炎が吹き出してきます。

「危ない!」

 フルートとポチがスフィンクスとオリバンの間に飛び込んできました。フルートが左手の盾を構えると、炎が激突して散ります。

「避けろ、フルート!」

 と今度はオリバンがどなりました。スフィンクスがフルートに食いついてきたのです。ポチが身をひねって、かろうじてかわします。

 オリバンはどなり続けました。

「行け、ルル! どんなに丈夫な怪物でも、同じ場所に攻撃を続ければ守りが破れるかもしれん!」

「わかったわ――私が攻撃するから、しっかりつかまっていて。あんなのを切っていたら、あなたの剣が折れちゃうわよ」

 ルルはスフィンクスが吐いた炎を避け、巨大な体に急降下していきました。風の刃で切りつけても、怪物に傷を負わせることはできませんが、通りすぎていった後、その背中に一筋の白い痕が残りました。

「ぼくらもあそこだ!」

 とフルートは言い、ポチと舞い下りて剣で切りつけました。炎はまたすぐに消えましたが、先に残った白い痕がいっそうはっきりします。

「いいぞ! 繰り返せ!」

 とオリバンがまた言いました。彼自身は攻撃できませんが、それでも隙があれば怪物に切りつけようと剣を握っています。

 

 花が作る壁の内側で、ゼンは歯ぎしりしながら戦いを眺めていました。

「ったく、いまいましいスライムどもだな。メール、毒の花にこいつらを攻撃させられねえのかよ!?」

「無理だよ。さすがに毒は食べようとしないもん。嫌って離れるだけなんだからさ」

 すると、彼らの後ろから急にセシル王女が言いました。

「花でスライムを襲え。花を嫌って逃げれば、そこに道ができるぞ」

 王女はまだ馬に乗っていました。そのすみれ色の瞳はスフィンクスをにらみつけています。戦士のまなざしです。

「なぁるほど」

 とゼンとメールはうなずきました。メールが、さっと手を振ると、壁を作っていた花の一部が崩れて飛び始めました。黄色いウシヨイグサの花です。通り道のスライムたちが、花を避けるように下がっていきます。

「よし、行くぞ!」

 と王女が馬の脇腹を蹴りました。ゴマザメがいななき、スライムの間にできた細い道を勇敢に駆け出します。へぇ、とメールは感心しました。旅に出た頃、ゴマザメは怪物を怖がって隠れてばかりいたのです。いつの間にか、すっかり勇者の馬らしくなっていました。

「俺たちも行くぞ!」

 とゼンが駆け出しました。メールとポポロもすぐにそれに続きます。

 走りながら、メールは両手を高く上げ続けていました。毒を持つウシヨイグサの花を操り、彼らの行く手のスライムを追い払っていきます。花の群れは、うなりながら地上を這う黄色い大蛇のようです。スフィンクスに近づいていきます。

「もう少しだ!」

 とセシル王女が言いました。片手で馬の手綱を握り、もう一方の手で自分のレイピアを抜きます。怪物が手強いのはオリバンたちの戦いぶりを見てわかっていましたが、それでも尻込みするつもりはなかったのです。

 ゼンもどなりました。

「一気にあいつまで道を作れ、メール! あいつをひっくり返してやる!」

 走りながら、ぱきぽきと指を鳴らします。

 

 ところが、そのとき、黄色い花の群れが突然止まりました。空中から地面に落ちていきます。

 王女は花の中からスライムの群れへ飛び出しそうになって、あわてて手綱を引きました。かろうじて花の中に留まり、振り向きます。

「どうした!?」

「メール!」

 ゼンも大声を上げました。そこにポポロの悲鳴が重なります。走っていたメールが、いきなりその場に倒れたのです。勢いあまって、ざざっと地面をこすり、そのまま動かなくなってしまいます。

「メール! メール!?」

「またかよ!?」

 ポポロとゼンがとびつきました。ゼンに抱き上げられたメールは、両目を閉じ、ぐったりしていました。完全に意識を失っていて、いくら呼んでも揺すぶっても目を覚ましません。

「メール――!!」

 

 その声に空中のフルートやオリバンたちが振り向きました。

「まただ!」

 とオリバンが言い、フルートは急いで飛び戻ろうとしました。メールを正気に返すには金の石が必要なのです。

 ところが、それより早く、彼らの前にスフィンクスが回り込みました。ガアッと口を開けて巨大な炎を吹きつけてきます。

「ダメダメ、逃がさないよぉ」

 とランジュールが笑いながら言いました。

「何がどうしたのか知らないけどさ、花使いのお姫様が戦えなくなるのは好都合だからねぇ。キミたちをあそこには行かせなぁい」

 またスフィンクスが炎を吐きました。火を防げないオリバンを集中的に狙っています。フルートはまたその前に飛び出して、盾をかざしました。オリバンのために炎を散らします。

「そう、これが勇者くんの攻略法その七。勇者くん自身じゃなく、仲間のほうを攻撃すれば、勇者くんは絶対それを助けるんだよねぇ。ほぉんと、優しい勇者なんだからさぁ」

 ずっと彼らにつきまとってきたランジュールは、フルートの行動をすっかり把握していました。スフィンクスに執拗にオリバンを攻撃させるので、フルートはメールのところへ行くことができません。

 

「メール! メール!!」

「おい、メール!!」

 ポポロとゼンは呼び続けましたが、ゼンの腕の中で花使いの姫は身動き一つしません。セシル王女が駆け戻ってきて馬から飛び下りました。

「目を覚まさないのか!? スライムがまた来るぞ!」

 花が動かなくなったので、怪物が彼らに迫っていました。彼らはまだ花に囲まれていたので、その中まではやって来ませんが、じりじりと外側に集まってきます。

 すると、すぐ近くまで来ていたスライムが、ぴょんと跳び上がりました。地上の花を飛び越えて、ゴマザメの胴に飛びつきます。馬はすさまじい声でいななきました。銀の怪物がへばりついたところから体が溶かされ始めたのです。

「ゴマザメ!」

 ポポロが声を上げたとたん、他のスライムもいっせいに飛びかかってきました。花を越えて直接襲いかかってきます。

「この――!」

 王女はポポロを襲ったスライムを突き刺して、そのまま遠くへ払い飛ばしました。ゼンもショートソードを抜いてスライムを切り捨てます。

 けれども、スライムに剣は効きません。王女の剣に刺されたスライムはすぐにまた迫り、ゼンに切られたスライムは二匹に増えてしまいます。どうしても倒すことができないのです。

 ゴマザメが、どうっと音を立てて倒れました。その上で銀のスライムがうごめきながら体を食い続けています。つんざくようないななきが何度も響きます。

「メール――!!」

 ゼンは必死で少女を呼び続けました。

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